さよならは、言わない。祈るのは貴方達の幸せだけ。
暗い路地裏に、追い詰められた青年がいた。
背後の壁に背をつけ、荒い呼吸を繰り返す。
その目前では、眼をギラギラさせた男が拳銃を構えてた。
「お前さえいなければ、俺は!」
叫び、その男が引き金を引こうとした瞬間のことだった。
突如、横道から、一人の女が飛び出してきた。
自分を背後にかばう女性に青年が何かを叫ぶ。
乾いた銃声が、その叫びを打ち消した。
闇夜に鋭く響いたその音がこだまする中で、
女性は、冷たいコンクリートに崩れ落ちた。
青年は女性に駆け寄り、服が汚れるのもかまわず、抱き起こす。
そんな二人を忌々しげに見つつ、
再び引き金を引こうとする男の背後に、
スッと忍び寄る影があった。
影はまだ幼い少女であった。
少女もまた、その手に拳銃を持っていた。
薄暗い街灯の下で、不吉な金属の塊が鈍く光る。
狙いを定めたその影は、震える指に力を込めた。
「コウ様。おやめください」
凛とした声が、その手を止めさせた。
コウは一瞬の躊躇の後、男の首に手刀を入れる。
倒れる男には目もやらず、二人のもとへ駆け寄るコウ。
同時に、どこからともなく、黒服の集団が現れ、男を回収していく。
「カイ」
コウは、震える声で、女性を抱きかかえるカイに呼びかけた。
カイは、うなだれ、そっと首を振った。
女性はカイの腕の中で、目を閉じ、今や息も絶え絶えとなっていた。カイの眉が苦しげに顰められる。
「アヤ。どうして」
その問いかけに、ふっと、アヤが、目を開け、最愛の二人を見た。
彼女にとって彼らは、
守るべき主人であり、
愛すべき家族であり、
愛おしい子供であった。
最期に二人の顔をしっかりと脳裏に焼き付けておこう。
私が行くのが天国にしろ、地獄にしろ、
貴方達にお仕えした、その記憶こそが、
私を救うだろう。
別れの時が近づくのを、彼女は感じた。
泣きそうな顔のコウと悲嘆にくれるカイに、
精一杯の愛情をこめて、微笑みかける。
「カイ様。コウ様」
かすれた声を、必死に、絞り出す。
「どうか、お幸せに」
愛しています。
どうか、悲しまないで。
どうか、笑って。
どうか、この愛しきわが主に幸多からんことを。
最期に、そう祈って、彼女は又の世へと旅立った。
「「アヤ!!」」
あとに残された二人の慟哭を聞くことなく。
こうしてコウとカイにつかえた「アヤ」はその一生を終えた。
物語はここで終わる。
・・・・・・・・・・・・はずだった。




