特別編:深海の覇者、再び
2028年8月。南シナ海、スプラトリー諸島沖。
かつてアジアを席巻しようとした巨大な龍は、今や無数の頭を持つ狂犬へと成り下がっていた。
中国大陸が内乱状態に陥ってから2年。中央の統制を離脱し、軍閥化した旧人民解放軍の残党部隊は、生き残るために海賊まがいの略奪行為を繰り返していた。
旧南部戦区に属していた駆逐艦3隻を中心とする残党艦隊は、今まさに、台湾へ向かう国際民間輸送船団を拿捕すべく、陣形を組んで包囲網を敷こうとしていた。
「目標の船団まで距離30海里。ミサイルの射程内です」
「よし、威嚇射撃の用意だ。言うことを聞かねば一隻沈めてみせろ。今の腐った北京政府も、腰抜けの国連も、我々を止めることなどできん」
旧式の052D型駆逐艦の艦橋で、残党軍の司令官は傲慢に笑った。
しかし、彼らは知らなかった。極東のアジア海域はすでに、全く新しい次元の「支配者」によって統治されていることを。
残党艦隊から数十海里離れた深海。
漆黒の海中を、二つの巨大な影が滑るように突き進んでいた。
「むさしより入電。超電子レーダー、目標艦隊の完全な捕捉に成功。敵艦のエンジン振動、兵装システムの微細な量子ノイズまで完全に特定したとのことです」
新生ハイブリッド潜水艦やまとの発令所で、ソナーマンが淡々と報告を行う。
やまとの艦長は、モニターに映し出された敵艦隊の丸裸のデータを一瞥し、静かに命じた。
「むさしに伝達。これより本艦は制圧行動に移行する。敵の目と耳を塞げ」
僚艦むさしは、その真価を無音の中で発揮した。
次世代ステルス塗装によりあらゆる探知を無効化しながら深海に潜むむさしから、規格外の出力を持つ指向性電磁パルスとサイバー攻撃の不可視の波が放たれた。
「な、なんだ!? レーダーが完全にダウンしました! ソナーも沈黙!」
残党艦隊の艦橋は、突如としてパニックに陥った。
通信機器からは火花が散り、ミサイルの火器管制システムはフリーズして再起動すら受け付けない。外部との通信はおろか、隣を走る僚艦との無線さえも完全に遮断され、3隻の駆逐艦は文字通り海の上で「孤立した鉄の箱」と化した。
「慌てるな! 潜水艦のソナー音は聞こえなかったはずだ! 肉眼で見張りを立てろ!」
司令官が怒鳴ったその時、見張員が恐怖に引き攣った声を上げた。
「前方の海面に、巨大な影! 急浮上してきます!」
それは、物理法則を無視したかのような光景だった。
原潜並みの巨体でありながら、海面を割って姿を現したその艦は、一切の水飛沫も、スクリューの推進音も発していなかった。新開発のメタマテリアル「ドルフィン塗装」によって摩擦抵抗を極限までゼロにされたやまとは、海中を50ノットという信じられない速度で無音のまま疾走し、敵艦隊の目と鼻の先へ踊り出たのだ。
「あれは……日本の潜水艦!? なぜこんな近距離まで気づかなかった!」
司令官が双眼鏡を落としそうになった瞬間、やまとの上部甲板が左右にスライドし、異形の兵器が姿を現した。
砲身を持たず、二本の巨大な電磁誘導レールが天を指している。
火薬を用いない新時代の決戦兵器、超伝導電磁砲である。
「やまと、砲雷長。レールガン、目標の第一駆逐艦の主砲塔に照準固定。出力調整、対艦威嚇モード」
「撃て」
艦長の静かな命令とともに、やまとの甲板で青白い稲妻が弾けた。
ドシュゥゥゥゥンッ!!
火薬の爆発音ではなく、大気が極超音速で切り裂かれる甲高い雷鳴のような音が海域に響き渡る。
放たれたタングステン合金の特殊砲弾はマッハ7を超える速度で飛翔し、残党艦隊の旗艦の艦首に据え付けられていた130ミリ主砲塔を、まるで豆腐のように根本から跡形もなく粉砕した。
着弾の爆発すらない。ただ、純粋な運動エネルギーの暴力が、一瞬にして分厚い装甲を消し飛ばしたのだ。
「……ひっ!」
艦橋からその圧倒的な破壊を見せつけられた司令官は、腰を抜かして甲板にへたり込んだ。
火災すら発生せず、ただ主砲だけが神の雷に打たれたかのように消滅している。もしあの照準が数メートルずれて艦橋に向けられていれば、自分たちは今頃、痛みを感じる暇もなく肉片に変わっていた。
『こちら、大日本国・国防軍第一潜水隊群。所属不明の武装艦隊に告ぐ。直ちに機関を停止し、降伏せよ。抵抗を続ける場合、次は船体中央部を貫く』
むさしの電子戦システムを通じて、中国語の無慈悲な警告が残党艦隊の艦内に直接響き渡る。
「降伏だ! 機関停止、白旗を上げろ! 撃ってくるなァッ!」
もはや戦いにすらなっていなかった。
最強の盾と矛を手に入れた日本の新たな力の前に、旧時代の亡霊たちはただ平伏すことしかできなかった。
残党艦隊の甲板に白旗が翻るのを確認すると、電磁砲を格納したやまとは、再び音もなく海面下へと沈んでいく。
深海の覇者となった二隻の巨影は、何も語ることなく、再びアジアの海という絶対の領域をパトロールすべく、青い闇の中へ溶け込んでいった。




