第1話:00:00 台北上空の黒い影
2026年12月24日、00時00分。
日付が変わった瞬間、世界は完全に切り替わった。
台湾海峡の静寂を切り裂いたのは、数千発に及ぶ中国軍の無人機スウォームと巡航ミサイルの波だった。
台北の総統府地下バンカー。外部との通信回線の8割が電子戦によって物理的・電磁的に切断される中、最高指揮官である総統は、自らの声を届けるためのゲリラ電波の発信を指示していた。
「我が国民よ、断固として戦い抜こう。我々の背後には自由と民主主義の海がある」
事前収録された音声が途切れ途切れに全島へ流れるが、地上ではすでに現実の地獄が始まっていた。
新竹、清泉崗、台南。台湾空軍の主要基地には、海峡を越えて飛来した弾道ミサイルが容赦なく突き刺さり、滑走路を幾度も爆砕していく。
「レーダーロスト! 新竹の第2連隊、全滅か!?」
「敵機接近、この数は異常です!」
衡山指揮所の大型スクリーンに表示される敵の輝点は、文字通り空を埋め尽くすほどだった。その最前列、台湾側の防空レーダーの網を嘲笑うように、不気味な空白を維持したまま、超音速で南下する影があった。
中国人民解放軍空軍が誇る、最新鋭第5世代ステルス戦闘機、J-20(殲-20)。
「ミラージュ2000、およびF-16V、緊急発進!」
破壊を免れた誘導路から、台湾空軍の戦闘機がアフターバーナーの炎を引き絞り、決死の覚悟で夜空へと這い上がる。だが、彼らが自機のレーダーで敵を捉えるより早く、J-20のウェポンベイが音もなく開放された。
放たれたのは、長射程空対空ミサイル「PL-15」。
アクティブ・レーダー・ホーミングの死神が、夜空を引き裂く。
「ミサイル接近! どこからだ、敵影が見えな――」
台湾空軍のミラージュ2000は、反撃の矢を放つことすら許されず、アウトレンジからの精密な一撃によって空中爆発を遂げた。次々と黒煙を上げて墜ちていく味方機。
J-20はその圧倒的なステルス性能を誇示しながら、台湾西海岸の防空網を内側から食い破っていく。
同じ頃、先島諸島南方海域。
荒れる夜の太平洋を、4隻の巨大な影が切り裂いていた。
海上自衛隊が誇るヘリコプター搭載護衛艦を改修した軽空母「いずも」「かが」。そして、新たに就役した最新鋭中型空母「あかぎ」「しなの」。
4隻の空母を中核とする第1空母機動艦隊の戦闘指揮所(CIC)は、濃密な緊張感に包まれていた。
「あかぎ、第1波発艦完了!」
甲板から、短距離離陸・垂直着陸(STOVL)性能を持つF-35BライトニングIIが、暗黒の空へと吸い込まれていく。
F-35Bは、J-20と同じ第5世代戦闘機だ。その統合センサーと高度なデータリンク能力は、戦況を可視化する「最高の目」となる。
しかし、あかぎのCICで指揮を執る幕僚たちの表情は一様に硬かった。
「F-35の稼働状況はどうなっている」
「最悪です。沖縄からの補給が途絶した今、予備部品の融通が利きません。それに、アフターバーナーを多用すれば1時間と持ちません」
F-35は高性能ゆえに整備が極めて複雑で、燃費が悪い。一度着艦すれば、次の出撃までに膨大な時間を要する。J-20の圧倒的な物量を前に、F-35だけでこの広大な防空域を維持し続けるのは物理的に不可能だった。
「九州の築城、新田原からF-15Jが発艦した。彼らが到着するまで、F-35を前線に張り付かせる。戦闘は最小限に留め、敵の位置データを収集させろ」
あかぎの艦長が鋭い声で命じる。
F-35を戦わせるのではなく、前衛の「センサー」として機能させる。そして、そのデータを後ろに控える機体へと引き渡す。
その頃、はるか北方――九州の築城基地。
激しいエンジン音が爆音となって深夜の基地を震わせていた。
滑走路に整然と並ぶのは、近代化改修を施されたF-15Jイーグル。旧世代機ではあるが、その大きな機体には、F-35を遥かに凌駕する数の空対空ミサイルが懸吊されている。
「行くぞ。俺たちが空っぽのミサイル・トラックだ。前線のF-35に恥をかかせるな」
編隊長の声が無線に響く。
F-15Jのパイロットたちは、自らの機体がステルス機の牙の前にどれほど脆弱であるかを理解していた。それでも、彼らには圧倒的な滞空能力と、大量の「矢」がある。
アフターバーナーが夜の滑走路を白熱光で照らし、F-15Jの大編隊が、次々と南の空へと飛び立っていく。
ステルスJ-20の脅威に満ちた絶望の空へ。
残された時間は、あと47時間と50分。




