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083 絵画という名の

 全く、気分を害したわ。せっかくアイソスに包まれて極上の気分だったというのに。


 だが、そんな怒りも幼女の眠気には敵わなかったようだ。いつの間にか焚き火のそばで眠りに落ちていた。そして、アイソスのはしゃぐ声で目が覚めた。


「あ、グリムちゃん。こっちに来て〜」


 体を伸ばしてあくびする儂に気づいたのか、少し離れたところでアイソスが呼んでいる。何だか楽しそうな響きだ。アルビオーネとゼナロリスの姿も見えるな。


「どうした、アイソス。何かあったか?」

「あのね、あのね」

「ん?」


 儂に覆いかぶさるように顔を近づけてきた。鼻先が触れんばかりの距離で止まり、妙に真剣な眼差しでじっと見つめてくる。

 あまり見せたことのないような表情だが、幼女百戦錬磨な儂にはなんとなくわかってしまう。

 これは、幼女が悪戯を仕掛ける時の顔だ。必死に何気ないそぶりをしているようで、笑みが隠せていない。


「アイソス?」


 手を伸ばし、その鼻先に触れようとして——突如、暗闇に包まれた。


 んぐっ!?


 こっ、これはっ。


 瞬時に理解できた。アイソスの口の中だ。儂は……儂は今! アイソスに咥えられているっ!


「ふひゃぁぁぁぁ…………」


 ふっ、震えるっ。ちから抜けるっ。アイソスにっ、幼女にっ、頭から喰われているのだっ! 包まれているのだっ!


 ああっ! 前も、後ろも、頭も、足先もっ。全てが幼女にっ。儂の世界が幼女に塗り替えられていくぅぅ。


「ひゅひぃぃっっ!!」


 舌が動いたっ!? 儂を咥えながら、舐めまわしているっ!? だ、だめだっ。立っていられないっ。こんなの、こんなのわぁぁ……。

 足が浮いた? 咥えられたまま、持ち上げられている? 体が傾いているっ? 転がされているぅぅっ!?


 蕩ける。温かくて、幼女の魔力で、蕩けて、無くなってしまう……ぅ……


 ふ、ふは……、幼女。こんなっ、よーじょは……、こんなの、もう、もう—— 


「んぴゃっ!」


 あ……? 明るくなった。開放された……のか……?


「どう、グリムちゃん?」

「あ、はぁ……っ、はあ……っ、あ〜〜」


 言葉にならない。最大の賛辞を述べたいのに、荒い息遣いにしかならん。笑顔なのだろうアイソスの顔も、ぼやけてしまって、よく見えない。


「グリムちゃん?」

「んひっ」


 心配するように舐めてくれるのだが、仰向けに寝転がったまま、動くこともままならなかった。骨も、筋肉も、全て溶かされてしまったのだ。無論、不快なことなど幼女の毛先ほどもない。


「はぁ。だから、ちょっと刺激が強すぎだと言ったのよ、アイソスちゃん」

「でもね、グリムちゃん、嬉しいかなって思ったの」


 ああ、嬉しいとも。極上だとも。それを言い表せないほどにな。


「し……しゅばらしぃ……あい、しょしゅぅぅ……」

「ほんと! よかったぁ」


 アイソスの両手で掬い上げられた。掌の中の儂は、まるで水飴。幼女が両手をベタつかせながら頬張る、とろとろの甘味だ。


 しかし、一体どこで、いつの間にこんな知識を得たのだ? まさかアルビオーネが? だとしたら少し惜しい。こんなこと、儂が教えてやりたかった。儂自らが手ほどきをしてやりたかった。

 いや、今からでも遅くない。もっと、もっと教えてやらねば。


「ねえ、見てグリムちゃん」

「……んふぁ……?」


 アイソスが草原を見下ろしている。少しずつ力の戻ってきた体をよじって視線を追うと、そこには誇らしげにこちらを見上げ、手を振るゼナロリスの姿があった。足元には小さな絵が何枚も並べられている。


「グリム殿、見てくれ! こんなにあったんだぞ!」


 あれは、あの地下室にあった絵か。そういえば回収すると言っていたが、エンデルムートがやってきたせいでそのままになっていたな。儂が寝ている間に集めてきたというわけか。


「四十八枚もあったぞ。全部持ち帰ろう!」

「あの絵みたいにしたらね、グリムちゃんが喜ぶってアルビお姉ちゃんが言ったの」


 ほう。それはそれは。わかっているではないか、アルビオーネよ。


 ふふっ。


 アイソスに下ろしてもらい、その絵を順に眺めた。共に過ごした幼女たちが描いてくれた思い出の絵だ。儂との素晴らしき瞬間を切り取った、かけがえのない宝物。それがこれほどに残っていたとは。


「ねえねえ、グリムちゃん。次はどれがい〜い?」

「ふぁっ!?」


 その声に振り返り、絵に視線を戻し、もう一度アイソスを見た。


「い、い、い、いいのか? いいんだなっ」

「うんっ」


 ふおぉぉぉぉっ。それなら、それならばっ。


「では、これを頼むっ」


 震える指先で、一枚の絵を示した。


 アイソスは頷くと草の上に寝そべった。儂を手に包み体をよじる。お腹を空に向けたその姿勢はあまり楽ではないだろうが、楽しげな表情のまま儂をお腹の上に乗せてくれた。


「おおっ、おほぅぅっ」


 広い。温かい。なんだこの安心感? 大の字になって全身で感じてやると、掌が幸せだ。頬ずりせずにはいられない。硬く、だが柔らかい感覚。

 ここは儂の世界だ。この広く、生命溢れる、魔素湧き出る、大地のような竜幼女のお腹。ここで、この場所で、儂は暮らせるっ!


「ふぅぅぅぅ〜〜〜〜」


 そうだ。もっと感じたい。こんな服邪魔だ。もっと全身で直接——


「ちょっとグリムちゃん! アイソスちゃん、グリムちゃんを止めなさいっ」

「え? う、うん」


「は? ふわっ、何が? 儂の世界が、揺れて——」

「はい、おしまいだよグリムちゃん」


 あ……儂の世界が……遠ざかる……。


「全く、どうしようもないですね。随分と進行しているようです」


 う……。アルビオーネめ、邪魔をしおって。

 まあいい。

 ならば、次はっ。


「——え、これ? これがいいの?」


 拾い上げた絵を見て、アイソスがなぜか困惑している。


「大丈夫だ、お前ならできる。頑張るんだアイソス」

「グリムちゃん、それ、本気ですか……?」

「当然だ。儂の幼女たちも喜んでいたぞ」

「いやそれ、グリムちゃんだけでしょう? こんなこと喜ぶ幼女なんているわけないと思うのですが?」

「そんなわけあるか」


 幼女たちが描いた、楽しい場面なのだぞ。こうやって残してあるのだ。やらずにはいられん。そんな青ざめる必要がどこにある? それとも、ああ、嫉妬か。


「わたしやるよ。グリムちゃんが喜んでくれるもん」

「おおっ。その通りだ。お前もきっと楽しいぞ」


 儂は直立で待ち受けた。そこへアイソスの尻尾が巻きつく。しっかりと、しかし痛みを与えない程度の強さで。そのまま持ち上げられた。


「ひぃっ……んんっ」


 思わずか細い声が漏れてしまう。それほどに甘美。全身から力が抜けてしまい、代わりに幼女成分が染み渡る。

 これだっ! これが幼女と一体となる感覚! コネクトには及ばないが、それとは別種の歓喜。あれは儂が感じ取るもの。これは儂が与えられているもの。蹂躙されるかのように幼女が儂に浸透してくる。


 ブーツが脱げ落ち、遠い草の上に落ちる音が聞こえた。尻尾の拘束が強まったように感じる。ああ……儂……このまま……。


 だが、まだだ……まだ、この先が……。


 来たっ!


 儂の眼前に差し出された竜の尻尾。その先端が揺れる。儂を貫いてしまいそうな凶器。


「あむっ」


 それを口に含んだ瞬間、全身に何かが迸った。鮮烈すぎて、なにかはわからない。


 じゅぅぅ……。


 わからないけど、ああ、んちゅっ……、もっと、ふなぁぁぁ、これだめに、ふへっ……すすしゅごいぃ……。


 んくっ、んんくっ。


 しあわせ。くちのなかしぁわせ。


 ようじょ、くわえてる、すごい、すごいようじょぉぉ……











 ああ、今日も日が暮れる。


 この湖畔にまた留まってしまった。仕方あるまい。時の流れは早いのだ。儂にとっては誤差だ。それでも大切にせねばなるまい。幼女と触れ合える時間は短いのだから。うむ。


「何を納得しているんですか。急ぐのではなかったのですか。コートだってもう乾いているんですよ」

「全部試したかったのだ。だが、まあいい。明日だ、明日。明日には出発するからな」

「それならいいのですが……」


 あの後、アイソスと幾つもの絵を眺め、その絵の通りに実践した。四十八枚とはいえ似たような絵もあるため、四十八種類の構図があるわけではない。それでも、全てを試せたわけではなかった。儂の精神が正気を保てそうになかったからな。


「そうだな。オレもここの魚は飽きた。早く別の獲物のいそうな場所へ向かおう」


 今日もゼナロリスは自分より大きな魚を獲ってきていた。魚相手の狩りも随分と慣れたものだ。逆に食うほうは雑になっている。一匹を丸かじりだ。


「わたしもね、他のお魚食べたいな。アルビお姉ちゃんのご飯おいしいよ。でも、しょーぎょも食べたいの」


 アイソスが遠慮がちに口を挟む。


「しょーぎょ、ってなんですか、アイソスちゃん?」

「うん。グリムちゃんのお家の近くにいるお魚。とってもおいしいの。わたし大好き」


「ああ。瘴気の沼に棲む魚の総称だ」


 疑問の目を向けてくるアルビオーネに教えてやった。


(いまだに好んでいるのですね)

(そのようだな)


 囁き合いため息もらす。


 竜の身体ゆえ影響はないのだろうが、アレを好むというのは理解できん。味覚や嗅覚というのは体に付随するものだと思うのだが、だとすればアイソスの受け取り方の問題だ。今はいい。だが、元の体に戻っても求めるというのか? まさか、な。

 あるいはこの体に刻まれた呪印の影響でそうなってしまったのか。人の体であった頃はどうだったのだろうか。


「それでは、明日こそ出発しましょう。早く魔王城へ行って、二人とも元の姿を取り戻して。そうしたらグリムちゃんの家に帰れますからね」

「うんっ」


 納得したように、アイソスは元気にうなずいた。


「と、いうわけですからグリムちゃん。今夜は下着を汚さないでくださいね。もう乾かす時間はないのですから」


 余計なお世話だ、糞蛇めが。

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