070 地下室の宝
そして翌日。
儂は瓦礫の一角を漁っていた。思い出したのだ。そこにあると聞かされていたものを。
「アイソス、ここだ。持ち上げてくれ」
「これ? これでいいの?」
アイソスが地面の隙間に指先を入れた。それは地下へと続く跳ね上げ式の扉だ。瓦礫に隠れていたが、崩れた扉の隙間から階段が見える。
「すまないが、アイソスはここで待っていてくれ。狭いからな」
「うん。だいじょうぶよ」
「ここは何なのですか?」
人ならば一人二人が並んで歩けるくらいの階段を順番に降りながら、アルビオーネが尋ねてきた。その後ろにはゼナロリスも続いている。
「秘密の部屋、と呼んでいたな。ここは元々商家の屋敷でな。大切なものを保管するための部屋が地下にいくつかあると聞いていたのだ」
「宝物でも残っているかもしれない、ということですか」
「今更それはないと思うが、儂と遊んでいた幼女たちが自慢していたからな。気になったのだ。見ろ、鍵もかけられていない」
階段を降りきった先に金属製の重厚な扉があった。そこには、開かれた錠前がぶら下がっていた。
儂が全体重をかけて引いても動かなかった扉を、アルビオーネが押し開けてくれた。うむ、錆びつき固着していたようだな。
思ったよりも小さな部屋だ。端から端までは、アルビオーネが全身を伸ばすこともできない程度。整理棚や金庫が置いてあるが、当然ながら貴金属の類は無い。
「何も無いな。淀んだ空気の匂いだけだ」
「そうね、ゼナロリス。ここから逃げるときに持ち出したのでしょう」
「いや、そうでもないぞ」
整理棚の一角に立てかけられた額縁を手にとり、アルビオーネとゼナロリスに見せつけてやった。
「なんですか、それは——ああ、絵ですか」
「そうだ。わかるか? これが儂、これが幼女たちだ」
波うつ線と拙い描写だが、紛れもなく儂の姿。儂と幼女が戯れる様子を描いた絵だ。
ああ、少しずつ記憶が鮮明になる。儂の前でこれを描いていた彼女たちの姿が目に浮かぶ。儂は額縁をプレゼントしてやった。それをこうしてとっておいてくれたのだな。
「おおっ。ここにこんなにあるぞっ。どれもかつてのグリムワルド様か。素晴らしい! こんなところに埋もれさせるなど、なんという損失だっ」
棚に収められた絵を、ゼナロリスが小さなテーブルに次々と並べていく。よくぞ残ってくれていたものだ。額に入れていたのがよかったのだろうな。
「絵、ねぇ。そうですか、挿絵もいいですね。ですがグリムちゃん。これはあまり良くないのでは?」
「ん? 何がだアリュ。写実的とは言えぬが、幼女の描いた傑作だぞ。そこには儂への想いが込められているのだ」
「それなら尚更どうかと思いますが。ここにある絵って、ほとんどがいやらしい絵じゃないですか」
「あ? なんだとっ!?」
アルビオーネがいくつかの絵を儂の眼前に押しつけてきた。
「ほら、これも、これも。みんなグリムワルド様が幼女を舐めまわしている絵ですよね。これなんかほら、口に幼女を咥えていますし。こっちは幼女を尻尾でくるんで、こっちはお腹の下に入れてますし。一体、何をしているんですかねぇ?」
「はっ、何を言う。ただの触れ合いだろうが。儂からの親愛の証だ。彼女たちも喜んでいたわっ」
「何も知らない幼子に『これは当然のこと』と擦り込んだんですね? ああ、知っていますよ。こういうのって調教っていうんですよね。奴隷商人が商品に施すやつです」
「だっ、誰が奴隷商人だっ! 彼女たちはな、求めていたのだ。他者との触れ合いを、繋がりを」
無論、儂もだ。アルビオーネは不審の視線を向けてくるが、幼女に関しては真実だ。彼女たちの名誉のために口にはせぬが、その境遇を思えば当然のこと。
まあ、そうでなくとも儂は。うむ。変わらぬがな。
「まあいいです。で、この絵どうします? このまま残しておかない方がいいと思いますよ。いかがわしくないとしても、どう見ても『幼女を喰らう邪竜』の絵ですから」
「それならば持ち帰ろう! オレは気に入ったぞ。これだけあるんだ、群れの奴らにも持たせたい。いいよな、グリム殿!」
ゼナロリスが勢い込んで迫ってきた。持ち帰る、か。いいかもしれないな。群れに持たせるというのは却下だが。小屋に飾っておくのがいいだろう。
「そうだな。アイソスのポシェットにも余裕がある。回収するか」
「おうっ!」
これもまた思い出の一品。儂と幼女との繋がりだ。このまま眠らせてしまうのは惜しい。
そう思い、一枚の絵に手を伸ばすと、額縁が音を立てた。
「む、何だ!?」
額縁だけではない。テーブルが、足元が、部屋全体が揺れていた。
「地震……ですか?」
「グリム殿、とりあえず外へ!」
言うが早いかゼナロリスが駆け出す。同時に、咆哮が轟き、空気の震えが地下にまで浸透してきた。
「まずいっ、アイソス——」
駆け出したものの、足が自然と止まってしまう。
「グリムちゃん!?」
「グリム殿っ?」
先行する二人が振り返る。その背後、地下への入り口から見えた姿に目を奪われてしまっていた。
「奴が、なぜここに——」
アルビオーネとゼナロリスもまた、階段半ばで足を止めて地上を見つめた。二人も気づいたはずだ。アイソスと対峙する奴の姿が。
白い竜だ。
ここからでは全身は見えぬが、儂にはわかる。それが儂の知っている奴だということを。地上ではアイソスよりもわずかに小柄な竜が、唸り声を響かせながら威嚇していた。
「奴、って? グリムちゃん?」
「ああ、儂の知った相手だ。あの白竜の名はエンデルムートというのだ。魔王軍四天王『絶氷』のエンデルムートだ」
「四天王だとっ! ならば早く!」
もちろんだ。もちろんなのだが、体が逡巡してしまっている。理解している。会いたくないのだと。
「グリムちゃん、どうしたのですか!」
「わかっておるわっ。だが、奴は……奴はっ」
「グリム殿! アイソスがっ」
再び咆哮が轟いた。
くっ。そうだ。アイソスを助けねば。だが足が固められたように重い。
「それほどの相手なのですか?」
儂の震えを見て、アルビオーネの表情が険しくなる。ゼナロリスの緊張が伝わる。
その警戒は正しい。だが、どのみち行かねばならん。行って、アイソスを助け、なんとかやり過ごさねば。
奥歯を噛み締めて震えを止め、大きく息を吐く。嫌な奴だ。関わり合いたくなかった。
「気をつけろ、アリュ、ゼナ」
唇が重い。喉がこわばる。
「奴は、エンデルムートはな、かつて儂が番った相手なのだ」




