082 真相はコートの中
幼女がいた。
間違いなくいたのだっ。
「儂のっ、幼女たちが……」
「はいはい。熱に浮かされていたんですよね。冷えましたからね。ほら、温かいスープですよ」
「そんなことはないっ。昔のままだったのだっ」
「泣きながら瓦礫の柱に抱きついていたのに?」
「くっ……、ふぬぅ〜〜〜〜っ」
わかっている。わかっているのだ。そんなことはあり得ないと。
スープの湯気に幼女の肌の熱が思い出されて、視界が滲んでしまう。小さな口でスプーンを咥えてもまだまだ寒さに体が震える。
儂らは湖のほとりで焚き火を囲んでいた。アイソスとゼナロリスはともかく、儂とアルビオーネはいまだに本調子ではない。こうやって体を温めねば何をする気も起きん。
儂らのそばでは、街から持ってきた干し竿代わりの木材に兎のコートが揺れている。汚れてしまったからな。洗ったのだ。念入りに。内には綿毛が入っているようで、なかなか乾きそうもない。今日もまたここに泊まることになりそうだ。
「全く、大変な目に遭いましたね。私もあんな寒さはもうこりごりです」
「オレは素晴らしい体験だったぞ! 雪というのは楽しいものだなっ」
「わたしも楽しかったよ。エンデちゃんと遊んでね、楽しかったの。スティちゃんとも遊びたかったなぁ」
二人は口を揃えて嬉々として語った。何だか釈然としないのだが。
「ま、ゼナはよくやってくれた。エンデの配下を二人も倒してくれたからな」
「おうっ。あんな奴ら、大したことなかったぞ。オレも調子が良かったし」
「そうだな。ゼナ、こっちへ来い」
呼び寄せて頭を撫でてやると、ゼナロリスは満足げな笑みを浮かべて目を細めた。思わず抱きしめたくなる笑顔だな。というか抱きしめたが。獣幼女の身体は温かいのだ。
ゼナロリスの方からも全身を押しつけてくる。焚き火と毛皮、最高の組み合わせだ。このまま眠ってしまいたい。
「ですが、今回の件ってほとんどグリムちゃんのせいですよね? グリムちゃんがもっとエンデルムート様を大切にしていれば、何事もなかったと思うのですけれど」
「あ? なぜ儂が奴を」
エンデルムートが街を襲撃する以前は、奴を嫌うことはなかった。とはいえ、とりたてて好意を寄せていたわけでもない。体を重ねたのは単なる結果だ。
エンデルムートとて表面上は儂を求めていたが、それは薄っぺらいものだったではないか。それは先の様子でわかった。
だから、アルビオーネから蔑むような視線を向けられる謂れなどないのだ。
「それにしても不思議なのです。だって御自身の子でしょう? それも幼女。あのピスティルという黒竜は、格好の幼女だったのではないですか? それともグリムちゃんの幼女というのは人間だけなのですか?」
「そんなわけあるか。幼女平等。垣根はない。そして、ピスティルに関しては、無論そうだとも。掌に乗るくらいの頃のアイツを覚えている。震えるほど幼女だったのだ。だがな」
ゼナロリスの頭を撫でながら、アルビオーネから視線を逸らす。
「エンデは儂を遠ざけたのだ」
「エンデルムート様が?」
「ああ。儂は存分に愛情を注いでいた。だが、エンデは儂を近づけないようにしていたのだ。それも恐ろしい剣幕で。だから儂は離れた」
もちろん、街の幼女にも遭いたかったがな。竜の子だろうが人の子だろうが、幼女に差はない。等しく幼女なのだから。
「いいか、アリュ。奴の言葉を鵜呑みにするなよ。儂が一方的に悪いなどと思っているようだが、奴には奴の思惑があったのだ」
「そうなのですか? でも思惑って……。ああ、あの息子のほうには一切関心がなかったから、とかですか。それとも接し方に問題があった、とか」
「儂の幼女への扱いに落ち度があったとでもいうのか? その言葉は聞き捨てならんぞ、アリュ」
「いえ。ですが、ちなみにどんな接し方を?」
アルビオーネの質問には答えずに、目の前の獣の耳を咥えてやった。見せる方が早いだろう。耳を離し、驚きながらも悦びに震えるゼナロリスの顔を舐めてやり、頭ごと咥えて、咥えて……。
「ふぬっ……」
くそっ。そうだな。この体では無理か。本当は全身を咥えて、転がして、味わっていたいのだ。それが幼女を感じる最良の方法なのだからっ。
「……ええと、もういいです。いろいろわかりましたから」
「あ? まだまだだ。儂の幼女への想いはだなっ。まだ全く表現できて——ふわっ!?」
この頬を撫でる温もりはっ。
「あ、アイソス? どうした?」
「ん〜、えへへへへ。なんかね、舐めたくなっちゃったの」
ふおおおおおおおっ!? なんと、なんとぉぉっ。良いぞっ。アイソスが、徐々に積極的になってくれているではないかっ。
これはいい。この舌の動きに委ねよう。身体を預けて、温もりに包まれて、今すぐにでも回復してしまいそうだ。ふふっ、そして儂らは、ふははっ、一つに——。
「んん〜ふふっ、いいぞアイソス。儂ともっと遊ぼうな」
「うんっ。いっぱい遊ぼうね。だから早く元気になってね」
「ま、グリムちゃんが無事なら。結局被害はグリムちゃんのコートだけでしたし」
「ああ〜。そうだなぁ。エンデももう来ないしなぁ」
ふふっ。蕩けるようだ。アイソスの舌の上に半身を乗せているこの姿勢。手の届く位置にある口元の鱗を無意識に撫でてしまう。儂を見つめる金色の瞳が、儂への慈愛を感じさせる。こんな場所が、ああ、あったとは。
「確かにあの竜はもう来ないな」
ゼナロリスが儂の体に縋りついてきた。
ああ、そういえばお前の相手ができないな。少し不満げな口調に、申し訳なさが湧き立つ。せめて片手で感じさせてくれ。あまりの心地よさで眠気に誘われ、だるいのだ……。
「グリム殿がしっかりとマーキングしたからな。もう大丈夫だろう」
「ああ……もちろんあぁ……。わしが、しっかりと——」
ん?
あれ? 何を言った、ゼナロリス?
「まーきんぐ?」
「違うのか? 褒美を貰った時、そういう臭いがしたぞ」
「え……?」
「ああ、なるほど。そういう意図があったのですね」
ぱん、と手を叩く音に、魅了から目覚めさせられた。眠りに落ちそうだった意識が急速に覚醒する。してしまう。
「ただたれ流しただけ、というわけではなかったということですか。マーキング。さすがですグリムちゃん」
「あ……」
ぐっ、アルビオーネのこの表情はっ。コイツわかってて言っているなっ。
アイソスの舌が儂の体を押し上げ、離れた。
「ねえ、まあきんぐ、ってなあに?」
ふぁっ!?
「ああ、それはね。獣が縄張りを——、いえ、『ここは自分のものだ』って他のひとに知らせることよ」
「そうだぞ、アイソス。その方法は自分のにょ——」
「ぬわああああああーーーーーーーーっ!」
言わせんっ!
「に?」
「に、に、に……。にっこりと、宣言してやるのだっ。それがマーキングというものなのだっ」
「そっかぁ」
首を傾げていたアイソスが、納得したように頷いた。
あ、危なかった……。
儂が飛びついて口を塞いでやったゼナロリスも大人しくなっている。満足したように力が抜けている。儂が抱いてやっているからな。
「と、いうことは。やはりアレはただの……ふふっ」
黙れ糞蛇。




