067 それぞれの準備
魔王城へ向かうために準備した物資、それが届くまでに十数日が過ぎていた。
その間に『幼女大全』は書き進められ、儂は表紙にサインをさせられた。本文を書き記すのはアルビオーネの眷属たる鼠獣人たちだが、儂の直筆も必要なのだとか。
アルビオーネが言うには、このサインがあることで希少性が増すそうだ。今後写本するなかで、その一部にだけ署名をすることで差別化が図れるとか。そして金銭的な価値が上がるとか。そういうことらしい。
というか、金銭的価値とはどういうつもりなのだ、コイツは。
儂にはどうでもいいことだが、最初にそう軽く言っただけでアルビオーネは猛烈に反論してきおった。なので素直に従ったのだが、その出来は、まあ、あまり見た目の良いものではない。
仕方あるまい。幼女の筆遣いは頼りなく、そもそも儂自身も文字を書く習慣などなかったのだからな。
アルビオーネが『この拙さが良いのです』などと言っていたから、釈然としないものの書き直しはしなかった。
儂が『幼女大全』に関わるのはそれだけだ。ゼナロリスによって朗々と、感情を込めてそらんじられる『幼女大全』を耳にすると、なにやらいたたまれない気分になる。
誇らしき『幼女大全』
お気に入りの『幼女大全』
そうであるはずなのに、体が熱くなり、居てもたってもいられなくなる。だから小屋に篭るのだ。
それに、アイソスがどんな顔をして聞いていたかと思うと——。
ああああああああああっ!
このベッドから出たくないぃぃぃぃっっ!!
そんな日々が続き、ようやく大きな荷車に乗せられた物資が届いた。正確には前夜に届けられていたらしい。王都に紛れて暮らす、夜を活動時間とする儂の部下が運んできていた。
「というわけで、これですっ!」
アルビオーネが荷車にかぶせられたシートを剥ぎ取った。
「まずは、アイソスちゃんに。これを持ってね」
荷車からはみ出ていた帯状の革紐を指し示す。アイソスが握って引き上げると、その先から半月型の袋が現れた。
「え、これ……わあっ、ポシェットだ! グリムちゃんとおんなじポシェットだねっ!」
「そうよ。ほら、見て。グリムちゃんのと同じ、竜の刺繍がしてあるのよ」
「ほんとだ〜。ありがとう、アルビお姉ちゃん!」
赤く染められたフラップの部分に、黒い竜が刺繍されている。アイソスは嬉々としてポシェットの紐を首に通した。
ふんっ、と胸を張って得意気だ。なんとも微笑ましき幼女。バッグの部分が胸の下辺りに垂れて揺れる。フラップを開けて中に手を入れ、アイソスは中を覗き込む。
その頭がすっぽりと収まってしまうほどの、竜用と言うに十分なほどの巨大なポシェットだ。これなら必要なものを入れるにも十分だろう。それどころか儂らすら楽に入れてしまうな。
「ああ、そうですね。グリムちゃんはここに入ってもらいます」
「は? 儂はアイソスの手に包まれていたいのだが? アイソスの手の中で飛んで行きたいのだが?」
「そんなことをしていたら、アイソスちゃんだって疲れてしまいます。これなら首から下げるだけですし、寒さだって凌げますよ」
疲れる、か。確かにそれもあるかもしれんが。ん、まあ、アイソスがこのポシェットを気に入っているようだしな。儂が入ってもいいか。
「で、グリムちゃんにはこれです」
「お…………ふひょおあぉぅっ!」
こっ、これはっ! 思わず変な声が出てしまったではないかっ!
儂の前に広げられたのは、それほどに可愛らしい一品だった。
それは真っ白なロングコートだ。裾や袖の周りには同じく白いファーが飾りつけられていた。全体に丸みを帯びた膨らみから察するに、中にはたっぷりの羽毛でも入っているのだろう。頭をすっぽりと覆うフードがついており、その縁も同じくファーが飾る。
フードからは二本のふわふわな耳が垂れ下がっていた。背中側に目を向けると、腰のあたりに綿毛のような丸い尻尾がついている。
「ふぉぉぉぉぉ……」
そうかっ。このコートは雪原兎を模しているのだなっ。
「よいっ! 良いではないかアリュっ!」
「ありがとうざいます、グリムちゃん。よだれを垂れ流すほど喜んで頂けて何よりです。とりあえず、試着してみますか?」
「もちりょんだぅっ!」
腕を伸ばすと、鼠たちが儂にコートを着せてくれた。袖を通すだけで暖かい。今着ている法衣はぴったりだが、このコートの袖丈は少し長いな。指の方まで隠れてしまう。それが逆に暖かさを増しているようだ。
フードをかぶるとすぐに顔がポカポカしはじめる。頬をくすぐるファーが心地よい。美しいアイソスの青髪が隠れてしまうのが唯一の欠点だが、それもよかろう。
鼠たちに掲げられた鏡の前で、踊るように体を回転させると、兎の耳も踊る。わずかにのぞく前髪の青はよいアクセントだ。ああ、兎のように跳ね回りたい気分だ。
「すっごくかわいいよ、グリムちゃん」
「ふはっ、そうだろうそうだろう」
両腕を広げて見せびらかすと、アイソスは再び手に乗せてくれた。
「ふわふわで、おててがあったまるの」
「それはいい。ずっとこうしているのだ」
「うんっ」
こね回すような手の動きだ。ああ、このまま混ざり合ってしまいたい。
「雪用のブーツと手袋もありますからね」
「おおっ! さすアリュ!」
「ありがとうございます。では最後に私のをご覧ください」
ん? 別にお前のはどうでもいいが。
儂の目の前で、荷車から夕焼け色の毛糸の塊が現れた。太くやわらかそうな毛糸で編まれた服……なのか? アルビオーネがそれを頭から被ってゆく。彼女の長い蛇身に合わせた、長大な服だ。
いや、服というよりも、ただの筒だな。体をくねらせながらアルビオーネは毛糸のトンネルを進む。ついには尻尾の先端までが毛糸に包まれた。
「どうです? 全身を包むこの衣服。完璧な暖かさですよ」
「ふっ、なんだそれは。まるで毛虫ではないか」
腕を出すための袖も無いその服?に収まったアルビオーネは、まさに手足のない蛇。どころか毛糸のせいで虫のようだ。顔だけを覗かせた姿は滑稽でしかない。
「ふふっ、浅い。浅いですねぇ、グリムちゃん。この衣装の真の力に気がつかないなんて」
「真の力? 虫よろしく土の中にでも潜めるのか?」
「見なさい。この衣装の真の力は——これですっ!」
地面を蛇身で打ち、アルビオーネは跳ね上がった。そして、吸い寄せられるようにアイソスの首元へ巻きつく。
……あ。これはっ! そうかっ!
「ふふふっ。これが真の力ですっ! 私の防寒着にしてアイソスちゃんのマフラー。この私がアイソスちゃんを温め、アイソスちゃんからも温められる。至高の一品なのですっ!」
「くっ……、ず、ずるいぞアリュっ! そんな、そんなもの、儂も——」
「ちびちびのグリムちゃんには無理ですねぇ。魔王城への道中では、ずっとこうしていますから、グリムちゃんはポシェットの中で休んでいてくださいね〜」
ぐ、くそっ。そんなことを考えていたとはっ。
「これもあったかくて気持ちいいよ、アルビお姉ちゃん。ずっとこうしているの?」
「そうよ〜。いいでしょう、ポカポカして」
「うんっ。わたしうれしいっ」
アイソス……。そんなっ。アルビオーネの尻尾などに頬擦りしないでくれ。儂も、儂ももっと温めてくれ。
「では、これで準備は整いましたね。あとは諸々の消耗品とかですから。ポシェットに詰めてしまいましょう」
「ちょっと待て、アルビオーネ。オレには? オレのものはないのか?」
儂らを見上げながらゼナロリスが不満を漏らした。齧りついていた骨つき肉をアルビオーネに向けて振り回す。
「おい、ゼナ。やめろ。汁が飛び散るではないか。せっかくのコートにかかったらどうする」
「そうですよ、ゼナロリス。それに貴方は何も要求しなかったではないですか。寒さなど平気だ、とか言って。服だって窮屈だからと着ないですし」
「そうだがっ! だが、オレだけっ!」
ん、まあ、少しかわいそうかもな。ゼナロリスとて立派な幼女。仲間外れになどできん。ならば。
「ゼナよ。お前には儂の服を貸してやろう。小屋にある服をどれでも使うがいい」
「小屋の……」
呟くゼナロリスの表情が、一気に緩んだ。瞳に輝きが宿る。
「グリムワルドコレクションかっ! あの、全幼女対応の! オレが使ってもいいのかっ?」
「ああ、構わんぞゼナ」
「おおっ!」
だが、その呼び名はやめるのだ。儂はそんなふうに名付けた覚えは——ああ、あったかも。ゼナロリスにも語ったかもしれん……。
「よかったですねぇ、ゼナロリス。それと、貴方の服はありませんが、ちゃんと用意しているものはあるのですよ。ほら、その袋の中です」
「ん、あるのかっ。オレの——、あ? なんだこれは?」
アルビオーネが全身で指し示した袋を開き、ゼナロリスは小さな装飾品をつまみ上げた。
「チョーカーです。ついでに作らせました。グリムワルド様を象徴する、黒色の首飾りです」
「首飾り? これをどうするんだ?」
「身につけるに決まっているでしょう? これまでの貴方には無縁でしたが、その姿ならばおかしくないですよ。ねえグリムちゃん」
「そうだな。ゼナよ。儂がつけてやろう」
派手さとは対極にあるシンプルなチョーカーだった。手にとってわかったが、これは金属細工ではなく革を染めたものだな。ああ、アイソスのポシェットと同じ質感だ。
「お、おおっ、これはっ! いいぞ。なんだか身が引き締まるようだっ」
紅の毛皮に黒のワンポイントというのは目を引く。なんだか標的にされそうな気がするな。まあ、早速駆け回るほどに気に入ったのならいいか。
「これで準備完了ですね。いつでも出発できますよ」
「ああ。それでは行こうではないか」
魔王城へ。
素晴らしき旅路を。
そう、アイソスとの本格旅行だっ!
お読みいただきありがとうございます。
次回より新エピソード開始です。
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【次 回 予 告】
かつて栄えた湖畔の街。
残っているのは幼女との楽しい記憶。
昔日の想いに惹かれるように、グリムちゃんは足を踏み入れます。
そこに、因縁ある竜が現れたのです。
次回、
廃都の白竜
全五話です。




