081 だいたい全てグリムちゃんのせい
無言のまま儂は地面に下ろされた。エンデルムートは何かを言いかけ、口を閉ざす。そんな戸惑いを幾度か見せたのち、わかりましたと小さく呟く。己の内で折り合いをつけたかのように。
「それで、アナタはこの後どうするつもりですか? このまま魔王様のところへ向かうのですか?」
「ん? なぜそう思う?」
エンデルムートにはそんなことを話した覚えはない。なのになぜ確認するような物言いをするのかわからん。
「アナタがここに現れたからよ。この街は、今アナタの住む山と魔王城を結ぶ線上から、さほど離れていませんよね。魔王城へ向かうのであれば、ここに寄ると思っていたのです。だからこの街を監視していました」
「それで儂を待ち伏せしていたというわけか。なんとも迷惑な奴だ」
「良い機会でした。あの腐れ肉人形の術をどうにかするには、魔王様の力が必要でしょうから。確信はありました。近くの山中でアナタを待つ時間は、とても心湧くものだったのよ」
その割には、最初激怒していたようだが。今は平静な態度でいるが、コイツの気持ちはなかなか読めんものだ。
「ふん。独りで盛り上がりおって。さっさと子供たちを連れて帰るのだな」
「わかっています。あの子たちには再教育が必要ですし。でも、魔王城へ向かうのであれば気をつけなさい。今、魔王軍は押し込まれているのです」
「押し込まれている?」
「ええ」
まるでひと事のように答えたな。魔王軍を追放された儂にとっては関係のない話だが、お前はそうではあるまいに。
魔族を中心とした魔王の国と人間たちの諸国とは敵対関係にあるのだが、そもそもそこに明確な原因など無いはず。少なくとも儂は知らん。究極的に還元すれば『互いに気に食わない』といった程度だろう。大規模な戦闘が日々起こっているわけでもないしな。
戦いそのものを楽しむ奴、というのも確かに両陣営存在する。が、そういった奴が全体に影響を及ぼせる立場にならぬ限り、無分別な戦いなど軽々起きぬものだ。昔とは違うのだ。
であるのに、一方的に魔王軍が攻められ押されている理由といえば。
「それは貴様ら四天王が儂に執着しているからだろうが。どいつもこいつも、この儂を狙いおって」
「全くですね。こ〜んなちびちびグリムちゃんを襲おうなんて許し難いです」
儂の頭を撫でながら、アルビオーネが同意した。
「ま、ですが。イズキャルルもヤンデルゼもグリムちゃんが倒しましたし。奥方様とも理解を深め合ったようで、よかったです」
「ふっ、儂とアイソスのコネクトにかかればな」
我が生涯、最大究極の術だ。見下ろす白竜に向かって胸を張ってやった。それに対してエンデルムートはなぜか尾を小さく地面に打ちつけた。
「四天王たちの不甲斐なさはもちろんですが、それだけではありません。人間たちの中に、強力な『聖女』が現れたのです。その者が我らの都市を陥落させているのです」
「『聖女』だと?」
そういえば、以前に会った『勇者』とともにいた奴も『聖女』を名乗っていたな。フランウィーヌとかいったか。だが、奴にはそんな力はあるまい。儂の腹に刻まれた呪印に怯む程度の奴だ。
「どんな奴だ?」
「あら、まさかアナタが参戦してくれるのですか?」
「儂とて守りたいものはある。国や陣営など関係ない。魔族だろうと人間だろうと——どんな種族、生物だろうと、儂の愛するものに手を出しているのであれば、消えてもらうだけだ」
儂を怠惰などとぬかす奴もいるが、そうではない。魔王軍に属していようと、そうでなかろうと、儂は儂の為に動くのみだ。まあ、元々魔王の一族に対しては義理があるゆえ、協力することもあったがな。
そんなこともエンデルムートは理解していないようだ。さっきから何度目かわからんため息を漏らしおった。アルビオーネまでもがだ。
「その必要はないようですよ、グリムワルド。なにせ、その『聖女』が現れた街は、ろくに抵抗せずに『聖女』に従っているようですから」
「どういうことですか、奥方様?」
「詳細は不明です。魅了のような力、なのかもしれません。私も直接見聞きしたわけではありませんので。そもそも私は——」
言葉の代わりに、牙を擦り合わせる音が響いた。全身をわななかせ、落ち着いていた瞳に力がこもった。その鋭い視線は、え? なぜ儂に注がれているのだ?
「私はすでに四天王ではないのです。とうに解任されています」
「は? お前を? なぜだ。誰がそんなことを」
「四天王を解任できるなど、魔王様くらいでは、グリムちゃん?」
「奴が? これほどの力を持つエンデを冷遇するとは、そこまで愚かだったか。エンデの『絶氷』の力を持ってすれば、いかな『聖女』も『勇者』も、ものの数ではあるまいに。四天王として不足なき実力だろうが。加えて、皆を鼓舞できる美しき姿。戦場に立つにふさわしき存在だろう。なあエンデ」
「……へっ!?」
ん? 何を動揺している? 先程の意思を込めた視線が彷徨っているぞ。
「そ、そうですね。え、あ、いや、私は」
「どうした? お前はただ解任を受け入れたのか? その力は過小評価するものではないというのに」
お前個人の資質はともかくな。
「私は、その……。そう! その通りです。でも、私は休んでいましたから……」
「なんだ、サボりか」
「ちょっと、グリムちゃんっ!」
突然アルビオーネが儂の腕を引っ張ってきた。わずかにエンデルムートから距離をとり、伺うように上目遣いになっている。儂もその先を追った。
う……。エンデの奴、表情が一変しているではないか。表情というか、感情を見せない氷像のようで、それでいて内に秘めた熱を感じさせる。決して友好的とはいえない雰囲気だな……。
「そう、私は休んでいたのです。あの子たちを産み、私がいなくても大丈夫なくらいに育てあげる間は。仕方ないでしょう?」
「ああ、そういうことか」
「そ う い う こ とぉぉ?」
言葉が揺れた。怒っているような悲しんでいるような……わからん。ただ、ふわぁ……ええと。敵意。そう。敵意、だなこれ。
「皆祝福してくれました。配下の者たちも色々と手助けをしてくれました。先代の魔王様までもが『ゆっくり休め』と言ってくれていたのです。それなのに、それなのに……」
「こ、困った奴だな。魔王の奴は」
「先代様はこうも言ってくれました。『心配するな。お前の分まで旦那が頑張るから』と」
は?
はぁぁっ!?
知らんっ。アイツ、儂に押しつけおったのか? だが、そんな話は聞いて——。ああ、そういえば。一時期しつこいくらいに奴からの遣いが来ていたような……。儂はここの幼女たちと戯れるのに忙しかったからな。離れることなどできようものか。
「悪いとは思っていたのです。でもアナタは帰ってこないですし……。きっと忙しく働いていると思っていたの……。せめて感謝を伝えたかったの。でも……でも……アナタを、探したら——」
「ま、待てっ。儂は聞いていないっ」
「聞く耳を持たなかったのでは?」
「黙れアリュっ。そ、そうだっ。大方、先代の奴が、お前を安心させる為に適当なことを言っただけであろうっ。そうに決まっているっ」
「仮にそうだとしても、ひとに言われなければやれないことですかねぇ」
ぐっ……。
くそっ。物事には優先順位というものがあってだな。儂にとっては、全てに優先する事態が起こっていただけだ。それに儂の力など必要なかったはずだ。その頃は、大した戦いなどなかったはず。
「ま、だいたいのことはグリムちゃんが悪いってわかりました。お気持ちは痛いほどにわかりますよ、エンデルムート様。それで、もしよろしければグリムちゃんへのお仕置きは私に任せていただけませんか?」
「あなたに……。ええ、そうね。今更もういいです」
ふぅ、よかった。昔の話だしな。過ぎたことだ。思ったほど執着していないということか。怒りも収まっているようだな。
それにコイツは悟ったはずだ。儂に対しても、もう強くは出られまい。
「ちなみにですね、エンデルムート様。グリムちゃんへのお仕置きというのは——」
「……へ〜え?」
何だ? 何を囁いた? なぜエンデは舌舐めずりしてるのだ? 先程までの達観した物言いはどうした。
「泣き叫ぶグリムワルドというのも、イイかもしれませんねぇ」
「必見ですっ! よろしければ、今ここでご覧になられますか?」
は? 泣き叫ぶ? ま、まさかそれはっ。
「いえ、結構です。私は子供たちを連れて帰ります」
「そうですか、非常に残念です。それでは、私がしっかりとお仕置きしておきますね」
「頼みます」
頼むなっ。コイツは知らんのだ、アレの辛さを。痛いだけではないのだ。胸の奥に響くのだぞアレはっ。
だがまあ、エンデルムートが帰るのならば、とりあえず良しとしよう。
エンデルムートは氷漬けの子供たちへと向かっていった。その体を掴み詠唱を呟くと、氷はすぐに融解を始めた。
「エンデよ。もうここには来るなよ。お前が変わらん限り、会うこともない」
背を向けたままのエンデルムートに念を押してやった。だのに応えがない。わずかに翼を震わせただけだ。
「ちょっと、グリムちゃん。そんなことを言ってはダメです」
「ふん、会う価値もない奴だからな。必要あるまい」
「ですからっ」
アルビオーネが儂の口を塞ごうとしてくる。だが、最後にはっきり言っておかねばならん。本当に理解しているかも怪しいし、それで再びアイソスに危害を加えるようなことがあってはたまらん。
「いいか、エンデ。未熟な貴様には儂が判別できんようだからな。ゆえに、次に会うべき時は、儂が本来の姿を取り戻した後だ」
「——っ!!」
子供たちの解呪も半ばに、エンデルムートが猛然と振り返った。
全く、何なのだ急に?
「どうした?」
「……ふふっ」
小さな笑みをたたえて、エンデルムートが身を翻した。同時に、冷たい大気を巻き込むように翼を打つ。
風が舞った。雪が止んだとはいえ、空を厚く覆ったままだった雲が逃げてゆく。温かな光が一斉に儂らを照らした。
通常ではあり得ない速さで、廃墟を覆う氷が溶けていっている。立ち上る水蒸気に日の光が乱反射して、目を刺激する。
目眩がした。体がよろけてしまう。視界が霞む。だが、そんな中で、霧のように立ち込める水蒸気の向こうに人影が見えた。小さな、幾つもの影。
あれは——。
ふらつきながら、足が勝手に進んでいた。
「う——ふぁ、ぁ——」
次第にその姿が鮮明になる。
あれは。
あれは、かつての、この街にいた。
儂の——。
お読みいただきありがとうございます。
次回から新エピソードの始まりです。
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【次 回 予 告】
廃都を後にして、ついに魔王さんの国の領内までやってきたグリムちゃん。
その道中、見知った竜が絡んできました。
主義主張の異なる相手。
『若い娘がなんだというのだ』
絶対に負けられない戦いが、そこにはあるのです。
次回、
派閥
全五話です。




