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097 確認

 はやる心を懸命に抑えながら急降下し、ヘラの前へ静かに降り立った。


「彼女はどうだ、アイソス。ヘラ、という名の幼女なのだが」

「ヘラちゃん? うん、とってもかわいいね。お目目も髪の毛もキラキラ」

「そうだろう。一緒に遊びたいだろう?」

「うんっ」


 儂が操作するまでもなく、心奪われたような瞳の前にアイソスは顔を突き出していた。


「あの、あなたはおばあちゃんの竜なの?」

「? わたし、アイソス。こんにちはヘラちゃん」


 アイソスが手を差し伸べた。彼女を掬うように掌を上に向けて。その意図をヘラは理解したようだ。戸惑いながらもその上に乗る。


「ヘラ、ピートとともに過ごした竜だぞ。どうだ?」

「えっと、グリムちゃん……?」

「ああ、その顔に触れてやるのだ。そうすると喜ぶ」


 儂がな。


「さあ」


 促され、ゆっくりとヘラは手を添えた。それから腕を伸ばし、体を預けるように竜の顔に密着した。ここで少しだけ竜の感覚に意識を集中させる。


 ふあああああぁぁぁぁぁぁ……。


 途端に感じる幼女の体。流れ込む温かさ。間違いなく違う。竜の感覚はより深く、鮮明に幼女を感じることができる。やはり、早く自らの体を取り戻さねばなるまい。


 おお、そうだ。


「ゼナよ。お前も来るのだ。幼女になれなくなったわけではないのだろう?」

「お、オレもいいのかっ」

「無論だ」


 ゼナロリスもまた掌に飛び乗る。すぐに狼は獣幼女へと姿を変えた。驚くヘラの隣で、同じようにアイソスへと体を寄せる。


「ふにいぃぃぃぃっ!?」


 幼女が増えたっ!!


 え?


 なにこれ。なんらこれ。なになにふぁぁ。


 ヘラにゼナロリス。二人の幼女を感じ、そのうえ、コネクトを通じてアイソスとも繋がっているのだ。都合三人。幼女が渋滞しているっ。儂の感覚が、幼女で埋め尽くされているっ。


 ひ、ひひ……。これ、だめになるぅぅ……。


 いや……まだ、だ……。まだ、ある……。この、儂自身。アイソスの体が……あるでは、ないか……。


「アイソス……儂も——」


 ずりっ。


——あ。


 不意に幼女が消えた。幼女の感覚が途切れた。


 忘れていた。立ち上がり、思い切り飛びつこうとした時に離れてしまったのだ。

 この体に受け入れていたアイソスの爪先が抜け、至高のコネクトは解除されていた。


「あ、あ、ああああああああーーーーーーっ!」


「グリムちゃん!? どうしたのっ」

「グリム殿っ。血がっ!」


 違う。違うのだ、ゼナロリス、アイソス。痛みではない。喪失感なのだ。


「グリムちゃん、手を」


 ヘラが儂の腕をとった。悲しみのあまり魔力での止血も忘れていた。深い傷をヘラの祈りが瞬く間に癒す。

 だが、儂の心は。幼女四重奏(カルテット)目前だった儂の期待は。ああ、癒されないのだ……。

 

「グリム殿、コネクトを使っていたのか」


 傷の癒えた手にゼナロリスが舌を這わせた。わかっている。儂が焦ったのが悪かっただけだ。もういい……。


「アイソス。このまま帰ろう。とりあえずは街の外へ」

「うん、わかった。アルビお姉ちゃんも街の外で待っているよ」

「そうか。そうだったな」


 無念だ。ああ。だが、これからだ。これからはヘラがいる。何度でも機会はあるではないか。


「ちょっとグリムちゃん! ダメよ。私はアラミルン様と帰らないといけないの。一緒にいたいけど、でも、グリムちゃんが私と一緒に来て」

「ヘラよ。あいつらにお前の願いが叶えられると思っているのか?」

「約束してくれたの! だから大丈夫なの!」


 盲信しているな。気づかないのだろう。あるいは、これまで必死に戦ってきたが故に転進ができないのかもしれないな。


 兵士たちの方を見ると、しっかりとザンテックが奴らの逃亡を阻止していた。立ちはだかっているだけだが、その威圧感は人には抗えぬだろう。それ以上に、奴らの馬が竜を前にして硬直していた。

 とはいえ、兵士たちの姿はよく見えない。すでに周囲は暗い。コネクトしていた時に竜の瞳を通じて見えていたものが、今は判別できないのだ。


「明かりが必要だな……」

「明かり? わたしに任せてね」


 儂らを下ろし、アイソスが歩き出す。この庭に生えていた樹を数本引き抜いて纏め、小さく炎を吐いた。


「どう? いつもはアルビお姉ちゃんがやってくれるけど、わたしもたき火できるんだよ」


 笑顔で胸を張る。緩く開いた口元からは小さな炎が覗いていた。


「おお、立派だぞアイソス。これで明るいし暖かい」

「えへへ。ありがと、グリムちゃん」


 最初の頃は炎をコントロールできずに、一瞬で灰にしたりしていたが。いつの間にか、繊細な調整ができるようになっていたのだな。


「ヘラよ。奴らが約束を守ることができるかどうか、訊いてみようではないか」


 あるいは守る気があるのか、ということを。


 ヘラの手を取って進む。声をかけずともゼナロリスとアイソスが儂の後に続く。

 恐怖に身を固めている兵士たちが注目する中、一台だけあった馬車の扉を開ける。予想通り、そこには震える蜂蜜男の姿があった。


「出てこい。アラミルンとか言ったな。来なくば馬車ごと捻り潰す」


「おっ、お前はなんなんだ。まさか、人間ではないのか? 魔族だとでもいうのか?」

「幼女だ。完璧な幼女だ。早く降りろ」


 背後でゼナの唸り声が聞こえた。それが後押しになったのかもしれん。

 蜂蜜男は膝を震わせながら立ち上がる。馬車を出るなり、地面にへたり込んだ。


 この状況だ。恐怖するのはわかる。だが、部隊の長にしては気概を感じられない。ヘラの力を利用し、大胆にも少人数でいくつもの街を攻略してきたというのに。

 食事の場で見せた蜂蜜を啜る姿こそが、結局はコイツの本質なのだろう。


「儂の訊きたいことはただ一つだ。お前はヘラの願いを叶えるだけの力があるのか?」


 蜂蜜男の視線がさまよう。儂からヘラへと移ろう。獣幼女の姿のゼナロリスへ、二頭の竜へ。そして、動くことのない兵士たちへ。

 蜂蜜男の喉が動いた。


「ヘラの、願い……。ああ、もちろんだ。私は、王家に連なる血筋……だ。へ、国王陛下に、かけ合うことの、できる……立場で……」

「その言葉、偽りないな」

「も、もちろんだ……です」


 たるむ頬を汗が伝った。


「では、確認しようではないか」

「か、確認……?」

「そうだ。それが本当だというのなら、お前らを無事に解放してもいい」


 無論、ヘラは貰うが。


 今の儂には確認のための手段がある。マリー姫だ。ザンテックが召喚した少女、マリー・アードアジェネス。アードアジェネス家というのはヘラの、そしてかつてピートのいた国の王家なのだ。

 最初は偶然だと思った。だが、そうではないな。アードアジェネスは、魔族の国と対立する四王家の一角だ。ザンテックがどういう手段で彼女との接触を果たしたのかはわからんが、敵対する国の王女を手にすることの意義は大きい。


——という意図だろうな。まさか、手近な少女で己の劣情を満たそうとしたわけではない、とは思う。思いたい。


 この蜂蜜男はヘラの国の貴族だ。第三王女たるマリー姫ならば、コイツがどの程度の輩かわかるはずだ。


 まあ、確認せずともコイツに強い権力はないと言える。真に高い地位と権力を持つ奴が、ヘラ頼みの戦術だけで危険な前線に赴くことなどないだろうからな。

 確認など不要なのだが、これはヘラの納得のためだ。


 ザンテックに再びマリー姫を召喚させればそれで済む。そう思って奴に声をかけようとすると、ザンテックの怒声が迫ってきた。


「おい、グリムワルドっ! なにを勝手なことを。コイツらを逃がす気か」

「ザンテックよ。マリー姫を喚べ。コイツらはマリー姫の国の者だ。こういう輩を制するためにあの王女を召喚嬢としているのだろう?」

「あ? お前はなにを言っているんだ? マリー姫の可愛いさは俺だけのものだ。お前には特別に見せたが、本来は俺だけの姫なんだっ」


 コイツ……。まさかなんの意図もなく一国の姫を……?


「いいから召喚しろ」

「駄目だっ! 召喚は一日一回。それ以上は危険だっ!」

「——パティ、パティ〜。ああ、ぱてぃぃ〜〜っ」

「ぐっ……」


 ふん。とっとと召喚すればいいものを。ようやく詠唱を始めたか。


「くそぉぉ……。来い! 我が召喚嬢、マリー!」


 乱れた詠唱とともにザンテックの掌に小さな竜巻が現れた。そして竜巻の消失とともに出現したのはマリーという名の王女。

 

 全裸の少女だ。

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