071 怒りの白竜
「………………はぁ?」
アルビオーネが呆けた表情で聞き返してきた。
「グリムワルド様の、お相手?」
「そう言っただろうが。そんなことを二度も言わせるなっ」
奴のことなど思い出したくもないのだ。なぜここに、こんなタイミングで。
いや、当然か。奴は四天王。儂の現状について十分に知っているはず。
同じ四天王のヤンデルゼは、魔王の役に立つようにと儂の体を攫おうとしていた。イズキャルルもまた儂の体を狙っていた。ヤンデルゼとは違って、奴自身の為ではあったが。
ならば、エンデルムートにもまた思惑があるはず。
それは儂への恨み、か。
「おおおおーーーーっ、グリムワルドーーーーっ!!」
地上から奴の叫びが轟いた。耳を塞ぎたくなる響きに、思わず階段の半ばで伏せてしまう。奴の表情は見えぬが、力の込められた鉤爪が瓦礫をえぐる音が聞こえてきた。
「グリムワルド様の伴侶か。ならばオレは挨拶しないとなっ」
「待ちなさい、ゼナロリス。何やら随分とご立腹のようですが?」
儂に倣ってアルビオーネが階段に伏せた。飛び出しそうだったゼナロリスを押さえつけ、儂に疑問の視線を向けてくる。
「知るかっ。怒りたいのは儂の方だ。せっかく忘れていたというのに、何を今更」
「何かやらかしたんですね? そういえば、そんなお相手がいるというのに、グリムちゃんはずっと山に篭っていましたからねぇ」
「それは良くないぞ、グリム殿。伴侶であるならば常に寄り添わないとな」
コイツら……、儂に非があると思っているな。だが、根本が間違っている。
「いいか、アリュ、ゼナ。奴とはそういう関係ではない。ごく短い間、共に過ごしただけだ。尻尾を交わらせたのだって、それきりだ」
「で、捨てたというわけですか。理由は想像つきますが、それは怒りますねぇ」
「興味がないのなら、それでいいだろう、アルビオーネ?」
「よくないからこれほど怒っているのでは? ま、そういったことの竜の性質は知りませんが、女性の立場としては、どうでしょうねぇ?」
「オレは気にしないぞ。それに、なんとしても欲しいのであれば、力ずくで迫ればいいだろう。オレならばそうするけどな」
「ですから今、そうしているのでは? あの竜は、グリムちゃんをモノにしようとやってきたのではないですか?」
「な、なるほどっ。ならばグリム殿、応えるのか?」
「どうしますぅ、グリムちゃん?」
二人の視線が突き刺さる。興味深々のゼナロリスはともかく、なぜアルビオーネはニヤついているのだ?
「グリムワルドーーっ! この屑竜がァァァァッ!」
「あれ? なんだか思っていたのと違いますね」
エンデルムートの暴言に、アルビオーネが首を傾げる。
「当然だ。何を期待しておるか、愚か者が。儂が再び奴と交わることなどない。奴に興味などないのだ。それにエンデルムートはな、この街を破壊した当事者なのだぞ」
当時魔族と人族の領土間にあったこの街は、いわば緩衝地域だった。両陣営は元々良好な関係ではなかったが、殊更憎しみ合い争うほどではなかったはず。ゆえに、この街には様々な種族が混在していたのだ。
そんな場所をエンデルムートは襲撃した。争いの火種としては十分すぎる。その後は諸々あって魔王軍は撤退し、人の領域となったのだ。
とはいえ、現状はこの通り棄てられているのだが。
「全く、余計なことをしてくれたものだ。なんたる短慮。儂も戦いに駆り出されることになったし、面倒なことこの上なかったのだ。そんな奴を儂が受け入れるはずがあるか」
「で、どうするのですか。ここで覗き見しているだけでは、アイソスちゃんが襲われてしまいますよ」
「わかっておるわっ」
だが、奴を追い払うなど今の儂には無理だろう。コネクトを使えば力ずくで乗り切ることはできるかもしれんが、『勇者』と戦ったときと同じように、上手く儂本来の身体を操ることができるか不安が残る。
あの時思い知らされたのだ。竜の体への魔力の働きかけは、結局アイソスの意思には敵わないということを。
「グリムちゃん? グリムちゃんは今いないの。お出かけしているのよ」
迷っているとアイソスの穏やかな声が届いた。威嚇するエンデルムートの唸りを気にしていないような、普段のアイソスの調子だ。
「わたし、アイソス。グリムちゃんに言われてね、お留守番しているの」
「アイソス……。ああ、そうだったわね。それが今の」
エンデルムートの声もまた落ち着きを取り戻していた。ため息とともに翼を羽ばたかせる音が聞こえる。
「えっと、あなたはグリムちゃんのお友達? とってもきれいね」
「えっ? ええ……ああ。私はエンデルムート。グリムワルドとはとっても深い仲——だったの」
「エン……デート?」
「エンデ、でいいわ、アイソスとやら。それでグリムワルドはいつ戻る?」
「わかんない。エンデちゃんも一緒に待つ?」
「私が?」
「うん」
アイソスはエンデルムートに近づいていった。ここからでは足元とお腹のあたりしか見えないが、二人の影が重なっている。
「エンデちゃんって、きれいだね。真っ白で、キラキラしてる。お目目も湖みたい」
「へっ!? そ、そう? 綺麗、に見える?」
「うん、とってもきれいよ」
「——ひゃっ!? な、何を?」
「あのね、こうするとね、グリムちゃん喜んでくれるの」
「あ……ああっ。そんな、それは、そんな……ぁ……」
な、何をしておるのだっ!? あのエンデルムートが甘い声を?
ダメだっ! こんな所にいられるかっ。
伏せたまま階段を進んで地上付近まで上り、跳ね上げられた扉の隙間からそっと頭をのぞかせてみる。儂の左右でアルビオーネとゼナロリスもまた窮屈に頭を並べた。
「エンデちゃん、寒い? 体が冷たいよ」
「え、ああ。そういう、体なの。でも……ナカは温かいのよ。その……た、確かめて——」
「あたためてあげるね」
地上ではアイソスがエンデルムートの体をさすっていた。ひと回り小柄な体に自らを重ねて、白い首筋に息を吐きかけている。
「は〜っ、は〜っ。どう、エンデちゃん? あったかい?」
「ん、んんっ。そう、ああっ。私、また、またっ、ああ……グリム、ワル、ドぉぉ————」
「やめんかぁーーーーーーっ!!」




