十年後の海神(わだつみ)たち —風雷の空—
2038年、秋。
日本国内に歴史的な新政権が誕生し、国家防衛のあり方が根底から覆ってから10年の歳月が流れていた。
かつてのアジアのパワーバランスは見る影もない。内乱で分裂した中国大陸の混乱に乗じ、極東へ本格的に南下を進めたロシア軍。そして、力の空白地帯となった南シナ海において、強権的な軍事独裁政権を樹立し覇権を唱え始めた東南アジアの新興軍事国家群。
インド太平洋は、いくつもの火薬庫が連なる世界で最も危険な海へと変貌していた。
しかし、その荒れ狂う海の中央に、決して揺るぐことのない巨大な「盾」が鎮座していた。
大日本国・国防軍が誇る、第一・第二統合空母機動艦隊。
かつて台湾海峡を死守した「あかぎ」「しなの」に加え、過去10年の間に急ピッチで建造された4隻の同型艦、「かが」「そうりゅう」「ひりゅう」「ずいかく」。合計6隻の「あかぎ型」中型空母が陣形を組んで海原を進むその威容は、それだけでいかなる国家の野望をも打ち砕く絶対的な抑止力であった。
09:00 南シナ海・スプラトリー諸島沖
「目標群、依然として南下を継続。ロシア太平洋艦隊の残存部隊と、東南アジア新興連盟の合同艦隊です。上空にはSu-57を含む敵戦闘機群、数およそ24。我が方の防空識別圏(ADIZ)へ侵入まで、あと3分」
旗艦「あかぎ」の戦闘指揮所(CIC)で、レーダー員が緊張感のない、しかし確信に満ちた声で報告を上げた。
かつての台湾海峡での死闘を経験した当時の若き士官たちは、今や熟練の幕僚として艦隊の中枢を担っている。
「警告は十分に行った。我が国の『積極的抑止』ドクトリンに従い、これより対象を完全な制圧下に置く」
艦隊司令官の静かな号令とともに、6隻の空母の飛行甲板が一斉に活気づいた。
甲板に組み込まれた次世代型電磁式航空機発進システム(J-EMALS)が、低い駆動音とともに膨大な電力をチャージしていく。
「F-35B編隊、発艦。続いて――風雷、出撃せよ」
電磁パルスの強烈な反発力によって、圧倒的なG(重力加速度)とともに次々と機体が青空へと打ち出されていく。
先陣を切るのは、情報収集と電子戦の要として飛び立つF-35B。そしてその後方から、太陽の光を反射して銀色に輝く、見たこともないシルエットの機体が空へ躍り出た。
日本が独自開発した第6世代の純国産マルチロール戦闘機、**FJ-0(正式名称:風雷零式 - ふうらいぜろしき)**である。
空の絶対的支配者
「こちら天狗リーダー。F-35部隊、リンク構築完了。これより『風雷』へ戦術データをパスする。後輩ども、派手にやれよ」
かつて旧式のF-15Jで死線を潜り抜けた「天狗」のコールサインは、今やF-35Bのベテラン飛行隊へと受け継がれていた。彼らの任務は、ステルス性を活かして敵の防空網の隙間に入り込み、戦域の全データを収集することだ。
「こちら風雷01。データリンク良好。……これより、空の掃除を開始する」
風雷零式のコックピットは、物理的な計器が一切排除された完全な全周囲視界モニターで覆われていた。
風雷零式は、従来の常識を覆す空力設計と、推力偏向ノズルを備えた次世代ハイパワーエンジンを搭載している。ステルス機でありながら、格闘戦においてもいかなる機体の追随も許さない、文字通りの怪物だった。
上空二万メートル。
ロシアと新興国の合同空軍は、日本の空母艦隊を牽制すべく陣形を組んでいた。しかし、彼らのレーダーには一機の影も映っていない。
「敵機の反応なし。日本の空母はただ浮かんでいるだけか?」
「油断するな、F-35のステルス網が――」
敵の編隊長が通信機で叫んだその瞬間、彼らの頭上から、信じられない速度で数筋の飛行機雲が降り注いだ。
「――ロックオン」
風雷零式は、F-35Bが収集したデータを元に、自らは一切の電波を発することなく敵編隊の死角へ一瞬で潜り込んだ。
そして、機体に搭載された指向性マイクロ波照射システム(HPM)を起動させた。
「なっ……計器が狂った!? エンジン出力低下!」
「火器管制システムが完全にダウンした! レーダーも死んでいる!」
ロシアの誇るステルス機Su-57のコックピットに、けたたましい警報音が鳴り響く。
撃墜されたわけではない。風雷零式が放った不可視の電子打撃によって、敵機の戦闘システムだけがピンポイントで完全に無力化されたのだ。
混乱する敵編隊の目の前に、機体を翻して風雷零式が悠然と姿を現した。
その翼下には、いざとなれば一撃で敵機を粉砕できる国産の極超音速空対空ミサイルが吊り下げられている。しかし、引き金を引く必要すらなかった。
「気づく前に死んでいる」という絶対的な実力差を、言葉ではなく行動で叩きつけたのだ。
凪の海
「敵航空部隊、全機反転。一目散に自国領空へ逃げ帰っていきます」
「目標の合同水上艦隊も、我が方の風雷編隊のデモンストレーションを受け、180度転舵。退却していきます」
あかぎCICに、勝利の報告が響き渡る。
一発の銃弾も、一発のミサイルも消費することなく、敵の戦意だけを完璧にへし折ったのだ。
「深海の『やまと』『むさし』の出番は、今回もなかったな」
司令官はふっと息を吐き、モニターに映る空域の映像を見つめた。
あの日、極限の48時間の中で無数の命が散った海。
専守防衛という殻を破り、泥を被ってでも自らの足で立つことを選んだ日本は、10年の歳月を経て、ついに誰も手出しできない絶対的な力を手に入れた。
ロシアの南下も、中国残党の狂気も、新興国の野心も。
この空に「風雷」が舞い、海に6隻の「あかぎ型」が浮かぶ限り、極東の海に波風が立つことはない。
世界は未だ混沌の中にある。
しかし、大空を翔ける無敵の銀翼は、今日もまた、新時代の平和という名の重い錨を、この海に深く打ち込み続けていた。




