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072 白竜の企み

 ふうっ、ふうっ、ふうっ、ふううううううううっっ。


 ダメだっ、この怒り、抑えきれんっ。


「あ、グリムちゃん。おかえり〜」

「まっ、待って——」


 離れようとしたアイソスの腕を、エンデルムートは掴んで離さない。蒼空の瞳が訴えかけている。アイソスはその意図に気づかない。振り返って小さく頭を傾け、不思議そうに言葉を発するのみだ。


「グリムちゃん、帰ってきたよ」

「そう……そうね。でも」


 エンデルムートがアイソスの首に自らの首を寄せる。擦りつける。そして、強引にその体を引き寄せた。


「えっ? エンデちゃん?」

「エンデっ! 貴様アイソスに何をしておるかーーーーっ!」


「あら、グリムワルド。久しぶりね」

「うっ」


 エンデルムートの氷のような視線に射すくめられてしまった。喉がつまり、それ以上の言葉を発することができない。


「随分と、アナタにふさわしい姿じゃないの。ねえ、グリムワルド」

「ぐ……、なぜ、お前がここに……」

「それはもちろん、アナタを助けるためよ」

「お前が、儂を、だと?」

「ええ」


 言いながら、エンデルムートはアイソスの体を密着させた。


「エンデちゃん? まだ寒いの?」

「アイソス、よかったわ。久しぶりに思い出してしまった。やっぱり私は……ねえ?」


 クレバスのような瞳でエンデルムートは妖艶な視線を流してきた。寒気に襲われ背筋が震える。兎のコートなど役に立たないような冷気が貫いてくる。

 感覚ではなく、実際に周囲の気温が下がっていた。『絶氷』と呼ばれる、エンデルムートの力の一端が発露し始めた証拠だ。


「アナタのことは把握しています。その体、元の姿に戻してあげましょう。もちろん私自身にその力はありませんが、手助けすることはできますから。ただし——」


 エンデルムートが上空に向けてブレスを放った。その息吹は雲となり、昼の陽光を陰らせる。気温の低下を感じ、頬がひりつきはじめた。


「ひっ」


 アルビオーネが短く悲鳴をあげた。腰まで下げていた毛糸の服を首元までたくし上げている。それに倣って儂も兎のフードを被った。


「雪、か」

「雪? これがそうかっ!」


 舞う白粉を身に受けて、ゼナロリスが興奮の声を上げた。手をかざし、受け止め、舐めとる。すぐに雪の一片は消えてしまった。

 そうしている間にも雪は勢いを増し、視界の大半を白く染める。地面や瓦礫もすでにその表面が薄く雪に覆われていた。


「ねえ、グリムワルド。私はアナタのことが憎いの。許せないの。わかるでしょう?」


 エンデルムートが首を傾け、触れんばかりに顔を近づけてきた。吐く息が吹雪のように冷たい。


「し……知らんな。貴様の方こそ、この儂の大切なものを——」

「大切ですって!」


 その勢いに兎の耳がなびく。フードが脱げそうになるのを押さえながら、後退しかかった足を懸命にとどめた。


「あれが大切なもの? 私よりも? アナタは、私というものがありながら、あんな人間共に心奪われて私を捨てたのです!」


「捨てた、とは言いがかりを。以前にも話しただろうが。そもそも……そもそも、儂はきしゃ、貴様に乞われて交わっただけだ。その後のことなど、儂のし、知ったことではないわ……」


「私が身篭っても、子供たちが産まれても、アナタは『ああそうか』の一言だけ。私の元にすらほとんど帰ってこないで、何をしているのかと探らせてみれば、アナタは——人間の子と戯れていたというではないですかっ。己の子の相手もせずに、アナタはただ遊び呆けていたのですっ。だから私は壊した。私からアナタを奪ったものを」


「そんなことで……」


「そんな程度、というのですね。今も私や子供達のことなど、なんとも思っていないというのですね」

「だ、だからそんなひちゅようはないと言っておろうが……」


「ああ、それはひどいですねぇ、グリムちゃん」


 アルビオーネの声が聞こえたかと思うと、足が払われた。冷たい雪の上に尻餅をつき、抗議の声を上げようとしていたところに、毛糸の塊が覆いかぶさってきた。


「大方予想通りですが、それは怒られても仕方ないですよ。グリムちゃんが幼女好きで止められないのは理解できますが、幼女と会わない間くらいは家族と過ごすべきではないですかねぇ」

「アリュ……。だから……必要ないのだ。竜など勝手に育つ。むしろその方が強く育つのだ」

「だとしても、です。愛情は必要ですよ。ですよね、グリムワルド様の奥方様」


「おっ、奥方……っ!? そう、そうね。私はグリムワルドの、ふふっ……」


 ん? なに表情を緩めているのだ? 先程までの氷刃のような視線はどこへ行った? アルビオーネを見つめる瞳はおもちゃを手にした幼女だ。数千年ほど若かったらな。


「そう。そうなの。私はグリムワルドの妻。長く生きながらも(めと)ることのなかったグリムワルドの唯一の妻。それで貴方は?」

「ああ、はじめましてエンデルムート様。私はグリムワルド様の第一の部下、アルビオーネと申します」

「アルビオーネ、ですか。私のグリムワルドがお世話になっているようですね」

「ええ、奥方様——、いえ、奥方などど、どこぞの人間の王妃ような呼称は失礼でしたね。そう——ツガイの君とでもお呼びしたほうがよろしいでしょうか」


「んふぅぅぅんんんっ! つが……っ! ああそれもっ」


 は? なんだその妙な鳴き声は?


「ああ、いえ。そうね。奥方、それも悪くないですね。奥ゆかしい私にぴったりですから」


……どこがだ?


「そうですか。ありがとうございます。それでですね、私は今、こんなになってしまったグリムちゃんのお世話をしているのです」

「それは大変でしょう。彼のことは(つが)った私が一番よく知っています。この妻たる私から感謝を意を表します」

「勿体ないお言葉です、ツガイの君」

「んふぅぅ……」


 コイツら……。

 なにを呑気に談笑しておるのだ。アルビオーネは儂に見せないような丁寧さで接しているし、エンデルムートもうって変わって穏やかだ。しかも、儂との関係を殊更強調しているように思える。そんな関係などないというのに。


 だが、わかるぞアルビオーネ。儂がイズキャルルのやつに捕まった時と同じだな。こうしてエンデルムートの気をそらし、儂を守ってくれているのだろう?


「それで、このどうしようもないグリムちゃんを、どうするおつもりですか?」

「そうね。私の生涯永遠の夫とはいえ、悪いところは正さなければなりません。そのためにも、しばらくそちらで預かってください」


 お、いいぞ。儂から手を引くか。なにやら機嫌が良くなっているしな。思い出してしまった儂の怒りも治めようではないか。


「お任せください。では——」

「グリムワルド」


 儂へと尻尾を巻きつけようとしていたアルビオーネの動きが止まった。

 エンデルムートの言葉が、なぜか再び冷徹な響きを含んでいるように思えるのだが?


「私は今でもアナタが憎い。アナタと離れていた寂しさが思い出されてしまうのですから。でも、ここで再会し改めて感じてしまったの。アナタの素晴らしさを。アナタという存在が秘めた、私を惹きつける魅力を。ですから、グリムワルド。アナタを元の姿に戻す手助けがしたいのです」

「そ、そうか。それはありがた——ぃんぴゃっ!?」


 ひんやりとした舌が頬を濡らした。儂を見つめるエンデルムートの目が妖しく細められる。


「ただし、それは今ではありません。アナタのあの体に思い出してもらってからです。この私の良さをたっぷりと味あわせ、染み込ませ、ふふっ、溺れさせてから」

「なっ、なにを言っているっ!?」

「うふっ、ふふっ、うふふふふふふふふっ。それからアナタを戻せば、アナタは逃れられないでしょう? 万が一、心が拒んでも、体がそれを許さない。私から離れられなくなるの。そうなるまで、アナタの体をいただくの。幸い、今のあの体の主は、理解できないでしょうし——やりたい放題ですね」


 高笑いとともにエンデルムートが首をもたげた。すでに強まっていた降雪に風が混じる。吹雪の向こうに白鱗の体が溶け込んでゆく。


「ま、待てっ! なにをする気だっ!」

「そこで待っていなさい。じっくりと楽しませてもらいますから」


 最後の奴の息吹が暴風を喚んだ。






お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです!

とっても喜びますっ!!


【次 回 予 告】

アイソスが危ない。色々アブナイ。

でもアルビオーネさんもグリムちゃんもまともに動けません。

そのうえ、エンデルムートの部下たちにも襲われて。

頼みの綱は、元気いっぱいのゼナロリスちゃんだけです。

果たしてグリムちゃんはアイソスの身体を守れるのか?


今! グリムちゃん史上、最大の危機が訪れる!


グリムちゃんは耐えられるのかっ!!!



次回、


暴雪の戦い


全四話です。

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