第4話:09:00 見えない深海の死闘
空でのハイローミックス防空戦が熾烈を極める中、光の届かない漆黒の海中でも、もう一つの戦争が静かに、そして確実に進行していた。
台湾海峡北部、水深150メートル。
海上自衛隊の最新鋭たいげい型潜水艦のソナー室は、不気味な静寂と微かな電子音に支配されていた。リチウムイオン蓄電池を動力源とするこの艦は、原子力潜水艦特有の冷却水ポンプの駆動音すら発しない。文字通りの「海の暗殺者」として、中国人民解放軍の大艦隊の足元へ音もなく忍び寄っていた。
「目標群、依然として南西へ進行中。針路2-1-0、速力18ノット」
ソナーマンがヘッドホンを耳に押し当てながら、無機質な声で報告する。
画面には、水上を航行する多数のスクリュー音が滝のような波形となって表示されていた。中国軍の075型強襲揚陸艦を中心とする、台湾本島への上陸部隊だ。
「米海軍バージニア級攻撃型原潜『テキサス』より、水中音響通信。本艦の右舷前方、距離15マイルにて待機中とのこと」
艦長は薄暗い発令所で静かに頷いた。
海の上ではデータリンクによる高度な情報共有が行われているが、電波の通じない海中では、ソナーの音紋データと熟練の耳だけが頼りだ。米海軍の原潜が陽動を引き受け、極めて静粛性の高いたいげい型が本命の一撃を見舞う。それが日米の潜水艦隊が編み出した「見えない挟撃」戦術だった。
「これより攻撃行動に移る。魚雷発射管、1番から4番、18式魚雷注水」
艦長の命令が下ると同時に、発令所の空気が一段と張り詰めた。
18式魚雷は、囮と本物の標的を識別する高度な音響画像センサーを備えた最新鋭の長魚雷だ。
同じ頃、海上を突き進む中国艦隊の周辺では、対潜哨戒ヘリコプターZ-18Fが多数飛び交い、海面へ次々とソノブイ(音響探信儀)を投下していた。
さらに、護衛の055型駆逐艦からは、海中をまさぐるように強力なアクティブ・ソナーの探信音が発せられている。
ピン、という金属的な反響音が、たいげい型の船体を微かに叩く。
「敵駆逐艦、アクティブ・ソナー発振。しかし本艦はまだ捕捉されていません」
「よし。テキサスが動くぞ」
数分後、海中の音響環境が劇的に変化した。
離れた海域に潜む米原潜テキサスが、あえて自らのスクリュー音を響かせて中国艦隊のソナー網に引っかかったのだ。さらにテキサスは、Mk48魚雷を放ち、中国側の警戒網を強制的に自らの方へと向けさせた。
「敵護衛艦隊、テキサスへ向けて転舵! 揚陸艦隊の側面に隙ができました!」
「今だ。1番、2番、撃て!」
圧縮空気の鈍い衝撃音とともに、たいげい型の艦首から二本の18式魚雷が漆黒の海中へ放たれた。
魚雷は有線誘導のケーブルを引きずりながら、指定された深度を猛スピードで進んでいく。標的は、数千人の完全武装した水陸両用部隊と装甲車を満載した揚陸艦。
中国艦隊がたいげい型の放った魚雷に気づいたのは、着弾のわずか数十秒前だった。
パニックに陥った揚陸艦が急転舵を試み、護衛艦が対潜ロケットを盲撃ちするが、遅すぎた。
ドォン!
海中を伝わる巨大な爆発音が、たいげい型の船体を大きく揺さぶった。
ソナーの波形が激しく乱れ、巨大な金属構造物がへし折れ、海水が流入していく凄惨な音がヘッドホン越しに響き渡る。一隻の強襲揚陸艦が、台湾の土を踏むことなく、数千の兵士とともに東シナ海の底へと引きずり込まれていった。
「命中。敵揚陸艦、沈み始めました」
「有線切断。面舵一杯、深度を200へ。急速離脱する」
艦長は感情を交えずに次の指示を出した。
一隻を沈めたとはいえ、中国艦隊の規模はあまりにも巨大だ。怒り狂った敵の対潜ヘリと駆逐艦が、すぐさまこの海域に爆雷の雨を降らせるだろう。
海と空、両面からの絶望的な遅滞戦闘。
彼らの死闘によって中国軍の上陸スケジュールは確実に狂い始めていたが、それでも巨大な軍事の波を完全に止めることはできなかった。
水平線の向こうでは、台湾本島の西海岸が、いよいよ血塗られた上陸戦の舞台になろうとしている。
残された時間は、あと39時間。




