第3話:05:00 空飛ぶ弾薬庫(ミサイル・トラック)
台湾本島北東部、高度三万フィート。
漆黒の闇に包まれた空域を、二機のF-35Bが静かに滑空していた。アフターバーナーの使用を極限まで抑え、闇に溶け込むように飛ぶ彼らの任務は、直接的な交戦ではない。
「あかぎCICから『ウィザード01』。目標群、依然として南下中。センサーの統合データ、リンク16へアップリンクを継続せよ」
「ウィザード01、了解。しかし燃料はビンゴ(帰投限界)まであと15分だ。交代機はまだか」
F-35Bのパイロットは、ヘルメットのバイザーに投影される無数の赤いシンボルを見つめながら乾いた唇を舐めた。
彼の機体に搭載された高性能なアクティブ・フェーズドアレイ・レーダーと統合電子戦システムは、中国空軍のステルス戦闘機J-20が発する微弱な電波放射と赤外線シグネチャを確かに捉えていた。
J-20は台湾の防空網を完全に無効化し、我が物顔で空域を支配しようとしている。だが、彼らは気づいていない。前衛に張り付いたF-35の「目」によって、自らの位置が丸裸にされ、後方の味方へと筒抜けになっていることに。
「こちら『天狗リーダー』。ウィザードの目玉、確かに受け取った。これより射撃位置につく」
通信帯域に、九州から駆けつけたF-15J編隊長の声が響いた。
ウィザード01の後方、約五十マイル。
二十四機のF-15Jが、横一列の広大な陣形を展開し、音速の壁を破って戦域へ突入しつつあった。彼らの旧式の自機レーダーでは、ステルス性を持つJ-20を正面から捉えることは困難だ。レーダー画面はノイズにまみれている。
しかし、戦術データリンクの画面上には、F-35Bが提供したJ-20の正確な三次元座標がくっきりと点灯していた。
「天狗各機へ。目標はウィザードが指定した赤い点だ。自機のレーダーは切ったままでいい。目を閉じて、網の指示通りに引き金を引け」
F-15Jの翼下には、国産のアクティブ・レーダー・ホーミング空対空ミサイル「AAM-4B」が鈴なりに懸吊されている。旧世代の機体とはいえ、そのペイロード(兵器搭載量)はF-35を圧倒している。
「システム、リンク完了。ターゲット・ロック」
パイロットが操縦桿のトリガーに指をかける。肉眼はおろか、自機のセンサーでも敵の姿は見えない。ただ、データリンク上の数値を信じるのみ。
「フォックス・スリー!」
天狗リーダーの号令とともに、二十四機のF-15Jから一斉にミサイルが放たれた。
暗黒の空に、数十本もの強烈なロケットモーターの炎が咲き乱れる。空飛ぶ弾薬庫から解き放たれた第一波、計四十八発のミサイル群が、見えない敵を目指して虚空へと加速していく。
一方、台湾上空を南下していたJ-20の編隊長は、コクピットのレーダー警戒受信機(RWR)が突如としてけたたましい警報を鳴らしたことに戦慄した。
「ミサイル接近警報だと!? 馬鹿な、どこから撃ってきた!」
彼らのレーダーには、迎撃機の姿は一切映っていなかった。F-15Jは遠く離れた安全圏からミサイルを放ち、そのミサイルの中間誘導は最前線に潜むF-35Bが引き受けているからだ。
J-20が被ロックオンを検知したのは、ミサイル自身のシーカーが起動する最終段階に入ってからだった。
マッハ4で殺到するミサイルの群れに対し、J-20は自慢のステルス性を放棄し、フレアを撒き散らしながら急回避を打つしかない。
凄まじいGに耐え、回避に成功した機体もあった。だが、回避機動によって速度と高度を失ったところに、F-15Jから放たれた第二波のミサイルが容赦なく襲い掛かる。
夜空に、中国軍最新鋭機の残骸が次々と火球となって散っていった。
「第一波命中。敵編隊に混乱が見られます」
「よし、ウィザード01は燃料限界だ。『あかぎ』へ帰投する。天狗編隊、あとは頼んだぞ」
F-35Bが静かに戦域を離脱していく。
交代として、別のF-35が前衛のセンサーを引き継ぐ。その後方では、弾薬を撃ち尽くしたF-15Jが後方の空中給油機へ向かい、入れ替わるように次弾を装填した別のF-15J編隊が戦域に到着する。
日米が長年かけて構築してきた、ネットワーク中心の戦い。
ステルスの目と、旧式機の圧倒的な火力を組み合わせたハイローミックス戦術が、中国空軍の電撃戦を空で力強く押し留めようとしていた。
だが、これによって中国軍中枢の逆鱗に触れたことは間違いない。
被害報告を受けた北京の指令により、J-20の群れはすぐにより凶悪な戦術――防空の要である空母機動部隊そのものへの直接攻撃へと舵を切ろうとしていた。
残された時間は、あと43時間。




