エピローグ:胎動する新たな盾(2028年)
2028年。台湾海峡を巡る極限の48時間から、2年の歳月が流れた。
極東アジアの勢力図は、あの二日間を境に根底から覆り、世界は新たな秩序と混沌の中を歩み始めていた。
政治の転換と新たな国是
東京、永田町。
かつて中国本土への策源地攻撃という超法規的措置の全責任を負い、内閣を総辞職した前首相は、歴史の罪人にはならなかった。むしろ、未曾有の国難から日本と台湾を救った不屈の英雄として、国民から熱狂的な支持を集めることとなった。
野に下った彼は新党を結成。翌年の総選挙において、これまでの政治史を塗り替える圧倒的な議席数を獲得し、政権の座へと返り咲いた。
この強固な民意を背景に、新政権は戦後長らく手つかずであった憲法改正をついに実現させる。自衛隊は正式に「国防軍」としての地位を確立し、国家の防衛方針も従来の受動的な「専守防衛」から、脅威を未然に排除する「積極的抑止」へと大きく転換を遂げた。
時を同じくして、内政問題と他地域の紛争対応に疲弊していたアメリカ合衆国は、インド太平洋地域における戦略の転換を決断する。ワシントンは、アジアの治安維持と安全保障の主導権を、正式に日本が中心となって担うことを承認。日米同盟は新たなフェーズへと移行し、日本は名実ともに極東の最も巨大な「盾」にして「矛」となった。
新生・第一空母機動艦隊と深海の双璧
国防予算の大幅な増額と制約の解除により、日本の防衛装備もまた劇的な進化を遂げていた。
太平洋上に展開する第一空母機動艦隊。
その中核を担う中型空母「あかぎ」「しなの」の飛行甲板には、大規模な近代化改修によって新たなシステムが組み込まれていた。
次世代型電磁式航空機発進システム(J-EMALS:Japan Electromagnetic Aircraft Launch System)。
従来はカタパルトを持たずF-35Bの短距離離陸に依存していた両艦だが、強力な電磁パルスを用いたこの最新鋭発艦システムの搭載により、戦闘機の兵装搭載量を最大化した状態での連続射出が可能となった。「空飛ぶ弾薬庫」に依存したかつての防空戦から脱却し、空母単体での圧倒的な打撃力を獲得したのである。
そして、深海。
かつて歴史の影で暗躍した極秘ハイブリッド潜水艦「やまと」と「むさし」もまた、さらなる魔改造を受け、世界の軍事バランスを単艦で狂わせるほどの怪物へと変貌していた。
「やまと」の巨大な船体には、新開発の流体制御メタマテリアル「ドルフィン塗装」が施されていた。海中での摩擦抵抗を極限までゼロに近づけるこの特殊コーティングにより、やまとは原潜を凌駕する異常な機動性と静粛性を獲得。さらにその上部甲板には、火薬を用いず電磁力で砲弾を極超音速で撃ち出す新兵器、超伝導電磁砲が格納され、浮上と同時に敵艦隊をアウトレンジから粉砕する凶悪な牙を手に入れた。
一方、僚艦「むさし」は電子戦および索敵特化型としての進化を遂げた。
海中の音波だけでなく、浮上時のレーダー波すらも完全に吸収する次世代ステルス塗装。そして、微細な量子レベルの乱れから敵のステルス機や潜水艦を捕捉する「超電子レーダー」を搭載。内蔵された電装系は規格外の出力を誇り、むさしが海域に存在するだけで、敵の指揮通信ネットワークを海中から完全に制圧することが可能となった。
大陸の崩壊と新たな火種
日本が新たな防衛体制を確立する一方で、海峡の向こう側では悲惨な崩壊劇が進行していた。
台湾侵攻作戦における致命的な敗北は、中国共産党の権力基盤を完全に吹き飛ばした。
経済の崩壊と戦死者の激増に怒り狂った民衆の暴動は全土へ拡大。中央の統制を失った人民解放軍は各地方の軍閥へと分裂し、広大な大陸は血で血を洗う内乱状態へと突入した。
この巨大な空白地帯を見逃すほど、世界は甘くない。
台湾海峡での戦闘中、裏でアメリカと通じていたロシア連邦は、中国の混乱に乗じて牙を剥いた。
「国境地帯の治安維持と自国権益の保護」という大義名分を掲げ、強力な機甲部隊が中国北部および西部へと軍事介入を開始。豊富な資源地帯を次々と制圧し、大陸の新たな支配者として極東への圧力を強め始めていた。
世界が完全に平和になる日は、まだ遠い。
しかし、激動の時代を迎えた東アジアの海には、かつてとは違う強靭な意思が錨を下ろしている。
電磁式カタパルトから、新たな翼が空へ向けて射出される。
深海の亡霊たちは、無音のまま国境の海を睨み続けている。
戦火の果てに自らの力で立ち上がった島国は、二度と理不尽な暴力に屈することのないよう、静かに、そして力強く歩みを進めていた。




