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074 獣と露出女

 何が戦いのきっかけだっ。


 一瞬の静寂により流れてきたのは、エンデルムートの嬌声ではないかっ。


「えっと、これでいいの?」

「そうっ、もっと。もっとお願い、アナタっ!」

「うんっ。でもこれって——」


「ぬああああああああーーーーっ! 何をしておるかーーーーっ!」


 思わず立ち上がり一歩踏み出したのだが、すぐに吹雪に押し戻されてしまった。少しだけ聞こえたアイソスとエンデルムートの声も、すでに暴風にかき消されている。

 ダメだっ。早くアイソスのもとへ行かねばっ。エンデルムートの奴から引き離さなければ、何をされるかわからん。いや、わかっている。奴自身が言っていたではないか。儂を籠絡させると。


「おい、ゼナっ! 早く——んぁ?」


 あれ? すでに戦いが始まっているではないか。紅と白が雪中に舞っている。


「はっ、ははっ。いいぞっ、楽しいぞっ。オレはこの姿でも戦える。幼女だからなっ」

「ガキがっ、ちょこまかとっ!」

「幼女だからなっ! 幼女でもない奴に、オレは負けんっ」


 おお。好調ではないか、ゼナ。獣の攻撃が一切当たっていない。逆に獣の方は傷を負っているな。前脚から血を滲ませている。


「幼女だとっ。その言葉、エンデルムート様が嫌う言葉だ。貴様が幼女という存在ならば、オレは確実に貴様を仕留める!」

「仕留めるのはオレだっ! グリムワルド様の第一幼女は、グリムワルド様の敵全てを排除する幼女で、幼女なんだっ!」


 ゼナロリスが動き回り、獣は留まって耐える構図だった。獣は回避を重点に置きながら、隙を見て爪撃を繰り出している。ゼナロリスの倍はある太い前脚からの一撃は、しかし紅を捉えることはなく、逆にその脚を狙われ負傷していた。


「へらず口をっ! 幼女など存在させんっ! 高貴なるエンデルムート様の前に転がる邪悪な存在がぁっ!」

「幼女は至高の存在。幼女はグリムワルド様だ! グリムワルド様が幼女だっ! オレも、グリムワルド様も、幼女なんだぁっ!」


……コイツら、何を言っているのだ? 幼女をなんだと思っているのだ? ゼナロリスも興奮しすぎて、自分が何を言っているのか理解していないように思えるが……。

 とはいえ、戦い自体は問題ないようだ。ゼナロリスが押し切るだろう。いつの間にかブーツを脱ぎ捨て、雪上の動きに対応している。この寒さの中、儂には真似できん所行だ。


 だが油断はできん。敵はもう一人いるのだ。最初に氷柱の攻撃を見せ、この獣と会話を交わしたきりで未だ姿を現わさぬ相手。

 目的が儂らの足止めである故に積極的に攻撃してこないのだろうが、この獣の劣勢を見て不意打ちを仕掛けてくるかもしれん。


 周囲を見渡しても、相変わらずの吹雪で視界が効かない。儂のコートが模している雪原兎のような存在であれば、この雪に紛れ隠れるのも容易だろう。

 うう、寒い。こんな中で環境に適応した相手を探知するなど——ん?


 アイソスとエンデルムートがいる方向に、何やら違和感のある一角が存在しているではないか。横殴りに吹き荒れる雪が、その辺りだけ妙な動きをしている。まるで、その空間を避けているかのような。


「なんだ、あれは……」


 確かめねば。手足が痺れるように冷たいが、こうやって這って進まないと吹き飛ばされかねん。風に混じって呟くような声が聞こえてくる。こちらに背を向けた小柄な人物の姿も見えるな。


 何か膜のようなものを突き抜けた感覚があった。はっきり見える。そこはすでに風も雪もない空間だった。寒さだけはあるが——。


「ふひゃおぉぉっ!?」


 は!? 何なのだコイツの格好はっ。


 この極寒のなか、膝上のスカートなど身につけおって。上半身は普段のアルビオーネと変わらぬほどの面積しか肌が隠されていない有様。エンデルムートの配下なのだから冷気への耐性はあるのだろうが、見ているだけでこっちが身震いするわっ。


「ふ……うふっ……もっと、もっと……ぉ」


 腰を曲げてこちらに尻を突き出した状態で、その女はアイソスたちの方を向いている。といっても二頭の竜の姿は見えない。この無風空間は、どうやら狭い繭状のようだ。女の見ている方向も暴雪が壁のように視界を遮っている。


 と思ったのだが、よく見るとソイツの眼前だけ嵐がおさまっている。まるで遠見の筒のように、嵐の壁に丸い穴が開いていて、女の頭との隙間から儂にもその先の光景がわずかに見えた。


「……そう、そこです、そこですよ、エンデルムートさまぁ……ソコを、強く……強くぅぅぁぁうぅ……」

「何を覗いておるかぁーーーーーーっ!」


 ぱすん。


 突き出ていたコイツの尻を目一杯叩いてやった。ついでにアルビオーネからの仕打ちの仕返しも込めた。くそっ、儂の時のような音は鳴らなかったがなっ。


「……は? え? なに? 邪魔しないでくれる? 今、とってもイイトコロなんだからぁ」

「なっ、何がいいところだぁっ! 貴様きさまぁぁっ!」

「え? あなたも見たいの、子兎ちゃん。いえ、エンデルムート様が憎む、でも離れられない愛しきお相手、かな?」

「そんなわけあるかっ! 貴様がこの嵐を操っているのだなっ! 止めろっ、即刻止めるのだっ!」

「ええ?」


 心底不思議そうに小首を傾げた。アイソスがよくやる仕草だが、こんな奴がやろうが儂には一切響かん。幼女でもないただの露出女がっ。


「ああ見えて、エンデルムート様は奥手なのよ。この風を解いたら見つかってしまうじゃないの。そんな状況じゃあエンデルムート様は集中できないわ」

「集中などさせるかぁっ!」

「あら。あらあらあらあら」


 露出女の腕が伸び、逃げる間も無く儂の体が捕らえられた。脇の下を支えられて抱え上げられる。


「嫉妬、してます? あなたのことは聞いているのよ。だから、その嫉妬、エンデルムート様は喜ばれるわ。ねえ、どんな気分? 愛し合った相手が、他の男のモノになっているのよ。それを見せつけられて——あれ? あれ? ん〜〜〜〜?」

「ぅはなちぇぇっ! みちゃくもないわぁぁっ!」


 愚か者が。エンデルムートなど興味もないわ。儂に必要なのはアイソスだけだ。心配なのはアイソスだけなのだっ。


「え〜と、でもあれは元々愛し合った体で、しかも中身はこの少女で、これって盗られたことに……? でもでもあなたの心は——否定しているってことは——彼女のほうは喜んでいて——」

「はなせぇぇっ!」


 足をばたつかせてコイツの顔を狙うも、簡単に避けられてしまった。振り払おうと触れた露出女の腕は氷のような冷たさだ。掴まれている体にもじんわりと冷気が伝わってくる。


「ああ、いっそのこと、この子を氷漬けにしてお二人の前にそっと置き去りにして、そうしたら、ふふっ、もっとはっきりと、エンデルムート様がどんなお顔をするのか、ふひっ、ああでもエンデルムート様の言いつけだけは絶対で、絶対燃ゆる状況になるのに、でも、やっぱり私は見守るべきだというの? でもそんなの——」


「んきゅぁぁぁ〜〜〜〜っ!」


 甲高い絶叫が覗き穴を通って届いた。いつか聞いた、別に聞きたくもないエンデルムートの声。その声に、露出女が猛然と振り返った。儂のことを放り捨てて。


「エンデちゃん! これ、すごいねっ。わたしね、こんなの初めてなの」

「ああ、私もっ、久しぶり、久しぶりでっでも忘れられなくてっグリムワルド——」


「ふうっ、ふぅひっ、ふぶひぃぃ〜〜〜〜っ」


 叫びたいのは儂の方だっ! くそっ、露出女めが! 下品に鳴きおって! なにをしているっ。身体をくねらすなっ。尻を揺らすなっ。


「おい、貴様っ」

「邪魔」


 儂の方を見もせずに、露出女は指先だけを向けてきた。 


「やっぱり、今はお二人を。だから、後でね。後で聞かせてねぇぇ」

「なにを——ぬきゃぁぁ〜〜〜〜っ!」


 突きつけられた指先から生まれた突風がフードを飛ばす。冷え切った青髪が氷の結晶のように広がり、直後、儂の体は吹き飛ばされていた。

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