第6話:12:00 泥濘の橋頭堡
2026年12月24日、正午。
開戦から12時間が経過し、台湾西海岸の波打ち際は、文字通り血と硝煙の色に染まっていた。
日米の潜水艦部隊や空からの執拗な妨害工作も、数に任せて押し寄せる中国軍の強大な波を完全に押し留めることはできなかった。新竹から台中にかけての海岸線に、エアクッション揚陸艇(LCAC)とZTD-05水陸両用突撃車が次々と乗り上げ、凄まじい水飛沫とともに人民解放軍の海軍陸戦隊が台湾の土を踏んだ。
「海岸線の第1防衛線を放棄。全軍、内陸部の第2防衛線へ後退しろ。連中を市街地と山地へ引きずり込め!」
台湾陸軍の野戦指揮所では、泥だらけの指揮官が無線に向かって叫んでいた。
水際での直接対決は、沖合に控える中国艦隊からの猛烈な艦砲射撃と巡航ミサイルの的になるだけだ。台湾軍はあえて上陸を許し、複雑な地形を利用した縦深防御、すなわち非対称のゲリラ戦術へと移行していた。
上陸に成功し、勢いに乗って内陸のハイウェイへと進軍を開始する中国軍の装甲部隊。
だが、彼らが廃墟と化した市街地の交差点に差し掛かった瞬間だった。
シュガァァァッ!
倒壊したビルの影から、鋭い噴射音とともに一筋の白煙が飛び出した。
対戦車ミサイル「ジャベリン」である。放物線を描いて舞い上がったミサイルは、戦車の最も装甲が薄い上面へ向かって垂直に突き刺さった。耳を劈く爆音とともに、先頭を走っていた主戦車の砲塔が吹き飛び、炎の柱が上がる。
「敵の待ち伏せだ! 散開しろ!」
混乱する中国軍の頭上、低い山の稜線から、今度は台湾軍のAH-64Eアパッチ・ヘリコプターが音もなく姿を現した。地形に沿って身を隠す「地形追従飛行」で接近してきたアパッチは、ヘルファイア・ミサイルを連続発射し、後続の装甲車を次々とスクラップに変えていく。そして、対空火器が向けられる前に、再び山の裏側へと亡霊のように姿を消した。
中国軍は圧倒的な兵力で橋頭堡を築いたものの、一歩内陸へ足を踏み入れるたびに、見えない敵からの出血を強いられる泥沼の市街戦へと引きずり込まれていた。
一方、その血みどろの地上戦が繰り広げられている台湾本島から北東へ数百キロ。
暗黒の深海を、二つの巨大な影が猛烈なスピードで突き進んでいた。
日本国の極秘兵器、やまと型潜水艦一番艦やまと、二番艦むさしである。
通常、ディーゼル・エレクトリック方式の潜水艦が水中を高速で移動すれば、バッテリーは数時間で枯渇し、致命的な推進音を周囲に撒き散らす。しかし、やまと型は違った。
「現在深度300。速力38ノット。反応炉出力安定、蓄電池への充電状況も極めて良好です」
やまとの発令所では、航海長が信じられない数値を淡々と読み上げていた。
次世代型小型反応炉による絶大な推力と、極限まで流体力学を追求した船体設計。速力40ノットに近い猛スピードで海中を疾走しているにもかかわらず、艦内は気味が悪いほど静かだった。外部への放射音も、周囲の海洋ノイズに完全に溶け込んでいる。
「この速力なら、あと3時間で台湾海峡の最深部、敵揚陸艦隊のど真ん中に到達する」
艦長は腕を組み、ソナー画面を鋭く見つめていた。
前線のたいげい型や米原潜が命がけで敵の対潜哨戒網をかき回している。やまととむさしは、その隙を突いて敵の最も柔らかい腹、すなわち補給と指揮の中枢を単艦で食い破る「刺客」としての役割を担っていた。
「垂直発射システム(VLS)の点検を急げ。目標は敵の075型揚陸艦、および補給艦艇。海中からの一撃で、敵の補給線を物理的に切断する」
上陸部隊がどれほど強力であろうと、弾薬と食料の補給が絶たれれば、数日でただの烏合の衆と化す。
絶対的な劣勢を覆すための、最凶のジョーカーが盤面に放たれた。
残された時間は、あと36時間。




