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090 金髪幼女

「ああ、間に合ったな」

「そうね、よかったわ」


 金髪幼女っ!?


 目の前に、眩しい金髪幼女がいた。このアイソスの体よりは、やや成長している。背も頭ひとつ高い。儂を見つめる瞳は金色。

 遠くからでは分からなかった。幼女らしき純粋さの中に、強い意志を感じさせる。やはり似ている。かつての彼女に。


 だが、その腕は血に染まっている。今も、握り締めた杖を新たな赤が染めている。その原因は儂を抱えているこの男だ。


「離せっ! 貴様、幼女を傷つけたなっ! この儂の目の前で、よくもこんな大罪を犯してくれたなぁぁっ!」

「おいおい、暴れるなよ。落ちちまうぞ」

「離せっ、離せぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜っ!」


 引き裂く。喰いちぎってやるわぁっ。


 体を横向きにされ、袋でも運ぶように腰のあたりを抱かれているだけだ。手足は動く。だが、いくら振り回しても男は動じない。


「だから落ち着けって。もしかして、お前も影響を受けているのか?」

「そんなことないわ、アーノルド。魔物にしか効かないもの」


 金髪幼女が腰を落として目線を合わせてきた。かわいい。ほわかわいい。幼女だ。幼女が輝き満ちあふれている。血に汚れていない方の手が、儂の頭に添えられた。

 まるで呪いから解放されたかのように、スッと心が晴れた。暴れる心がどこかに消えてしまい、ただただ金髪幼女に魅入られる。


「大丈夫よ。大丈夫だから落ち着いてね」

「お前は、ケガを。儂は許せんのだ」

「ああ、心配してくれていたのね。ありがとう」


 笑顔かわいい。ずっと見ていたい。だのに、金髪幼女は腕をめくり傷を見せてきた。


「こんなの平気なの。すぐに治るわ」


 幼女が祈りの言葉を呟くと、傷が塞がっていった。続く祈りで、血に汚れた肌や法衣が何事もなかったかのように清浄なものへと変わった。


「あなたも」


 儂の手が幼女の両手に包まれる。そうだ。儂もコネクト寸前まで行っていたのだ。痛む掌が、ふふっ、幸せに包まれる。


「——だからね、アーノルドを怒ったりしないで」

「だ、だがっ、幼女の肌を傷つけて許されるはずがないっ。いいや、お前が許そうとこの儂が許さんっ」


 金髪幼女が首を横に振った。少しだけ表情が翳る。


「これはね、私がお願いしたの。こうしないと、あの術が使えないから」

「術……」


 ああ、そうだったな。あれは金髪幼女の術だ。冷静になれば容易にわかることだが、それをさせないのも、あの術の効果なのだろう。

 金髪幼女の生じさせた赤い霧がアルビオーネやゼナロリスを狂わせた。ザンテックの配下の魔物どもを怒りの衝動に駆り立てた。それは今だから理解できる。


 その前の閃光もだ。今更だ。金髪幼女の持つ杖。そこに嵌められた宝玉。近くで見て確信できた。

 全て儂の知ったもの。かつて、儂が聖幼女ピート・ベアトリクスに与えたものだったのだ。


 ならば、それを使いこなすこの金髪幼女は、やはり彼女の血筋ということか。


「ベアトリクス、か?」

「えっ?」


 金髪幼女が体を引いた。不安定な魔獣の背で幼女のバランスが崩れる。


「おっと。危ねえぞ、ヘラ。お前も気をつけろよ」


 男が金髪幼女を支えた。そうか、ヘラという名なのだな。しかし、何故動揺した?


「あ……ありがとう、アーノルド」

「どーも。ま、とりあえず急ごうぜ。こんな場所じゃあゆっくり話もできないだろ、お嬢様」

「ええ。それでは行きましょう」


 金髪幼女ヘラが魔獣の背を軽く叩いた。魔獣の動きが変わる。それまで外壁の上空を旋回していたが、方向を定めて翼を動かし始めた。


 いや待て! アイソスがっ! あいつらはどうなるっ。未だに地上では魔獣たちの闘争が続いているのだ。アイソスは地面に伏している。体を丸めて、ただ震えて耐えているではないかっ。


「戻れっ! アイソスが! アイソスを助けなければっ!」

「あの魔獣たちのこと? 優しいのね。でも大丈夫よ。『みんなだいきらい』はすぐに終わっちゃうの」

「すぐに?」


 幼女の言葉、信じたい。だとしてもアイソスは傷ついているのだ。恐怖と不安でいっぱいなのだ。アイソスは覚えていないようだが、これはあの『勇者』ヒューロと戦った時と同じだ。儂がそばにいてやらないとならないのだっ。


「そういうことだ。あいつらには後で警告しておくからな。行くぜっ!」

「ええ。それじゃあ——お願いっ!」


 ポーーーーゥ。


 金髪幼女ヘラの号令で、魔獣は街の中心を目指して飛び始めた。











 降り立ったのは広い庭を持つ建物の前だった。三階建ての石造りの建物は、この街の領主の公邸なのだろう。この国の魔族の住む街の例に漏れず、魔王を象徴する半月と楓の葉の公旗が掲げられている。


 広い庭には整備された花壇と人工の池が配置されていた。随分と整っているものだ。整いすぎている。見回しても破壊の痕跡が見られないとはな。エンデルムートが言っていたように、ほとんど戦闘もないままに、この領主の公邸を明け渡したのだろうか。


 それも今なら納得できる。金髪幼女ヘラの放った、あの閃光。あれは『みんななかよく』という術なのだから。

 あの光を浴びた魔獣や魔族たちは、攻撃の意思を奪われてしまう。閃光は固有の魔素の波長に干渉し、心穏やかな状態へと導き、魔の者の能動的な行動を抑制させるのだ。

 簡単に説明するならば、幼女のかわいさの賜物だ。


 元々は、儂のために幼女ピートに教えたものだ。いや、教えた、というのは少し違うか。ピート自身で至ったのだからな。それがこの金髪幼女ヘラへと受け継がれたのだろう。

 しかし、幼女の心優しさを振りまくこの術が、いまだ斯様な使い方をされようとはな。確かに有効ではある。が、そもそも幼女を戦場に駆り出すことなど、許されることではない。この儂がそばにいれば、かろうじて許容できるかもしれんが。


 それにあの赤い霧を発生させる術。『みんなだいきらい』と言っていたな。儂はそんなものを教えていない。考えもしなかった。

 なるほど、あの杖に設えた『幼珠』の作用であれば、あのような負の感情を振りまくことも可能だろうがな。

 くそっ。つまりは、それに気づくに至る何かが幼女にあったということか。


「——ねえ、大丈夫?」


 拳を握り締めて立ち尽くしていると、ヘラが覗き込んできた。傾けた頭から、流れ星のように金髪が揺れる。その姿、やはり彼女のことが思い起こされてしまう。


「アーノルドが呼んでいるの。行きましょう」

「あ? いや……。いや待て! 儂はやはり戻らねばっ。ヘラ、お前も一緒だっ!」


 幼女の手を握り駆け出す。戸惑いながらも幼女がついてくる。あったかい。やわらかい。もっとにぎにぎしたい。うむ。


 外門はどっちだ? 飛んできた方角から大雑把にしかわからん。ここからでは外の様子も見えん。アイソスが心配だ。早く戻らねば。


「待って! ダメ!」


 急に腕が引かれた。ヘラが立ち止まっている。駆け出した先には、儂らを乗せて飛んできた魔獣が立ちはだかっていた。


「ねえ、だめよ。あんな魔物のところに戻ったら。あなたはもう自由なのよ」

「……? 何を言っている。儂は」

「ポウ、お願いっ!」


 ポーーーウゥッ!


 幼女の呼びかけと同じ鳴き声を魔獣が上げると、儂の体が浮いた。真っ直ぐで扁平な嘴で兎のローブを咥えられていた。

 くっ、またこれかっ。先日山で会ったグリフォン、ぴーちゃんと変わらんではないかっ。


「はっ、離せっ! おいヘラっ。やめさせろっ!」

「乱暴な言葉はだめ。あの魔獣たちといたから? ねえ——あなた、お名前は?」

「グリムちゃんだっ。それと儂は元々こんな感じだっ」

「グリム——。グリム……ちゃん?」


 唇に指先を添えて幼女が首を傾げる。アイソスと同じだ。等しくかわいい。


「そうなのね、グリムちゃん。じゃあ行きましょう。早く行かないと、怒られちゃうから」


 ヘラが声をかけると、儂をぶら下げたまま魔獣が歩み始めた。


「ちょっと待つのだっ。降ろせっ。行くから下ろすのだぁっ」


 酔う。酔ってしまう。魔獣が歩くたびに首を前後に振るから、その度に揺られて気分が悪くなるのだ。あと、耳のそばで一々ポゥポゥと鳴くのが鬱陶しい。


 くそっ。何故こんなことをする? 暴君系の幼女なのか? コイツはピートの一族ではないのか? ピートはこんな乱暴なことはしなかったというのに。


「……ピート?」


 金髪幼女の足が止まった。ん? 儂、いつの間にか声に出していたか? かつての聖幼女の名を繰り返し、ヘラは儂を見上げた。


「——ピートおばあちゃんを知っているの?」


 その表情は目が眩むほどに輝いていた。

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