086 最先端を往く者
風が渦巻いていた。
ザンテックの掌の上に小さな竜巻が発生している。ただの風ではない。歪な魔力の流れと集積を感じる。
この位置からではよく見えぬが、あの竜巻を真上から見たならば、その内部は通常の空間ではないことがわかるだろう。
「フッ、ハハハハッ。見よ! そして驚愕せよ! さあ——」
口の端を歪めながら儂を見下ろし、歓喜を含んだ叫び声を響かせる。
「来い! 我が召喚嬢、マリー!」
輝きと共に、竜巻が霧散する。
代わりに、竜の掌の上には少女の姿があった。
その少女の姿は、一見して上流階級の者だとわかるものだった。
目鼻がはっきりしている整った顔。肩下あたりで揃えられた、瑞々しさを感じさせる銀髪。年の頃は幼女を十年は過ぎているだろう。
ほっそりとした体つきだが、出るところは出ている。一般的な人間には好まれそうな肢体だ。幼女ではないが。福々とした短い手足の幼女の魅力には及ばないがな。
そもそもが、この少女の身なりからして庶民であるはずがない。清楚かつ繊細な刺繍の施されたドレスや、胸元で輝く赤色の宝石は貴族でもなければ縁なき代物。
整えられた爪先も、頬を薄く染める紅も、それが当然とばかりに馴染んでいる。
「——ザンテック・ジュ・ペリロード様」
少女は呟くようにその名を口にし、丁寧に頭を下げた。
「フハハハハハハハッ。見たかグリムワルド。これが俺の姫だ! これが俺の力だっ!」
む、確かに驚きだな。こんな術を開発していたとは。まがりなりにも太古からの竜の血脈、ペリロードの一族ということか。しかし。
「お前、それは本物か? その人間を召喚したというのか?」
「その通りだ。もちろん本物。本物の俺の姫だっ!」
ザンテックは少女の頭を指先で撫で、顔を上げさせた。
「ザンテック、でいいと言ったろう、マリー」
「私、これからティータイムだったのですが」
「……さ、さぁっ。グリムワルドに挨拶してやれ。ほらっ、早くっ。じ、時間がないんだろう」
ん? なにやら様子がおかしくないか?
「グリムワルド? グリムワルドといいましたか?」
振り返った少女はアイソスを見上げ、険しい表情を浮かべた。
「どうした、マリー? まさか知っているのか?」
「グリムワルド——それはかつて王都を襲った竜の名です。この竜がグリムワルドだというのですか、ザンテック」
王都を襲った? どこの王都のことだ? 候補はいくつもある。そうだな、最近であれば——。
「わたしはアイソスよ。こんにちは」
記憶を探っていると、アイソスが頭を近づけてきた。その動きがまるでお辞儀をしているように見える。
「アイソス? グリムワルドではなく?」
「儂がグリムちゃんだ」
戸惑う少女の意識を儂に向けさせた。詳しく話す必要などないし、アイソスに対して良からぬ感情を抱かせる必要もない。
儂の言葉に、少女はしばし眉をひそめ考えを巡らせているようだった。やがて諦めたかのように小さく首を振った。
「はじめまして。私、マリーと申します。マリー・アードアジェネスです」
ドレスの端をつまみ上げ、マリーと名乗った少女は腰を折った。その淀みない所作、間違いなく上流社会で培ったものだ。ザンテックと接しているためか、身分あるものの矜持か、竜に対しても揺らぐことなき振る舞いを見せている。
しかしその家名は。
「アードア——? それは真か?」
「はい。私はアードアジェネス王家の第三王女になります」
頭を下げたまま少女は答えた。
「王女様なの? すごい。すごいね、グリムちゃん」
「そうだな。だが、お前の方が素晴らしいのだぞ、アイソス」
「わたし、あんなにきれいじゃないよ。竜だし」
「見た目ではないのだ、アイソス。お前という全てが素晴らしく、儂を喜ばせてくれるのだからな」
「えへへ、そうかなぁ」
「もちろんだ」
そんな言葉を交わしながら、アイソスは嬉々として王女に近づきはじめた。儂はアイソスの掌の上にいるため、二頭の竜がそれぞれ、互いの譲れぬものを手にして向かい合っているという形だ。少女までの距離は、このまま飛び移ることができそうなくらいでしかない。
「こんにちは、王女様。わたしはアイソスっていうの。よろしくね」
「ええ、よろしくお願いします。アイソス様」
「おい、マリー姫」
「なんでしょうか、グリム様」
「お前は本当に——」
手を伸ばし触れようとすると、王女が遠ざかった。ザンテックが手を引いていた。
「お触りは駄目だ、グリムワルド。俺の姫だからな」
「お前……もしかして、これは幻か? そいつが本物だとしても、ただ姿を映しているだけではないのか?」
「はっ。そんなわけあるかっ。マリーは正真正銘、本物だ。俺の術は、契約した対象を呼び出すことができるんだ。今はまだ、一日短時間の限定だがな」
誇らしげに語ると、再び頭を撫で、そのままさするように背筋に指を沿わせた。赤く染まった頬に舌を這わせる。
「これが最先端の生贄だ。こうしていつでも呼び出し、愛でることができる。やがては時間制限もなくなる。フッ、これが俺の召喚嬢システムだっ」
ぅむぅ。
確かに。これは良き術だ。いつでも幼女を呼べるならば、これほど素晴らしきことがあるか?
もちろん、常に側にいる方がいい。だが、世界の幼女と触れ合うには、距離の壁を打ち破らねばならない。それを可能にする術があるのであれば、願ったりだ。
だが一つ、重大な不満がある。
「あまりにも身勝手ですね」
アルビオーネが呟く。ザンテックに聞こえたかどうか。
そう。気にくわんのはその点だ。幼女を呼び出すなど不遜極まりない。空間を超えるというのであれば、それは儂の方だ。儂が幼女に会いに行くのだ。次善の策として、会得しておくべき術であることは間違いないがな。
ふふっ。いつでも幼女。どこでも幼女、か。くふっ。
「なあ、マリー。俺のマリー姫。ああ、ああ、哀れなグリムワルドは、この良さがわからないとはなぁ……」
あ? 何とも不快な奴だ。酔ったように舐め回しているザンテックの姿は、まるで儂に見せつけているようではないか。せっかく整えた髪も、上等なドレスも台無しだ。
少女など毛ほども羨ましくないが、奴がその気ならば思い知らせてやらねばなるまい。
「アイソス、アレをやろう。ピクトナンバーの三だ」
「え? 三番って、えっと……」
「アレだ。ぷっ、とやって、くるっ、とやるやつだ」
「あ、あれね。でも、うまくできるかなぁ」
「大丈夫だ。自信をもて、アイソス。練習したではないか」
「うんっ。やるね。わたしがんばる」
「その意気だっ。よし、頼むぞ。ザンテックに見せてやるのだっ」
ザンテックの少女に対する扱いなど、まるでなっていない。そのことを示すには、ナンバーの三はちょうどいい。
アイソスが儂を咥えた。全身が完全に口の中に収まる。そして体が傾く。アイソスが頭を上げ、鼻先を垂直に天に向けているのだ。そして。
ぷっ。
儂の体は吐き出された。宙に射出され、束の間の飛行を楽しむ。すぐに落ちてしまうのだが、儂の体を受け止めたのは竜の舌だ。
柔らかな舌遣いで幼女の体を巻き込むように包むと、しなやかな鞭の如く舌を振って、再び放り上げる。その動きに、儂の体は回転してしまう。
すぐにどちらが空か地面かわからなくなる。何度か繰り返すうちに、上昇しているのか落下しているのかすらも怪しくなっていた。
舌に包まれる極上の感覚だけが、儂の落下を知らせてくれるのだ。
それはまるでお手玉。儂の体を使った、アイソスの舌によるお手玉だ。放たれるたびに、舌から幸せな感覚が染み渡る。
ああ——しかし、そんな幸せは長く続かない。いつまでもはできない。わずか数回のお手玉で、儂はアイソスの掌に戻された。
「ど……どう、らぁ……。こりぇが、真の……うぷっ」
「ちょっと、グリムちゃん! そこではダメですっ!」
う……。これの欠点だ。儂の体が耐えられん。だが……だが。
ふっ、ザンテックには見せつけられたはずだ。
ゼナロリスが持ってきてくれた水筒から一口だけ水を含んで、ようやく儂の感覚が正常に戻った。しかし、立ち上がって目を向けるとザンテックとマリー姫はなにやら固まっていた。儂とアイソスの結びつきに圧倒されたようだな。
ならば追加で。
手招きをし、アイソスに頭を下げてもらった。狙いは喉元。
「良かったぞ、アイソス。素晴らしい出来だ」
「ほんと? ありがとう……んっ」
お返しに、繊細な竜の喉元を舐めてやった。ここはアイソスも気持ちよくなってくれるポイントだ。そして、竜であれば気を許した相手にしか晒さない、大切な部分だ。
「くふっ」
舐めながら視線をザンテックに向けると、奴は射竦められたように体を引いた。そうして硬直した竜は掌の上の少女を見つめる。少女はふい、と顔を背けた。
「くっ……」
ふっ。拒否されたな。もはや明白。
それでは、とどめといこうか。
「アイソス、小腹が空いただろう。ゼナ、あの魚を頼む。大きいやつだぞ」
「わかった。アレをやるんだな」
さすがゼナロリスだ。すぐに理解してくれたようだ。
ポシェットから取り出したのは、あの湖で獲った魚を干物にしたものだ。保存用におろし、儂のコートを乾かすついでに干していたのだ。儂の身長くらいはあるが、薄めにおろしているため、重さはない。その端を咥えると、逆の端をアイソスに向けた。
「ありがとう、グリムちゃん」
ふふっ。これだ、これ。儂とアイソスが両端を咥え、食べ進める。食べるのはほとんどアイソスなので、アイソスの口先が少しずつ儂に近づいてくる。幼女が、幸せが、近づいてくるのだっ。
そして、儂とアイソスの口が触れ、ふぁぁぁっ、この瞬間がっ! ああ、ああっ! しゅごいぃぃ……。
「ごちそうさま」
気持ち良さに口を開いてしまったため、結局干物は全部アイソスに食べられた。魚の身のかけらだけが儂の口に残っている。
んあ……。
ふぅ、んん……。アイソスが、なめとってくれたぁ——。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです!
とっても喜びますっ!!
【次 回 予 告】
ザンテックに圧勝した?グリムちゃん。
立ち去ろうとするグリムちゃんたちは閃光を目にします。
そして現れたのは幼女!
混乱の中、連れ去られてしまうグリムちゃん!
どうしてグリムちゃんを?
彼女は何者?
とりあえず、金髪幼女です。
次回、
光の幼女
全五話です。




