喜ばしき今日という日に祝福を。馬鹿な兄に制裁を。
招待客から、歓声が上がった。教会の祭壇の前では、永遠の愛を誓い合った若い夫婦が熱烈に愛を交わしている。・・・もう少し人目をはばかった方がいいのでは。しかも、なんか、新婦がかなり恥ずかしがっている。耳が真っ赤。というか本気で嫌がってないか、あれは。あ、新婦が新朗に蹴りを入れた。おおう。ヒールがクリティカルヒット! 悶絶するその男、キールが自分の兄であると認めたくないと、ナーシャ、15歳は心の底から思った。
しかも、彼女はこの先、あのカップルと同居をすることになるのだ。・・・早く自立しよう。うん。彼女が心の中でそう決意する中、兄夫婦の結婚式は、粛々・・・いや、騒々しく進んでいった。
結論から言えば、あの飛竜は兄の結婚式への招待であった。
両親は腰を抜かした。
上級貴族でなければ使えないはずの飛竜が、兄の手紙を運んだこと以上に、新婦の名に。
『ナスターシャ・ガレンシア』。
その名は、我が国の四大貴族に名を連ねる一族のものだった。
兄は、とんでもない逆玉に乗ってくださったのだ。
手紙には、婚約の報告とともに、両親とナーシャに共に暮らしてほしいこと、そこで、結婚式までに、家を引き払い、王都に来てほしいこと、すでに、この手紙を追うように、ガレンシア家の飛竜が我々だけを先に運ぶために、こちらに向かっているということを、書いていた。
まるで、自分たちが兄のもとに行くのが当然であるかのように。
その身勝手さにむっとした。そして、結婚式の日取りを見て、さすがに、顔が引き攣る。結婚式の日付は、3日後であった。そして、手紙によれば、自分達は、明日の朝来る飛竜に乗ってその日のうちに王都に着くことになるらしい。
恐る恐る両親を窺う。父は腕組みをして、手紙を睨みつけ、母は、頬に片手を当て、呆れを隠せないという風にため息をついている。
「おい、リュサ、あの馬鹿はどうにかならんのか」
父が、唸るようにつぶやいた。
「どうしようもないよ。キース。あの子があたしらの言うことを聞いたことがあったかい?あたしらは、あの子が無茶を言う度に、あの子を止めようとした。剣を習うと言った時も、村の自治団に入ると言った時も、王都騎士学校に入ると言った時も。だけど、あの子は聞かず、最後にはいつも、自分のやりたいことをやり遂げて、いまじゃ、王都第一騎士団の騎士団長様だ。あたしらに拒否権はないよ。さっさと、荷造りを始めないとね」
母は、そう言うと、二階に上がっていってしまった。父はまだ唸っている。だが、母が決めたのならば、これはもう確定だ。ため息をつき、私も、徹夜になるだろう荷造りを手伝いに行く。最高にはた迷惑な兄に祝福代わりにどんな仕返しをしてやろうかと思いつつ。
***
翌日の早朝、激しく扉を叩く者がいた。徹夜で荷造りをしていたナーシャは、早くも迎えの者が来たのかと応対に向かった。だが、開ければ、見覚えのある屈強な男たちが、我が家を囲んでいた。一様に皆固い顔をしている。こんな早朝から、何の用であろうか。
「どうした?こんな朝から、こんな大人数で」
訝しげに問いかければ、その中でも強面の男が、焦れたように言う。
「そりゃあ、団長。気になって来ちまったに決まってまさぁ。王都から団長んちに、飛龍が来たって話じゃありませんか」
目線で何があったと問いかける男達に、ああ、こいつらともお別れなのだと思うと、少し寂しくなった。
「王都に行くことになった。今日、出発する」
「「「「「はああ?」」」」」
男たちが、一斉に叫ぶ。思わず耳をふさぐ私の肩を、誰かが叩いた。振り返れば、驚いた顔をした父がいた。
「おい。ナーシャ。おまえ。団長って、今、呼ばれてなかったか? だが、この方たちは、紅獅子団の方々だろう。どういうことだ?」
紅獅子団とは、この地方に駐留している王国直属騎士団の名前だ。団の名に似て荒くれ者が多いが、腕前は確かな上、規律を厳守し、自分たちが騎士であることに誇りを持っている者たちである。地元住民は彼らを信頼し、自分たちを守ってくれる存在として、敬愛している。そんな方々が、自分の娘を団長と呼んでいるのだ。父が驚くのも無理はない。
「ただのあだ名ですよ」
さらっと答えると、騎士達が、余計な口をはさんできた。
「そんな~。団長」
「俺達、一生団長についていきます」
「貴族のお坊ちゃん団長、ルーファスの野郎を倒した時のあの凛々しさ」
「俺達の誰も敵わない団長の剣技に、俺、惚れました!」
「あっ。ずりぃぞ、おまえ!」
「お、おれは、剣技じゃなくて団長に惚れてます!」
「てめぇ!どさくさにまぎれて何言ってやがる!」
「先月のバナド(狼型魔獣)討滅作戦だって、指揮してたのは団長じゃないですか」
「あの名ばかり団長が風邪だって、逃げやがって困ってた俺達に救いの手を差し伸べてくださったあの時の嬉しさ」
「あのバナドが怯え逃げ惑った、鬼神とも言うべきあの強さ」
どんどん、不味いことをばらしてくれる。わが愛しき団員達。そろそろ、息の根を止めるべきかな?
そんなことを思っているのが分かったのだろうか。騒ぎ立てていた団員達がピタリと口を閉じた。それに、にっこりと微笑んでやる。ザーっと顔から血の気を引かせる彼らは無視して、恐る恐る後ろを振り返った。
父は、なぜか微笑んでいた。何かをあきらめるかのように。
「まあ、仕方がないな」
そう言って、私の頭をなでた。
「お前は、『あの』キールの妹だからな」
あの兄とは。つまり。神聖なる騎士学校で裏博打を開き、しかもそれに校長を含めた教職員までが参加していたとして大騒ぎを引き起こしたあの兄と。ゲサ(強暴巨大牛)退治の後、部下と共に焼き肉パーティをしたあの兄と。王都の女性で、手を出されてないのは子供と老人だけといわれているあの兄と。…男に手を出していないかについては、諸説あるらしい。まあ、とにかく、そんな兄と私が似ているというのことでしょうか? お父様。
固まるナーシャを置いて、父は何やら感慨深げに頷きつつ、家に戻っていった。後ろから、団員達が恐る恐る、という風に声をかけてくる。
「あ、あの。 団長?」
「・・・お前たち」
振り向いた私の顔を見て、彼らは一様に、一歩、後退する。そんなにひどい顔だろうか。ふふふ。ぐっと、顔をあげ、腰に手を当てて、宣言する。
「飲みに行くぞ!」
「「「「「はああ?」」」」」
再び一斉に叫ぶ団員達。本当に、こんな時だけは団結力のある奴らだ。その高い実力と団結力。たとえ小娘であっても、相手の実力を認めれば敬う潔さ。そんな彼らだからこそ、ナーシャは団員たちを仲間と認め、手を貸したのだ。一人一人の顔をじっくりと見ていく。今日限りでお別れの、大切な仲間たち。
「私の旅立ちを祝して今日は朝から飲むぞ! ついて来い!」
そして、ナーシャは伝説になった。あの紅獅子団員と飲み比べで圧勝し、さらには餞別だといい、餞別っていうのは旅立つ側が受け取るもんでしょうと抵抗を試みる、二日酔いの団員達に最後の猛特訓をして旅立っていった鬼団長として。
ちなみに、ナーシャ一家は予定より一日遅い、結婚式前日に王都についた。その理由というのが、ナーシャと団員達の宴会に巻き込まれた迎えの者が全員酔いつぶれて、丸一日使いものにならなかったからというものであった。
「ふう。助かったよ。おかげで、村の皆にちゃんと挨拶ができた。ねえ。キース」
「リュサ・・・」
一番の大物は、あの二人を育て上げたリュサなのかもしれないと思ったキースだった。




