091 戦勝会
おばあちゃん? そうか、ヘラはピートの孫の世代か。ああ、彼女と別れてからそれくらい経っていたかもな。
「ねえ、どうして知っているの? おばあちゃんと会ったことあるの? グリムちゃん! あなたはもしかして『竜の園』にいたの? だったら——あっ!」
一方的に捲し立てて、何かに気づいたように黙ってしまった。何に思い至ったのかわからんが、とりあえず儂を下ろしてほしい。せめて、この魔獣がポゥポゥ鳴くのを止めさせてくれ。耳が痛い。
「グリムちゃん! さっきの竜はピートおばあちゃんの竜なのっ? ねえ、教えて! もしね、もしそうだったら、私会いたいの!」
「だから行くのだろうが。お前も一緒に来るがいい。歓迎するぞ」
「ほんとう? グリムちゃんはあの竜と一緒にいるの?」
お前たちによって離されたのだがな。知らなければ仕方のないことかもしれんが。
ポゥペッ!
不快な鳴き声とともに、乱暴に解放された。不敬な鳥めが、後でむしってやる。
膝をつく儂の手をにぎにぎふわぁ……、ヘラの期待を込めた瞳にとろけてしまう。柔らかな掌の感覚が心地良い。なにより、溢れる幼女! これはもう、これはもうっ。
「グリムちゃん。私——きゃっ!?」
抱きしめるしかないっ。その胸に顔を埋めるしかないっ。密着するしかないっ。ふふっ。ふあっ。ああ……っ、胸がいっぱいで、涙がこぼれて……。
「あ、あのね、グリムちゃん」
良い。頭を撫でてくれるなんて。背中をさすってくれるなんて。良いのだ。幼女の手、よいのだぁぁ……。
「ふぅぅぅぅぅ……」
「うん、うん。大丈夫よ。大丈夫だからね」
「ヘラ……ヘラぁぁ……」
この瞬間をずっと味わっていたい。いつまでも、ああ、いつまでもこうしていたい。
「——お前ら、いつまでそうやってんだ?」
「あ、アーノルド」
この男かっ。儂の時間を邪魔しおって。コイツは幼女を傷つけた。理由があったにせよ傷つけたのだ。不快な思いは消せん。
「ごめんなさい。今行きますから」
儂から離れて、ヘラは頭を下げた。その態度がどうにも気にくわん。無論、ヘラに対してではない。そうさせている、この男に対してだ。
「ヘラ、儂と一緒に行くのではないのか」
「うん。後で行くね。私を連れて行ってね、グリムちゃん」
「なんの話だ? どこへ行くって、ヘラ?」
「あ、あのね。さっきの竜はね、おばあちゃんの竜だったの。グリムちゃんが教えてくれたの。あれがおばあちゃんに力をくれた竜なのよ」
ヘラが儂の肩を握り、男の前に押し出してくる。
「お前がグリム? ヘラにそう言ったのか?」
男の表情は懐疑的だ。まあ、そうだろう。ヘラやコイツがどこまで儂とピートの関係を知ってるのかわからんが、少なくとも、ヘラの言葉は正確ではない。今のあの体はアイソスのものだしな。
ヘラになら語ってもいいかもしれん。だが、この男には不要だ。
「私もピートおばあちゃんみたいになれるの! だからね、私、行きたいの!」
儂が黙っていると、ヘラは男に掴みかからんばかりに迫った。
「そうか」
男は短く答え、遠くへ目を遣る。しばし考え込むように口を閉ざし、ヘラではなく儂に手を伸ばしてきた。
「それが本当なら、お前はさっきの竜の大切な奴ってことか。ああ、そういうことねぇ。けど、まずはアイツに報告しないとな。その上で、力を手に入れることができるっていうなら、止める理由はないな」
「ありがとう、アーノルド。私、頑張りますから」
「んじゃ、行くか」
ヘラが手を引く。吸い寄せられるように足が動いてしまう。まあいい。報告とやらが終わるまでだ。少しだけ待っていてくれ、アイソス。
美味い。
これは良いものではないか。柔らかでふわふわなパンケーキ。その上に飾られたホイップクリーム。流れ落ちる蜂蜜は、まるでヘラの金髪のようだ。
「グリムちゃん、お口、お口」
「ん? どうしたヘラ。食べないのか?」
「グリムちゃん……拭いてあげるね」
別にかまわんのだが。後で舐めとればよい。この指についた蜂蜜だって、こうして吸ってやれば——。ああっ、甘いぃ。ふぁぁぁぁぁっ! 頬がゾクゾクするっ。しかも、甘い上に幼女の指なのだっ。
水果とは質の違う、濃密な甘さ。山を出て以来、久しぶりの甘味に頭がとろけてしまうようだ。
目の前の長いテーブルには様々な料理が並べられていた。その末端の方に、まるで儂のために用意されたかのようなデザート類が鎮座している。
全くの想定外だった。
報告などと言っていたから、会議でも始まるのかとあくびが出たのだが。大部屋に連れてこられたかと思えば、待ち構えていたのはパーティと見紛うような料理と酒の山。壁際には、身なりを整えた何人もの魔族が給仕として控えている。
儂らの他には、二十人程度の兵士と思しきものたちがテーブルを囲んでいた。
ああ、そうか。これは戦勝会なのだな。
それにしても大胆なものだ。ヘラの術でここの領主や兵たちを排除し占拠したのだろうが、それですぐに、こんな催しとはな。確か儂らが上空を通過した頃は、まだ小競り合いの最中だったはずだが。
それほどまでにヘラの術に信頼をよせているのだろう。そもそも兵士の数も、ここにいる奴らで全員だとしたら極端に少ない。こんな人数で街が陥せるのは、それだけヘラの『みんななかよく』が強力なためだ。
あるいは『みんなだいきらい』も使ったのだろう。幼女の体を傷つけてまで。
街の魔族はヘラの力を見せつけられたに違いない。魔族の給仕たちも、嫌なそぶりも見せずに酒を振る舞っている。表面上なのだろうが。
とはいえ、こんな豪勢な食事の一番の要因はアイツだな。部屋の奥側のテーブルの端で、玉座のような椅子に腰掛けるでっぷりとした男。あれがこの部隊のトップだからだな。
ま、儂にとっては嬉しい誤算だ。このパンケーキも、小分けにされたたくさんの種類のケーキも、熟した果物で作ったジュースも、みな素晴らしい出来栄えだ。近年、アイソスが来るまでは山に篭っていたからな。この甘みに震えてしまうのも無理ないことだ。
「グリムちゃん、あのね。ちょっと……かも……」
蜂蜜まみれの指をチュパチュパと吸っていると、ヘラがなぜか浮かない顔をしていることに気づいた。食事も進んでいないようだ。たしか先程、パンケーキを半分くらい口にしていただけだ。アイソスに会いに行くことで頭がいっぱいなのだろうか。
おお、そうだ。ならば。
蜂蜜で満たされたポットをヘラに差し出してやった。
「ヘラ。あまり食べたくないなら、これでどうだ?」
「え……?」
「ほら、こうして指をひたすのだ。そして、こう、ちゅぴっと」
うむ。甘い。幼女のように。頬がとろとろになってしまうな。
「え、ええと。それも、いらない……かな」
「そうか、残念だな。では、儂が代わりに食べてやろう。ヘラは指を入れるだけでいいからな」
「あ、あのね——。あ、アーノルドが呼んでるわ。私、行ってくるね」
行ってしまった……。せっかくヘラを堪能できると思ったのだが。
まあいいか。だいぶ腹も膨れた。竜の体では腹一杯になるまで堪能できんが、幼女の体では満足できるまで堪能できん。なかなか難しいものだな。
いや。そうだな。
「おい、そこの。何か入れ物を持ってくるのだ。アイソスへの土産にするのでな」
給仕に指示すると、すぐに幾つかの箱を持ってきてくれた。しかもひんやりと冷たい。冷気の魔術でもかけられているのか。なかなか気がきくではないか。
ここは慎重にいかんとな。形が崩れてしまう。いや待て。この蜂蜜は厄介だ。箱の中にたれてしまう。蜂蜜のかかっていない物を用意させるか。蜂蜜はさっきのポットごと持ち帰ればいいだろう。
ならば、このホイップクリームもか。別に用意させ、アイソスの前で儂が飾りつけるというのもいいのではないか? ふふっ。アイソスの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。
あるいは二人で飾り付けるのもいいだろう。儂とアイソス、二人で。
そう! 二人の共同作業だっ!
「ふう、こんなものか」
両手に二箱ずつ。アイソスには全く足りんが、これ以上はうまく持てないしな。崩れてしまっては元も子もない。傷ついているであろうアイソスには甘いものが必要だが、見た目も重要なのだ。
「よし。では帰るか」
「ちょっと待て。どこへ行く?」
「グリムちゃん、待って」
「あ?」
振り返るとヘラとその従者の男がいた。話は終わったのか。なぜか呆れ顔の男と、困ったように目を逸らすヘラに呼び止められた。
「何か? 早く帰らねば保冷の魔術が切れてしまうではないか」
「お前さぁ、なんでここにいるか、わかっているのか?」
「無理矢理連れてきて何を言う。ま、いい土産ができたがな」
アイソスが不安がっているのだ。ヘラの言葉通りであれば、アルビオーネたちを暴走させたあの術はとっくに効果を失っているだろう。が、儂がこうして連れ去られたことを知ったらアイソスはどう思う? ゼナロリスたちに傷つけられたことをどれだけ辛く思っていることか。
せめてもの癒しが、このケーキたちなのだ。
「グリムちゃん、一緒に来て。アラミルン様が呼んでいるの」
「誰だそれは。儂は早くアイソスにケーキを持って帰らなければならないのだ。お前も儂と一緒に行くのだろう、ヘラ」
「それは無理だな」
従者の男が掴みかかってきた。構わず駆け出そうとして——両手の土産箱を思い出す。
くそっ。あっさり捕まえおって……。
連れて来られたのは、テーブルの奥に控える肥えた男の前。ワイングラスを片手にパンケーキを頬張っている。指揮官ならば問題ないのだろうが、どうにもその体型からは戦えるように思えん。
「ふう、まだ十年は必要だな。今からキープしておいてもいいが」
「なんの話だ。儂は——んぐっ」
背後からヘラに口を塞がれた。同時に頭を押さえつけられ、無理矢理腰を曲げさせられた。この姿勢は嫌だ。嫌なものを思い出してしまう。
目の前の男の、磨かれた靴が目に入った。
「アラミルン様、ごめんなさい。グリムちゃんはまだ小さいから、わからないの」
「こんなのでも、役には立つはずですよ」
「ん〜そうか。これで竜の足止めができるか」
なんのことだ? この儂に頭を下げさせ、何を言っている。中の蜂蜜が溢れるではないか。
「ヘラよ。お前の術が竜には効かないとはな。流石にそこまでは無理か」
「ごめんなさい……。でも、私、頑張ったの。頑張ったんです!」
「そうそう。ここまででも十分な成果だと思いますよ。魔族の街を五つ。後は後続に任せればいいでしょう。安全なうちに」
ずず、とワインを啜る音が響いた。宴会のように騒がしかった周囲が、いつの間にか鎮まっている。そのせいで不快な音がよく聞こえる。
「その娘、本当に大丈夫だろうな。そいつがいれば襲ってこないな」
「もちろんです! おばあちゃんの竜が、子供を襲ったりしません!」
「奴らには警告してきたところだし、問題ないと思いますね。それでも万一襲ってくるようなら、街全体にヘラの術を使えばいい。竜の足止めもできるし、混乱の中で帰路につくことができますよ」
コイツら……。そうか。この儂を人質にする気か。ヘラの術が効かなかったアイソスやザンテックに対しては、儂がいれば襲われないと思っているわけか。そのために儂をここに留めるということだな。
そんな勝手をさせるか。儂は——ふぬぅぅっ!
くっ、頭が上がらん。口を塞ぐヘラの手も——、ああ、これはこれで、ふふっ。
「それでね、アラミルン様。これだけやったら、私を、その……」
「ん〜、そうだな。十分な褒賞が得られれば、陛下に掛け合ってやろう。ところで」
男が言葉を区切ると、儂を押さえつけていた力が弱まった。儂の手からアイソスへのお土産が奪われる。
「ほう。なかなか良いチョイスだな」
「あ、き、貴様っ! 儂の——」
「グリムちゃん、ダメっ!」
勝手に食うなっ! 儂の、アイソスのものなのだっ! 儂を止めるな、ヘラっ!
儂の目の前で、蜂蜜の入った小さなポットが傾けられる。流れ落ちる黄金色の蜜は、肥えた男の口に注がれる。コイツ、直接飲みおった? 飲み干しおったのかっ?
「ふう。ゲフッ。では、それまでは頼むぞ」
その後、抵抗虚しく後ろ手に縛られ、薄暗い一室に閉じ込められてしまった。
——なぜだぁぁぁぁっ!!
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです!
とっても喜びますっ!!
【次 回 予 告】
金髪幼女ヘラちゃんの語る昔話。
グリムちゃんは彼女の事情を知ります。
助けたい。でもどうしたらいいのか。
そんな中、ゼナちゃんが救出に来てくれました。
幼女と幼女と幼女の想い。
みんなの想いは叶えられるのか。
次回、
ひたむきな幼女たち
全四話です。




