されど物語は続く。望むと望まぬとに関わらず。
胸を打ち抜かれたかのような衝撃を感じ、ナーシャはベッドから飛び起きた。眼に映るのが見慣れた自分の部屋であることに安心して、ドサッと、体をもどす。
「また、あの夢・・・」
汗に濡れた額に、髪が張りつき、不快だった。そっと、目を閉じて、乱れた息を整え、いまだ踊り狂う心臓をなだめる。頬を温かいものが伝うのを感じた。あの夢を見た後は、いつもこうだ。
ナーシャは、この世に生まれた時から、その記憶を持っていた。そして、今まで幾度も、それを自分の中、深く封じ込めようとした。自分は、ただの鍛冶屋の娘だ。そう、超絶美系な上に天才肌の兄と違い、私はどこにでもいる村娘。ありふれた金髪碧眼に、平凡な顔立ち。どうという特徴もない、ただの娘。そんな自分に壮絶な人生をおくった『アヤ』の記憶はあまりにも重かった。幾度、捨て去りたいと思っただろうか。
だが、夢が、自分にその存在を教えるのだ。まるで、その記憶のことを忘れるなとでも言いたげに。そして、自分も、本心では。
夢の中で、ナーシャは『アヤ』と呼ばれ、いつも、『カイ様』『コウ様』と共にいた。二人の勉強を見ていることもあれば、公園でピクニックをしていたり、動物園に二人を連れていったりもした。
そんな時『アヤ』の胸にあるのは、ただ、二人への慈しみだけだった。『アヤ』は、血はつながらずとも、彼ら二人を、自分の子供のように愛していた。彼女の悲哀に満ちた人生の中で、唯一の救いは、その二人のいとし子達だった。
二人に逢いたい。そう、何度思っただろうか。だが・・・。
ため息をつき、ガウンをはおると、ベッドから降りる。ペタペタと裸足で板の間の上を歩き、窓に近づく。開けば、サアッと心地よい夜風が部屋に入る。そして、彼女は、夜空を見上げた。そこには・・・。
二つの赤い月が昇り、ナーシャの村を皓皓と照らしていた。
そう、ここは、日本ではない。
地球ですらない。
ナーシャが、今いるのは、ガリレ大陸のフィナン国。
『アヤ』は異世界に転生したのだ。
ならば、なぜ!
なぜ、こんな記憶を私は持たなければならないのだ。二度と会えぬのであれば、こんな記憶、持っていても仕方がない。二人の夢を見ると、その顔を見られたことへの喜びと、二度と逢えぬことへの絶望に、胸が狂おしいほど締め付けられる。
いままで、この記憶のことを誰かに相談したことはなかった。ナーシャは、生まれた時から、『アヤ』の記憶を持っていた。それは彼女に、子供に似つかわしくない良識と深い洞察力をもたらした。だから、相談などできなかった。『前世の記憶があるの。どうしたらいいの?』などと、誰に聞けというのだ。子供の戯言と片づけられるか、気でも狂ったかと騒がれるのがオチだ。
ナーシャは、涙でゆがむ月を睨みつけた。その異世界の象徴たる二つ月を一匹の飛竜が横切る。首元で光っているのは、おそらく所有の証。珍しい。よほど急ぎの品を届けに来たのだろうか。こんな辺境の村に。どうしたというのだろう。
ナーシャは胸騒ぎを感じて、慌てて着替え、飛竜が降り立った村役場へと向かった。
彼女は、知る由もなかった。
この日を境に、彼女の世界が大きく変わるなどとは。




