087 閃光
ふぁ……。いつもながら……いい……。
アイソス相手に試したのはまだ数回だが、これはヤバい。じんわりと伝わる幸福感で胸がいっぱいになる。
本来は細長く加工した砂糖菓子でやるのだが、何であろうとこのドキドキ感は変わらんものだ。
「ぐ、ぐぅぅっ……」
無粋な唸りが響いているな。負け犬ザンテックの歯軋りが心地いいわ。
「ん? んん〜? どうした?」
「く、お前は……っ!」
「何だ? 自慢の召喚嬢とやらは人形か? 何一つ応えないではないか。いかに術が素晴らしくとも、肝心の相手がそれではなぁ」
「そ、そんなことはないっ。俺のマリー姫だって、それくらいっ」
期待を込めた表情で掌を見つめるが、少女に反応はない。ただ、その口元が髪の毛数本程度ひくついて見えた。儂だから見逃さなかったが、ザンテックがそれに気づいたかどうか。
さすが王族といったところだな。自らの意を隠す術を身につけているようだ。
「ザンテック様、そろそろお時間ですので」
「えっ? え、いや、まだ……」
「それでは失礼いたします。またお呼びくださいね」
にこやかな表情で頭を下げ、その姿勢のままマリー姫の姿が消えた。現れた時と同じように、発生した竜巻に包まれて。
「あ……」
茫然と掌を見つめるザンテック。沈黙が重い。押しつぶされたかのように奴の頭が沈んでゆく。
「あ、いや……これは……。これはっ!」
なにを急に凄んでいるのだ? 滑稽でしかないぞ。底が知れるというものだ。
「ま、そんなものだろう。ところでザンテックよ。お前の術、儂に教えろ」
「……は? なんでお前なんかに」
「儂が改良してやろう。色々と使い途がありそうではないか。お前では、くくっ、呼び出したところで、アレだからなぁ」
「だ、黙れええっ! いいか、マリー姫はちょっと堅苦しいだけなんだ! 他の嬢たちだったらきっと——」
「きゃっ!?」
「む?」
ザンテックの無様な言い訳をアイソスの短い悲鳴が遮った。同時に儂も気づいた。
空に閃光が疾ったのだ。雷光のような一瞬の輝き。それが儂らの前方、ザンテックの後方で発生した。
「なんだ————あ? なぜだっ!?」
振り返ったザンテックが驚愕に身を乗り出す。遥か遠くの空に視線を向けている。
「グリムちゃん、あれ! さっきの!」
「アイソス? なにが見えた?」
儂には見えん。竜の視力では捉えているのだろう。儂の問いかけに、アイソスは手を挙げて頭の上に儂を乗せてくれた。
「見える? さっきの魔物さんたちがね、落ちたの」
「落ちた? 墜落したのか?」
「えっとね、みんな一緒に落ちちゃった、のかなぁ」
自信なさげだ。そこまでは判別できないということか。
「くそっ、なにが起きた? さっきの光のせいかっ?」
ザンテックが翼を広げた。コイツはその瞬間を見ていない。引き連れていたのは魔王軍の配下の者たちだ。儂らが通り過ぎた街へ援軍として向かっていたのだろう。
そこに発生した光。
嫌な思いがよぎった。光を放ち儂とアイソスを攻撃してきた勇者。幼女を連れた『勇者』ヒューロの姿だ。
まさか奴がいるのか? ヒューロの最後の攻撃を前に、儂はアイソスを守るため逃げるしかなかった。
ヒューロの召喚したあの巨大幼女の力は相当なものだ。無論、可愛さも。儂の絶対防御だからこそ逃げ切ることができたのだ。先に見たザンテックの配下など、ひとたまりもないだろう。
「行こう、グリムちゃん」
ザンテックが飛び立つのを見て、アイソスも翼を動かす。
「え? 儂らも?」
「うん。だって心配だよ」
いや、儂は別に。
——とは言い出し辛い。奴らがやられようが、儂には関係ないのだが。それに、もしあれが本当に『勇者』ヒューロの力だとしたら厄介だ。前回と同じことになりかねん。
だが、行く気になってしまったアイソスを引き止める、というのも難しい。アイソスの首元に巻きついているアルビオーネもため息をついて首を振った。
「アイソス、行くのはいいが、あまり近づくなよ。何が待ち構えているかわからないのだぞ」
「うん。気をつけるね」
「では、行こうか」
街の外壁近くの地上で、空の魔物たちは休んでいた。
そう。ザンテックに遅れて儂らが到着したときには、魔物たちはただ休んでいたのだ。ザンテックが確認に聞き回っているが、今のところ負傷した者はいないようだ。
「よかった。なんともないんだね」
「の、ようだな。全くひと騒がせな」
アイソスが言ったように、墜落したわけではなかった。そのように見えるほどに、脱力して地上に降下していったのだろう。
「それにしても、随分とくつろいでいるようですね。戦いの前なのでしょう?」
「確かにな」
魔物たちに緊張感などかけらも見られない。ただ蹂躙するだけの相手であれば、こんな緩みもあるやもしれんが。
ザンテックに確認したが、想像通りコイツらはこの街の奪還に来たという。それなのにこの体たらく。いびきをかいて眠っている者までいるではないか。
「全く、お前の部隊はどうなっているのだ、ザンテック。お前が指揮をとっているのだろう? もはやなんの気概も感じないが」
「だ、黙れっ。こんなことがあるかっ。これは、何かの術だ。先程の光が原因のはず。——おいっ、何があった?」
寝そべる一匹をつかみ上げて問うが、魔獣はけだるげに鳴くだけだった。体も脱力してしまっている。
確かに、普通ではないな。ザンテックの指導力のなさ、という線も残ってはいるが。
まあ、それはともかくだ。
「もういいだろう、アイソス。負傷したわけではないのだ。儂らは先を急がないとな。さあ」
両腕を大きく広げると、アイソスが丁寧につかみ上げてくれた。アルビオーネは定位置であるアイソスの首元へ巻きつき、ゼナロリスもポシェットの中に戻った。
「うん。いこっか、グリムちゃん。じゃあ、さよなら〜」
「——ちょっと待てっ。お前、このまま行くのかっ」
「あ? アイソスが心配したからわざわざ来てやっただけだ。その不安も無くなった。あとはお前の問題だろう?」
「いやいやっ、お前、おかしいだろっ。俺たちはこれからあの街を攻略するんだぞっ。ここまで来たからには、お前も手伝えっ。どうせ暇だろっ」
「ふん、なぜ儂が。ペリロードの一族直系に、手助けなど不要だろう?」
「つ、ついでだっ。それぐらいいいだろっ」
なんだコイツ、まさか不安なのか。魔王の領土を切り取る、正体不明の『聖女』がいるかもしれんとはいえ、怖れるほどではないと思うがな。初陣でもあるまいに。
「そんな義理はないな。それに、お前は知らないのか? 儂はすでに魔王軍から追放された身なのだ」
「は? 追放? なぜお前が? 数十年何もせずに引きこもっていたとはいえ、魔王様の領地からも勝手に出て行ったきりとはいえ、幼女と遊んでばかりだったとはいえ、お前を?」
なんだその悪意の込もった言い方は。いやまあ……間違ってはいない、か……。
「お前らの争いなど知らん。儂は儂でやらねばならぬことがあるのでな」
「待て! 待てって!」
「あのね、グリムちゃん」
う。アイソス。まさか。コイツまで手伝うとでもいうのか?
「アイソス、コイツなら大丈夫だ。ザンテックはこれでも——」
「グリムちゃん、誰かいるよ」
「ん?」
アイソスは上空を見上げていた。儂の背後、街の方角に一匹の魔獣が飛んでいた。その背の上に人影が見える。
その人物が何かをこちらに向けた。
直後、閃光が儂らを包み込んだ。




