第12話:06:00 崩壊する神経網(ブラインド・ステート)
2026年12月25日、06時00分。
台湾海峡の夜明け前。分厚い雲に覆われた空と海が、未曾有の反撃の炎によって赤く染まろうとしていた。
台湾本島からわずか数十キロの海中深く。
極秘のハイブリッド潜水艦「やまと」の発令所に、超長波通信(VLF)を通じた暗号化データが到達した。
「統合作戦司令部より入電。作戦フェイズが『統合反撃』へ移行。標的データを受信しました」
通信長が読み上げた座標データは、中国本土の沿岸部に点在する通信中枢(C4ISRノード)と、J-20のデータリンクを支える巨大なフェーズドアレイ・レーダー陣地のものであった。ロシアからアメリカを経由し、日本の極秘潜水艦へと届けられた「敵の急所」である。
「専守防衛のタガが外れたか。総理も腹を括ったようだな」
やまと艦長は微かに口角を上げ、静かに命じた。
「これより本艦、および僚艦むさしは、中国本土への直接打撃を敢行する。深度50へ浮上。垂直発射システム(VLS)全セル、対地巡航ミサイル発射準備」
強大な推力を持つやまとは、静寂を保ったまま急速に海面へと接近していく。
「ハッチ開。撃て(ファイヤ)」
ズズンッ、と重い衝撃がやまとの船体を震わせた。
漆黒の海面を突き破り、数十発の対地巡航ミサイルが凄まじいロケットモーターの炎を噴き上げて空へ舞い上がる。僚艦むさしからも同時にミサイルが放たれ、さらに日本の太平洋側に展開するイージス艦群からも、長射程化されたトマホークが次々と中国大陸へ向けて放たれた。
一方、空域でも決定的な反転攻勢が始まっていた。
「あかぎCICから前衛のF-35B各機へ。米サイバー軍が敵ネットワークへの侵入に成功した。これよりお前たちは『目』ではなく、『電子の剣』だ。敵のデータリンクにジャミングとウイルスを流し込め!」
前衛でステルス性を保ちながら飛空していたF-35Bのパイロットたちは、機体の強力な電子戦システム(EW)を最大出力で起動させた。
ロシアから提供された脆弱性データを突いた、ピンポイントのサイバー・電子統合攻撃である。
その直後、台湾上空で我が物顔に制空権を支配していたJ-20の編隊に、致命的な異変が起きた。
「なんだ、これは……!? レーダーにノイズが! 味方の位置データ(リンク)が消失した!」
「早期警戒機からの管制も途絶! 自分の位置すらわからない、システムがフリーズしている!」
最新鋭の第5世代機であるJ-20は、ネットワークを通じて戦況を俯瞰することで無敵の強さを誇っていた。しかし、その神経網をサイバー攻撃で切断された瞬間、彼らはただの「目隠しをされた飛行機」へと転落したのだ。
ステルス機は自ら強力なレーダー波を出せば居場所を露呈してしまうため、データリンクの喪失は死を意味する。
「敵が混乱しています。J-20の編隊がバラバラに散開しました!」
あかぎCICの報告を聞き、司令官は力強く拳を握った。
「今だ! 天狗編隊、狩りの時間だ。盲目の鳥どもを撃ち落とせ!」
待機していたF-15Jの大編隊が、アフターバーナーを全開にして空域へ突入する。
これまではJ-20のアウトレンジ攻撃に苦しめられていた旧式機たちだが、今は違う。F-35Bの電子戦によって完全にブラインド状態となったJ-20に対し、F-15Jは強力な自機レーダーを容赦なく照射し、次々とロックオンしていく。
「こちら天狗リーダー。目標、視認。全弾くれてやる!」
F-15Jの翼下から、数十発のAAM-4B空対空ミサイルが一斉に放たれた。
電子的な目と耳を塞がれたJ-20のパイロットたちは、ミサイルが肉眼で見える距離に迫るまで回避行動をとることすらできなかった。夜明け前の空で、中国の誇る最新鋭ステルス機が次々と無惨な火球となって散っていく。
同時刻、中国大陸の沿岸部。
やまと、むさし、そしてイージス艦群から放たれた巡航ミサイル群が、迎撃される間もなく目標施設へ殺到していた。
巨大なレーダーサイトが粉砕され、地下の通信ケーブル施設が貫通弾頭によって完全に破壊される。沿岸部の軍事インフラが物理的に沈黙したことで、J-20のデータリンクだけでなく、台湾に上陸した人民解放軍の指揮系統も完全に麻痺状態に陥った。
空と海、そしてサイバー空間。
日米の統合反撃が、中国軍の電撃戦の要を根底から打ち砕いた。圧倒的だった戦力差の天秤が、激しい音を立てて逆へと傾き始める。
残された時間は、あと18時間。




