第二話【共生】
西暦2053年6月15日
日本・対MARS特殊研究施設 第三隔離区画
白い天井。
無機質な照明。
消毒液の匂い。
目を覚ました時、俺が最初に見たのは病院でも基地でもない。
実験室だった。
「おはようございます、レン・ハワード」
ガラス越しに、一人の女性が立っていた。
白衣。
手には大量のデータ端末。
対MARS研究主任――神崎ミア。
俺の母親だった。
「身体の状態を確認します」
「……また検査か」
「あなたの場合、普通の健康診断では意味がありません」
彼女は画面を見る。
そこには俺の身体情報。
そして、体内に存在するもう一つの生命の情報が表示されていた。
「GAIA融合率、32%」
「前回より上昇しています」
俺は目を逸らす。
「上がると、どうなる?」
母は少し黙った。
「人間としての境界が曖昧になります」
その言葉は、何度聞いても慣れなかった。
俺の中には、俺以外の生命がいる。
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西暦2053年6月15日
同施設・観察室
一人になった部屋で、俺は右手を見る。
何も変わらない。
普通の手。
だが、意識を集中すると白銀の粒子が浮かび上がる。
細胞より小さい生命。
GAIA。
火星から来たMARSと同じ存在。
だが、奴らとは違う。
MARSは宿主を利用する。
身体を奪う。
命を道具にする。
GAIAは違った。
俺の意思を待つ。
俺が望んだ時だけ、力を貸す。
「お前は……何なんだ」
問いかける。
返事はない。
声ではない。
ただ、感覚だけが伝わってくる。
守る。
共に生きる。
まるで、それが当然だと言うように。
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西暦2048年5月6日
六年前
父が帰還した日。
世界中が祝福していた。
人類初の火星探査成功。
英雄の帰還。
テレビには、笑顔の父が映っていた。
レオン・ハワード。
ARES計画艦長。
俺の父親。
しかし、その三日後。
すべてが変わった。
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隔離施設。
俺はガラス越しに父を見ていた。
父の身体には黒い線が浮かんでいた。
皮膚の下を何かが動いている。
「……レン」
父は俺を見た。
まだ父の目だった。
「近づくな」
「父さん……」
「俺の中にいるものは、俺じゃない」
その声は震えていた。
「でも……まだ少しだけ、俺は残っている」
父は苦しそうに笑った。
「もし俺が完全に消えたら」
「その時は――」
言葉の続きを、父は言わなかった。
その数時間後。
最初のMARS感染体が誕生した。
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西暦2053年6月15日
対MARS特殊研究施設
警報が鳴った。
赤いランプが施設内を照らす。
「緊急報告!」
研究員が叫ぶ。
「MARS感染体が発生!」
俺は立ち上がる。
「場所は?」
「東京第三区画」
「感染レベルは?」
研究員の顔が青ざめる。
「通常個体ではありません」
画面に映った映像。
そこにいたのは、これまでのMARS感染体とは違う存在だった。
巨大化した身体。
複数の腕。
黒い粒子が煙のように周囲を漂っている。
「複数の感染体が融合しています」
母が呟く。
「進化している……」
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西暦2053年6月15日
東京第三区画
瓦礫の街。
俺は怪物の前に立つ。
「お前が、新しいMARSか」
怪物はゆっくり顔を上げる。
黒い身体。
異形の姿。
その口から、人間の声が漏れた。
「……レン」
俺の身体が止まる。
聞き間違えるはずがない。
六年前。
最後に聞いた声。
「父……さん?」
怪物の奥から、再び声が響く。
「レン……逃げろ」
「まだ……俺は……」
黒い粒子が蠢く。
父の声。
しかし、その身体はもう人間ではない。
俺の中のGAIAが警告する。
危険。
敵。
目の前の存在はMARSだ。
それでも。
俺は武器を構えられなかった。
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人類を救うために戦う。
そう決めたはずだった。
でも。
もし敵の中に、まだ父が残っているなら。
俺は何をすればいい?
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─COLONY─




