暴かれた秘密
色神の街の一等地に、豪奢な和風建築の屋敷が構えていた。
四月八日、金曜日の午前一時。
薄明りの居間で、こがねは机にうなだれていた。
そこへ、妖精型パーソナルAI『オーロラ』がふわりと飛んできた。
「お嬢……まだ、落ち込んでんのか?」とオーロラは声をかけた。
「はい……」こがねは元気なく返した。
こがねが落ち込んでいたのは、四日連続で「友達になりたい」という申し出を断られ続けたからだった。普段は何事にもめげない性格のこがねだったが、さすがに立て続けの断りにはショックを受け、胸にモヤモヤを抱えていた。
「まあ、なんだ……今回は、運が悪かったな」オーロラが気遣うように言った。
「そう、ですわね」
「そんなに落ち込むほど、あの四人のこと、気に入ってたのか?」
その問いかけを聞いた瞬間、こがねは目の色を変え、「はい!」と即答し、オーロラを真っ直ぐな目で見つめた。
「皆さま、本当に魅力的で素敵なお方でした。一目見た瞬間、わたくしの心に衝撃が走り、気づけば、友達になりたいという感情が溢れてしまいましたの!」
「お嬢がそこまでなるのは、初めてだな!」
「はい……初めてお会いしたはずなのに、どこか懐かしさのようなものを感じました。それに、一瞬ですが、“あのお方”の面影も思い浮かびましたの」
「……お嬢が探してる純白の少女か?」
「はい……」
こがねは頷き、視線を上げ、遠くを見つめながら呟く。
「白雪様……今、どこにいらっしゃるのですか?」
しばしの沈黙を、オーロラの元気な声が破った。
「よしっ! それじゃあ、あたしがその四人を調べてやるよ!」
「……え?」
「友達になるには、まず相手のことを知ること。そうだろ?」
わずかに間を置き、こがねはぱっと明るい表情を浮かべた。
「そうですわね!」
その変わりように、オーロラも口元を緩めた。
「少し時間がかかるだろうから、それまで気楽に待っててくれ!」
そう言うと、オーロラは部屋を後にした。
「頼みましたよ、オーロラ!」
こがねは期待を込めた眼差しでオーロラを見送った。
その後、こがねは勢いよく起き上がり、ある“日課”の準備を始めた。それは、VRゲームで活躍中の『ヴィオレ』を応援することだった。
こがねはスマートリングを指に装着し、椅子に深く腰を下ろした。目を閉じ、静かに息を整え、「コネクト・オン」と小さく呟いた。その瞬間、彼女の脳とデバイスが量子で繋がり、こがねはネット世界へと飛び込んだ。
目を開けると、そこは真っ白な空間で、視界には様々なゲームソフトのパッケージが並んでいた。その中から、こがねが『怪獣狩り』にそっと触れた。すると、こがねの体が吸い込まれるように消えた。
着いた場所は、『怪獣狩り』のロビーだった。多くの人々が行き交う、にぎやかな空間。壁際に目を向けると、現在進行中のバトルを映したホログラム映像が流れていた。その中の一つに、ボスを討伐中のヴィオレの様子が映し出されていた。
それに気づいたこがねは、急いで駆け寄り、最も見やすい場所を確保して腰を下ろした。それから、目を輝かせながらヴィオレの華麗なプレイを観戦した。
夢中で見ているうちに、あっという間に数時間が過ぎていた。
朝になると、こがねは一旦現実世界に戻り、睡眠を取った。
数時間後に目を覚ますと、再びゲームの世界へ飛び込み、ヴィオレの観戦を続けた。
午後十時過ぎ、ヴィオレがログアウトすると、こがねもゲーム世界を後にした。「ふぅ」と息をつき、満足げな表情を浮かべていると、険しい表情を浮かべたオーロラがふわりと現れた。
「どうしたのですか、オーロラ?」とこがねは尋ねた。
「お嬢……あの四人について、わかったことがあるんだが……」
オーロラは言い淀みながら答えた。
こがねは身を乗り出す勢いで詰め寄った。
「何がわかったのですか?」
「ちょっと……普通じゃ、ありえないことなんだ!」
緊張感が一層増し、こがねは息をのんでオーロラの言葉を待った。
オーロラは無言のまま、こがねの前にホログラムを浮かべた。
そこには、玄、茜、天、翠の3Dホログラムが映し出され、その横には彼女たちの詳細な身体データが並んでいた。
そのデータは、こがねが彼女たちと接触した際に、オーロラが密かに集めたものであった。
「……お嬢、四人の身体データを見て、何か気づくことはないか?」
オーロラの問いかけに、こがねは「ん……?」と声を漏らし、宙に浮かぶ四人の身体データをじっくりと見つめた。
名前、身長、体重、それに続く細かな数値を一つひとつ見比べた。そして、ある瞬間、こがねは強烈な違和感に気づいた。
「あら……?」
思わず声を漏らし、目を見開く。
「皆さま、身長も体重も、まったく同じですわね……?」
その気づきとともに、こがねの脳裏に一つの妙な結論が浮かぶ。
「まさか……わたくし、無意識にこの身長の方ばかりに惹かれていたのでしょうか? 気づきませんでしたわ!」
「いや、そうじゃなくて……!」
オーロラは頭を掻きながら、すぐに言葉を続けた。
「同じなのは、身長と体重だけじゃねぇ」
「えっ……?」
「顔の輪郭も、その他の身体データも、すべて一致してるんだ!」
こがねは言葉を失い、ただ呆然とホログラムを見つめる。
「……どういうことですの?」
一拍置き、オーロラは真剣な顔で言い切った。
「――つまり、この四人は、同一人物ってことだ!」
こがねはその言葉を聞いた瞬間、全身に電撃が走ったような衝撃を受けた。彼女の思考は完全に停止し、視界が一瞬、真っ白に塗り替えられる。目を見開いたまま、息をのみ、全身が硬直した。
オーロラがそばに寄って手を振っても、頬を軽く叩いても、まったく反応がない。まるで、世界のすべてが止まったかのようだった。
オーロラはため息をつき、その場を離れた。
一分後――。
ピコピコハンマーを片手に戻ってきたオーロラは、勢いよくこがねの頭を叩いた。
「ピコン!」と軽快な音が響き、こがねはようやく我に返った。
「はっ! ここはどこ? わたくしは、誰……?」こがねは一瞬記憶を失った。
「お嬢、冗談はいいから!」
緊張感のある静けさが周囲を包み込んだ。
「これからどうする? お嬢……」オーロラは深刻な表情で問いかけた。
「ん? 何のことですか?」
オーロラがホログラムに視線を移すと、こがねもすぐにそれに続いた。
「この四人は、今までこの秘密を隠し通してきた。きっと、これは最重要機密なんだ。あの〈フリーデン〉でさえ、知らない可能性がある」
オーロラは、こがねに目を向け、さらに続けた。
「――つまり、それを知ってしまったお嬢とあたしは、シュバルツに消されるかもしれない!」
こがねは一瞬目を見開き、驚きの表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻して問い返した。
「……シュバルツ様が、そんなことをなさると思いますか?」
「可能性はある……お嬢も見ただろ? シュバルツが詮索されるのを嫌がっていたのを」
「……はい」
「他の三人もまったく同じだった! お嬢……あたしたちは、パンドラの箱を開けちまったのかもしれない」
オーロラの言葉には一理あった。確かに、秘密を知りすぎた人間を排除する可能性はゼロではない。しかし、こがねには、どうしても玄がそんな冷酷なことをする人物には思えなかった。彼女のやさしい微笑み、どんなときも毅然とした態度――それらがすべて演技だというのだろうか?
「玄さんたちは、どうしていろんな活動をしているのでしょうか? 秘密を守りたいのなら、むしろ他人との接触は避けるべきではありませんか……?」
「わからない。ただ、翠が『何よりも優先すべき使命があります』って言ってただろ……? それと、何か関係しているのかもしれねぇな」
こがねは、そのときの場面を思い出した。
オーロラは続けた。
「――何か理由があるんだろ」
「一体、どんな理由があるのでしょう? 気になりますわ……! わたくしにも、何かお手伝いできることはないのでしょうか?」
こがねは、心の底からそう思った。
「あっ! もう一つ……大事なことを伝え忘れてた!」オーロラは思い出したように言った。
「まだ、何かあるのですか!?」
「ああ……四人はプロフィールで名前しか公開していないだろ? だから、名字が気になって調べてみたんだが……それがなんと――四人とも『白雪』だったんだ!」
「白雪……!?」
こがねの胸の奥で、何かがざわめいた。頭の中にぼんやりと浮かぶのは、純白の少女が微笑む姿だった。ぼんやりと覚えている記憶の中で、彼女が「わたし、白雪――」と名乗ったときの透明な響き。まるで、失われていたピースが突然はまったような感覚に、こがねは息をのんだ。
「ああ、間違いない。十年前、お嬢を助けてくれたという純白の少女と同じ名字だ!」
こがねは、十年前に助けられたあの日から、ずっと純白の少女を探していた。彼女に会ったのはその一度きりで、情報もほとんどなく、記憶も曖昧だったため、今まで見つけることができなかった。
「彼女も、同一人物だというのですか?」こがねは問いかけた。
「わかんねぇ。けど、何か知ってるかもしれない」
オーロラの推測が正しいなら、これはまたとないチャンスだった。十年間探し続けても見つからなかった少女――「白雪」と名乗った彼女に会えるかもしれない。その思いがこがねの胸を熱くした。
会いたい。そして、ずっと伝えられなかった感謝の言葉を――今度こそ伝えたい。恩返しをしたい。
こがねはその想いを胸に、固く拳を握りしめた。
「玄さんに、直接聞いてみましょう!」こがねは決断した。
「いいのか? 消されるかもしれないぞ」
「それは、心配しなくても大丈夫です。玄さんは絶対にそんなことしません」
オーロラは眉をひそめた。まだ納得していないようだ。
「……わかった。だけど、もしものときは、あたしが――」
オーロラの言葉を遮るように、こがねは言った。
「オーロラは本当に心配性ですわね」
「お嬢を守るのが、あたしの役目だからな!」
オーロラは誇らしげに胸を張った。
「ふふ、いつもありがとうございます。頼りにしていますわ」
こがねは微笑んだ。
二人は居間の机を囲み、作戦会議を始めた。
玄にどう切り出すべきか、どんな言葉を選ぶべきか、何度もシミュレーションを重ねた。無邪気に尋ねれば怪しまれずに済むかもしれない。だが、核心に触れる言葉は、慎重に選ばなければならない。
「月曜日に、玄さんに会えるかどうかわかりませんが……」
「そのときに備えて、万全の準備をしておこう」
二人は気合を入れ、覚悟を決めた。
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