第13話:08:00 孤絶の橋頭堡
2026年12月25日、08時00分。
開戦から32時間が経過し、台湾の空にようやく白々と朝の光が差し込み始めていた。
台湾西海岸、台中市近郊。
前日に上陸を果たし、内陸への進軍を意気込んでいた中国人民解放軍の海軍陸戦隊は、未曾有の混乱の渦中にあった。
指揮通信車に搭載されたあらゆる無線機からは、無機質な砂嵐しか聞こえない。本土の東部戦区司令部からの指示はおろか、上空を飛んでいるはずの味方機とのデータリンクすら完全に切断されていた。
「司令部、応答しろ! 上空の早期警戒機、空域の状況を教えろ!」
前線指揮官が怒鳴り散らすが、通信手は絶望的な表情で首を横に振るばかりだった。
彼らの頭上を守るはずだったJ-20の編隊はすでに散り散りになり、日本のF-15Jによって次々と撃ち落とされている。そして今、完全に制空権を奪い返した日米台の反撃の矛先は、地上で孤立した上陸部隊へと向けられていた。
ヒュゥゥゥッ……!
朝霞を切り裂くような風切り音が響き渡る。
上空一万メートル。対空脅威が消滅した空域に悠々と進入してきたF-15Jの編隊が、今度は対地用の精密誘導爆弾(JDAM)の雨を降らせ始めたのだ。空飛ぶ弾薬庫は、その圧倒的なペイロードを今度は地上部隊の粉砕に注ぎ込む。
大地を揺るがす連続爆発。身を隠す場所もないハイウェイ上で、中国軍の装甲車列が次々とスクラップへと変わっていく。
さらに、内陸の山地で息を潜めていた台湾陸軍の反転攻勢が始まった。通信網が生きている台湾側は、アパッチ・ヘリコプターと装甲部隊を完璧に連携させ、混乱状態にある中国軍を容赦なく包囲し、殲滅していく。
無敵を誇った人民解放軍の橋頭堡は、わずか数時間で血みどろの孤立陣地へと成り下がっていた。
同時刻、北京・中南海。
作戦会議室は、信じられない報告の連続によってパニック状態に陥っていた。
「沿岸部の主要通信施設群、およびレーダーサイト群が、巡航ミサイルの攻撃を受け完全に沈黙! 台湾方面の指揮統制システムが崩壊しました!」
「バカな、どこから撃ってきた! 台湾軍に残存ミサイルはないはずだ!」
「日本です! 日本の潜水艦、およびイージス艦からの策源地攻撃と断定!」
その報告に、最高指導部の顔から血の気が引いた。
専守防衛に縛られ、決して自国からは手を出さないはずの日本が、あろうことか中国本土へ直接打撃を与えてきたのだ。しかも、完璧なタイミングでネットワークの急所を抉り出すという、緻密に計算された統合攻撃によって。
「我が軍の被害状況は!」
「J-20部隊は壊滅状態。第3揚陸艦隊は補給線を断たれて機能不全。台湾に上陸した前線部隊も孤立無援で、降伏する部隊が出始めているとのことです……」
「さらに国内情報局より緊急報告! 本土へのミサイル着弾と通信途絶の噂がSNSで瞬く間に拡散。不動産バブル崩壊で不満を溜め込んでいた民衆が、各地で反政府暴動を起こし始めています! 武装警察だけでは暴徒を抑えきれません!」
絶対的な勝利を約束して始めた戦争が、わずか一日半で無惨に崩れ去ろうとしている。
権力基盤の足元がガラガラと崩れ落ちる音を聴きながら、最高指導部の目は狂気を帯び始めていた。
「……ロケット軍は、戦術核の準備を終えているな」
その呟きに、作戦会議室の全員が息を呑み、絶望的な沈黙が降りた。
通常戦力での敗北が濃厚となった今、独裁者が自らの保身とメンツを守るために選ぶ道は、一つしか残されていなかった。
世界が核の炎に包まれるか、それともその前に刃を収めさせるか。
戦局は、純粋な軍事力のぶつかり合いから、一瞬の判断ミスが人類の破滅を招く極限のチキンレースへと移行しようとしていた。
残された時間は、あと16時間。




