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チャプター 09:「ハンク・アルストロメリア」

 プロペラの音を響かせながら、整地された滑走路へと着陸する訓練機。フラップを大き

く広げ、車輪のブレーキも十分にかけると、それはあっという間に静止した。続いてプロ

ペラも完全に停止し、内部に響くのはフライホイールの回転音のみ。

 内部に乗り込んでいるのは、パイロットのエディと、新米機関師のハルだった。二人の

表情は対照的で、満足した様子のエディに比べ、ハルの顔は青褪めるほど血の気がなかっ

た。

「機関室、聞こえるか。訓練機は無事着陸した。動力軸を引いてくれ」

『了解』

 勝手を知らないハルの代わりに、エディが声を張り機関室へ停止処理を依頼する。応答

後、回転していた動力軸が引き抜かれる。

「ハル。もう消してもいいぞ」

「うん……」

 エディに肩を叩かれ、門へ触れていた左手を離し、静かに膝の上に乗せるハル。初飛行

だけに、初めは遠慮していたエディだったが、ある程度機体を振り回してもまるで動じな

いハルに気をよくし、実戦ですら使わないような高負荷を伴う戦闘機動を行っていた。

 相棒の体調が悪くなったのは自分のせいかも知れないと感じたエディが、申し訳なさを

口にする。

「わ、わりい。初めてなのにやりすぎちまった」

 謝罪と労いの意味も込め、密着する程近い前部座席に座るハルの頭を撫でるが、振り向

いたハルは力なく首を横に振る。

「ううん、大丈夫。少し興奮しすぎて、着地したら安心、しちゃって……」

「お、おいハル!」

 眠るように目を閉じ意識を失ったハルを支え、慌てて身体を触るエディ。幸い脈は正常

で、身体にも損傷は見当たらなかった。

 ようやく近づいてきた作業員達が梯子をかけると、キャノピーを引き機体から乗り出し、

梯子に足をかけるエディ。降りてゆかずに、そのままの体勢でハルを抱き上げる。眠り姫

のように目を閉じるハルの体は、外見から想像もつかないほど引き締められており、貧し

い食生活もあってか、余分な肉はまるでついていなかった。

 抱きかかえたまま慎重に梯子を降りると、作業服を着た男達に紛れ、軍服を着た金髪の

男が立っていた。

 金髪の男が、微笑しながら一歩踏み出す。

「随分と長く飛んでたな、エディ。今日は俺達もみっちり訓練したんだが…………その子

が新しい機関師か? 随分とまあ――」

「可愛らしい、ってか? ハンク隊長」

 嬉しそうにハルを抱えるエディに、ハンクと呼ばれた男は眉を上げる。その後ろでは訓

練機が牽引されて行き、滑走路にはエディとハンクの二人だけが残された。

「フフッ。旦那から話は聞いたよ。一分とかからずに門を繋げたんだって? ……その子

が、運命の相手なんだな」

「いいや」

 ハルを穏やかに見つめていたエディが、否定の言葉と共に視線を持ち上げる。

「こいつは戦士としてはあまりに未熟だ。今は、こいつがそうなのか判断できない。出会

ってまだ半日なんだ、そう簡単にわかる訳がないだろう」

「それもそうだ」

 おかしそうに笑うハンクから視線を外し、再度ハルを見る。

「それにな、ハルはメイジとして優秀すぎる。陸軍の連中に目をつけられでもすれば、破

壊工作の道具として利用される可能性が高いだろう。あたし個人としても、ハルをそんな

連中に盗られたくないし、やらせたくない」

 ひとしきり笑いが収まったハンクが、微笑を残し、ため息混じりに呟く。

「そうだな。陸の連中は甘いと罵るだろうが、それはシェリル陛下も望まない事だろう。

俺の方から、キースの旦那に緘口令を敷くよう伝えておく。旦那も協力してくれる筈だ」

「そう、か。ありがとな、ハンク隊長」

 気恥ずかしさを抑えつつも、素直な感謝の気持ちを告白する。はっとしたハンクは、壊

れたように笑い出す。自分の気持ちが笑われた気がしたエディは、眉間にしわを寄せる。

 笑いを堪え、息を整えたハンクが、涙目になりながら謝罪する。

「ククッ……すまんな。嬉しくてつい笑ってしまった」

「嬉しい?」

 ハンクは目を閉じ、二度頷いた。

「そうやって、対等に口をきいてくれるのはお前だけなんだ。隊員達にはもっと普通に接

して欲しいんだが、どうも上手くいかなくてな」

 ハンクの答えに、エディは派手に笑って返した。今度はハンクが、エディの馬鹿笑いに

顔をしかめる。

「ふふふ……そりゃあそうだ。陛下の兄上で、戦闘機に乗れば無敵の英雄に、下手な口を

きけるわけがないだろう! それにな」

 僅かに痺れ始めた腕でハルを抱えなおし、穏やかな目でハンクを見返す。

「お前が権力だけで隊長になっているわけではないと、皆わかってるんだろう。ハンクが

敬われるのは、それこそ尊敬されてるからさ。全く、頭がキレるのか馬鹿なのか。どっち

なんだよ」

 ハンクはばつの悪そうな顔で頭をかき、深く息を吐いた。

「それでも、な。そうやって言いたい事を言ってくれるエディには、本当に感謝してるん

だ……ああ、その子を抱えたままだと辛いよな。宿舎へ行こうか」

「そうだな。行こうか」

 以降二人は口を閉ざし、滑走路から宿舎へ歩き始めた。聞こえてくるのは、風に巻き上

げられた砂が地面に打ち付けられる音だけで、お互いの息遣いすら聞こえそうなほど静ま

り返っていた。

「そういえば、エディは何故、俺と対等に接してくれるんだ? お前が家柄や実績を気に

しないような奴と言えばそれまでかもしれないが」

 エディは前を向いたまま、静かに息を吸う。

「そんなものは簡単だ。ハンクがそうして欲しいと望んだからだよ。お前の望みを叶えて

やりたいと思えるような人間だったってだけの話さ」

「……本当に、それだけなのか?」

「そうだよ。可笑しいか?」

 ハンクは金髪をサラサラと揺らし、首を横に振る。

「本当に大した奴だよお前は。エディには是非とも空軍に残って欲しい。友人として」

 宿舎に入って行きながら、エディはハンクの言葉に黙って相槌を打った。そして、階段

の前で立ち止まったハンクに気がつくと、振り向いて声を掛ける。

「隊の訓練は午後から、それも分隊別だろう。あたしの部屋で珈琲でもどうだ。いつもお

茶ばかりなんだろう?」

「そうだな。たまにはいいかもしれない。頂くよ」

 相手が了承した事で、ハルを抱えたまま階段を上ってゆくエディ。五歩程送れてハンク

もそれに続く。

 自室の前に辿り着くと、ハルを抱えたまま器用に扉を開け入出するエディ。ベッドに直

行しハルを仰向けに寝かせると、そのままキッチンへ向かい珈琲の準備を始める。焙煎し

ておいた自家製の豆を慣れた手つきで挽くと、布の袋に入れ、湯を注ぐ。

 抽出された珈琲をカップに注ぎ、それを持ってハンクの掛けるテーブルまで移動すると、

そっと差し出すエディ。

「ほう、いい匂いだな。頂くよ」

「どうぞ」

 そして、エディが椅子に掛けると、ハンクはカップから珈琲をすすり、感嘆のため息を

漏らした。今日も上手く淹れられているようだと、自分のカップに口をつけ、同じように

すする。それが腹に流れ落ちる度、エディの心は弛緩していった。

「美味い。久しぶりに口にしたが、相変わらず上手いな、エディ。ますます手放したくな

い」

 その一言に、エディは表情を曇らせた。自分に残された時間はあと三ヶ月。専門的な訓

練を受けていないハルが、期間内でモノになるのか、エディは不安を感じていた。

 その不安を知ってか、顔を引き締めたハンクは、自分の右手をこめかみに当てる。

「つい先ほど、陸軍の司令からお前の帰隊要請があった。どうやら、エディの不在で陸軍

の幹部達は相当不安になってるらしい。空軍より遥かに大所帯なのにな。臆病な事だ」

「陸軍司令はそういう男だ。私欲の為なら、約束などどうでもいいんだよ。だからあたし

はあいつが大嫌いなのさ」

 あからさまに嫌な顔をするエディに、尚も真剣な表情で続けるハンク。

「それでどうなんだ? あの子はモノになるのか?」

 ハンクからの問いかけに、エディは目を閉じ大きく深呼吸をした。

「それは…………わからん。あたしがどれだけ分かりやすく教える事ができるのか、ハル

がどれだけ理解してくれるのか未知数なんだ。訓練校で教える半年分の知識を三ヶ月、い

や、二ヶ月で覚えてもらわなければならない。更には、それを実戦で使いこなせるだけの

場数も必要だ」

 目をあわせたまま二度頷いたハンクが、机の上で手を組む。

「これは一つの手なんだが。入隊試験だけ、別の機関師と組んだらどうだ? お前は少し

手を抜き、機関師を労わればそれで合格だ。エディの操縦技術は既に実戦レベルにあると、

隊の皆は口を揃えて言っている。俺もそう思う一人だ。声を掛ければ協力する奴もいるだ

ろう」

 ハンクの提案に、エディは苦笑しつつ頷いた。

「それは、最後の手段としてとって置こう。あたしはハルと、もっと空を飛んでいたい。

あいつとどこまで行けるか、試してみたいんだ」

「どこまで行けると?」

 悪戯な笑みで問うハンクに、エディはこれ以上ない程嫌らしい笑みを浮かべた。

「我が空軍の英雄、ハンク・アルストロメリアとメル・ウォーロックの二人を超えた先ま

でだ」

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