066 『幼女大全』
とはいえ、だ。ここをあまり長期間留守にするのは気がかりだ。儂の洞窟には貴重な宝もあるのだ。街の人間が侵入することなどないとは思うが、よからぬ輩というのはどこにでもいるものだしな。
「オレの仲間に守護させるぞ。グリムワルド様の聖域、命を賭して守るのは当然だ」
「まあ、クリムゾンウルフ達なら、並の人間相手であれば問題ないだろうな。だがヤンデルゼのように魔王軍の奴が来ないとも限らん。守りは固めておかねばな」
儂が寝床にしている洞窟は単純な穴蔵ではない。いくつもの分岐した通路に、部屋となる空間。儂の大きな身体でも不自由のない領域を確保している。地熱を求めて、だいぶ深くまで広げたからな。
そこにはこの山に来る前に貯めた宝石の類や、儂に襲いかかってきた輩の残した武具なども存在する。
だが侵入者を拒む迷宮というわけではないため、仮に侵入する者がいたら、そこらに放置されたものは好きに持ち出すことができるだろう。
現にアルビオーネは、ここの宝を用いて街で合法的な取引を行っている。先は『破魔の大剣』という武器も勝手に持ち出してきたようだしな。
「守りとかいう前にですね、少しは片付けたらどうですか。洞窟の中は散らかり放題じゃないですか」
「は? 何を言う。これが良いのではないか」
「進むたびに、ゴミのように金貨や宝石が落ちているのですが?」
「ゴミ言うなっ。これがベストの配置なのだっ」
綺麗に金貨を山積みにしたり、規則正しく宝石を陳列するような同胞もいるが、暇な奴だとしか思わん。ふと宝石を眺めたくなった時に、手の届く位置にあった方が合理的ではないか。
「言っておくが、勝手に片付けるなよ。アイソスだって、あちこちで宝石を目にすることができて嬉しかろう?」
「キラキラしててきれいだと思うの。でもね、ふんじゃったりするからね。グリムちゃんはお片付けできないの?」
う……、それを言うかアイソス。そんな悲しそうな瞳を向けないでくれ。
「で、できないわけではないぞ。この配置にはな、重要な意味があってだな」
「そんなものはありませんっ! いいですか、アイソスちゃん。こんな怠惰な大人になってはダメですからね」
「うん。じゃあ、グリムちゃん。お片付けしよっか?」
アイソスに掌から下ろされた。嫌だ。この流れでは儂が片付けなければならないではないかっ。
「アイソス、後でやるからな。今は、その、そう。尻が痛くて」
「あ、そっか。ごめんね。後で一緒にお片付けしようね」
「ああ、そうだな。後で、な」
まあ、とりあえずはこれで。そもそも片付けなど必要ないのだ。普段は儂がこもっているため、外敵など来ようはずもない。アルビオーネが蔑むように儂を見下ろしているのが気に食わんが。
「一応言っておくが、これらの宝石やらはいわば囮だからな、アルビオーネ。本当に大切なものや、ひとの手に渡っては困るものというはちゃんと隠しているのだ。特定の部屋に納めて封印を施してある」
今のこの身体では封印を解除する術が使えないため、残念ながらその大切なものに触れ合うことはできない。
「本当に大切なもの? そんなものは——ああアレですね。『幼女大全』でしたっけ」
「ようじょ——?」
「ええ、アイソスちゃん。グリムちゃんが書いた女の子の本よ」
「グリムちゃんが!? ほんと? わたし見てみたいな」
「え……?」
いや、なぜそんな話になる? 確かにアレは封印してある。それは儂が『幼女断ち』をしている間に目に触れぬようにしたのだ。今思えば愚かなことだ。
「ねえ、グリムちゃん。見せて。わたし読みたいの。ね、いいでしょ、いいでしょ」
何がそんなにお前を食いつかせるのだ、アイソスよ。これほどに瞳を輝かせて。まあ、先程のように悲しい目を向けられるよりはいいが。
「いや、あれは、アイソスには少し難しい内容だからな。それにアルビオーネよ。勘違いしているようだが『幼女大全』という本は存在しないぞ」
「え? ですが、ゼナロリスが言っていたではないですか」
「正確には『本』という形をとっていない、ということだ。今は使われなくなった文字を使い、その一節一節を魔術で無数の宝石に分割して刻み込んであるのだ。ゆえにお前らでは読むことは叶わん。それにその宝石は現在、封印中だしな」
そもそも他人に読ませることなど想定していないのだ。儂の密やかな趣味だ。読み返し、儂さえ楽しめればいいのだからな。そんな、他人に公開するなど……。
「はあ、そうでしたか。なんてせせこましい。誰にも見られないように、自分だけがわかる文字で、薄暗い洞窟に篭って、イヤらしくニヤニヤしながら幼女のことを刻みつける姿がありありと浮かびましたよ」
なんだその悪意のある言い方は。おおむね間違ってはいないかもしれんが。おかげで、なんだかアイソスまで引いているように見えるではないか。
「ま、そういうわけでアイソス。残念ながら読むことは——」
「大丈夫だっ!」
突然、ばんっ、と力強く肩を叩かれた。獣幼女の手だ。
「オレは全てを覚えている。知りたいのならば聞かせてやろう。このオレが、グリムワルド様の言葉を忘れるわけないからな。『幼女——我が源』から始まる壮大な聖典を、オレが披露してやるぞっ!」
「ぜ、ゼナっ!?」
コイツ、何を言い出すんだっ。アレを聞かせるつもりなのか。いかに素晴らしきものでも、儂個人の楽しみなのだ。それを他人に知られるのはだな……。
「ああ、ゼナロリスは読み聞かせられていたのですね。ご愁傷様です。それで知っていたというわけですか」
「もちろんだっ。オレは一言一句違えることなく話すことができる。そして、時折挿入される物語。情感たっぷりのグリムワルド様の語り口。このオレが全て再現してやるっ」
「ちょっと待てぇぇぇぇーーーーっ!」
ゼナロリスの手を払って叫ぶ。振り返るその動きだけで尻に響くが、気にしている場合ではないっ。
「ゼナっ、なぜお前にそんなことができるっ。確かに儂はお前に語ったかもしれんがっ。それに、いいかゼナ。アレはお前だから語ったのだぞ。お前だけに語ったのだ。それを他人に吹聴するなど、許されるものではないわっ」
「オレだけに……? そうかっ。グリムワルド様は幼女なオレを思って語ってくれたというわけか。それならば、この胸にしっかりと留めて——」
「ダメです」
あ? 口を挟むなアルビオーネっ。せっかくゼナロリスが思いとどまったというのに。
「ゼナロリス。それほどに重要なものであれば、貴方だけのものにしてはいけません。グリムワルド様の偉大なお考えなのですよ。その思想を表した『幼女大全』 それを皆に広めなくてどうするのですか。それはグリムワルド様の偉大さを知らしめることになるのではないですか?」
「な……なるほどっ。確かにそうだなっ。篭りがちなグリムワルド様のお考えを、我らが伝えねばならないなっ」
「なじぇしょーなるぅぅ————んむっ」
やめろアルビオーネっ。儂の口を塞ぐなっ。抱き上げるなっ。その横顔、微笑んでいるつもりだろうが、邪悪な笑みにしか見えんわっ。
「そう、その通りです。そこで一つ思いついたのですが。現状、『幼女大全』を語ることができるのはゼナロリスだけなのですよね?」
「そうだ。オレだけに授けられた聖典だ」
「ん〜〜っ、ん〜〜っ!!」
やめろっ。何をする気だっ!
「でしたら、文字に起こしましょう」
「なに!?」
「——っ!?」
「そう、書き記しちゃんとした書物として形にすれば、皆が目にすることができます。グリムワルド著『幼女大全』として世に広まるのですっ!」
「おお、それはいいなっ! 多くの者が知ることができるぞ。……だがアルビオーネ。オレは人の文字など知らん」
そうだ。そんなことできるかっ。儂だけが知る形で残っていればいいのだ。ゼナロリスとて、いずれは記憶も薄れるだろう。
「ああそれは大丈夫です。わたしの眷属を使いますから」
は!?
「あの鼠たちか」
「そうです。奴らは手先も器用ですし、人の文字も書き記すことができます。ゼナロリスは、ただ語ってくれればいいのです」
「わかった。それならば問題ないな。それではアルビオーネ、早速鼠たちを呼んできてくれ」
いや待てっ! 待つんだっ! くそっ、振り解けん。口をそっくり覆われているため、噛みつくこともできんっ。
「もちろんです。新たな物資も発注しなければなりませんし、街に行ったついでに呼び戻しましょう。ああ、楽しみです。準備が整い、魔王城へ向かう頃には製本まで進みますかねぇ」
「大丈夫だ。分量は多いが、オレはやるぞっ! 休みなどいらん。全てを一気に語るからなっ」
「その意気です、ゼナロリス。期待しますよ」
「おうっ!」
あ……。これもうだめだ。とまらない。儂のひそやかな趣味が……儂だけの楽しみが……詳らかに……。
「あ、落ち着いたようですねグリムちゃん」
ようやくアルビオーネに解放された。乱れた儂の髪と衣服を整え、ぽんぽんと頭を撫でてくる。
だが落ち着いたのではない。諦めただけだ。
「お前ら……本気なのか……」
「もちろんです。なにやら嫌がっていますが、自信がないのですか? 自分で創りあげたものが。大丈夫。きっと多くの人が手に取ってくれますよ」
「そういうことではないっ」
確かに、幼女の素晴らしさは広めていきたい。
同胞の竜たちも皆、わかっていないのだ。人の世にも『竜は若い娘を望む』などと誤った常識が広まっている。その認識は正さねばならないだろう。
だが、こんな手段ではない。ましてや儂の名で『幼女大全』を広めるなど自作自演ではないか。儂の理想の形とは程遠い。
「いいか。仮に『幼女大全』が儂の名で広まったとしたらどうなる? この儂がつけ込まれるではないかっ。幼女を餌にでもされたらどうするっ。いや、儂はいい。望むところだ。是非ともお願いしたいっ! だが、そのために駆り出された幼女はどうなる。儂はそんな捨て駒のような目に合う幼女のことを思うと耐えられんのだっ」
「もう手遅れだと思いますが。でも、そうですか。そんな心配もあるのですね」
わかればいい。なにが手遅れなのかはともかく。悟ったように頷くアルビオーネは、手を打ちつけた。
「では、こうしましょう。製本は行います。ですが名前を変えるのです。そうですね——グリムちゃん。グリムちゃんでいいでしょう。『幼女大全 著:グリムちゃん』でいきましょうか」
「は? 同じではないか」
「そんなことはありませんよ。グリムちゃんがグリムワルド様だってことは知られていないでしょう? それに、グリムワルドという名にするよりは親しみやすいと思いますよ。どうせ大した内容——いえ、内容にふさわしい、可愛らしい名前だと思います」
コイツ今なにを言いかけた? いや、だが、反論すれば余計に口実を与えてしまうような……。
まあ確かに、儂の名を出すよりはマシか。この辺りが妥協点かもな。
しかし、この素晴らしき幼女の書が世に出回るか。儂の名が出ないのであれば、それはまあ、うむ。良い。良いのだ。
世の認識としては、だ。
儂は幼女好き。だから幼女を捧げる——ではダメなのだ。
竜はみな幼女好き。だから幼女を捧げる——となるのが理想なのだから。
「オレは、グリムワルド様の名でいいと思うぞ。この素晴らしき思想が、グリムワルド様のものだということを知らしめるべきだ」
「蒸し返すな、ゼナっ! もういい。グリムちゃんの名で『幼女大全』を広めるのだっ!」
言われてゼナロリスは俯き、耳と尻尾を垂らす。それほどしょげかえることか? だがその態度、幼女らしくて良いぞ。少しずつ板についてきたな。
「そうか……。ならばオレは語るのみだ。アルビオーネよ、早く鼠どもを連れてくるんだ」
「もちろんです。これで全てがうまくいきます。グリムちゃんとアイソスちゃんは元の姿に戻り。魔王城から戻ってきたら『幼女大全』を世に出し。そして私は——ふふっ、くふふふふっ。今からワクワクしますねぇ」
なにやら晴れやかな表情で笑みを漏らすアルビオーネを見るに、不安しか湧かなかった。




