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061 勇者の力と戸惑う幼女竜

…………は?


 え、なに? 今、何と言った?


「は〜い、勇者さま〜〜」


 声がしたのはあの馬車からだ。降りてきたのは当然幼女。


「ルフォートちゃん!」

「およびでしゅか、ゆーしゃさま」


 再び呼びかける『勇者』ヒューロ。応えて現れる縦巻き髪の幼女。大人になり切れていない青年、といったふうの面持ちのヒューロは、満面の笑みで彼女たちを迎える。


「パームちゃん!」

「はいですっ!」

「チロルちゃん!」

「はいはいは〜い」

「アンライちゃん!」

「ん!」


 幼女が湧いてくるっ!? 次々とその名前を口にする勇者は隙だらけだ。だが、攻撃できん。できるはずがないっ。こんな……こんなっ、幼女たちをっ、見逃せんわっ!


「カントマちゃん!」

「は、はははははいっ」

「マシュちゃん、ハンフちゃん!」

「「はいっ」」

「ルルキィちゃん!」

「みゃうっ!」


 これはっ、一体どこまで増えるのだっ? 『勇者』は至高の詠唱を続けている。幼女は召喚され続けている。終わりが見えん。終わらんでくれ。


 しかし、なぜ。なにを考えている? もしやこの儂を懐柔する気か? だとしたら——何と狡猾なっ。これが『勇者』かっ。

 だが。そう、悪くない。悪いわけがなかろう。震えが止まらん。

 なんたる光景。幼女が、様々な幼女がひとかたまりになって、瞳を輝かせながらこちらを見ている。そして、大きく胸を膨らませて——。


「勇者さま、がんばって〜〜〜〜!」


「んぬおぉっ!!」


 なっ、なぜだっ!?


「ああ、ありがとう、みんなっ。頑張るからなっ」

「がんばれ〜、ゆーしゃがんばれ〜」

「ヒューロさまぁ。やっつけちゃえ〜〜っ」


「ぬぐぅぅっ!」


 こ、この幼女たちは、まさか。


「これが幼女の力だ。俺の力だ」


 なにを言っておるのだ、コイツは。胸が痛む。幼女の声援が心に響く。儂以外に好意の瞳が向けられているなど、耐えられん。


「グリムちゃん、あの子たちかわいいね。わたし、お友達になれるかなぁ」

「あ、アイソス。そうだな。儂にはお前がいるではないか」


 攻撃が止み、アイソスの恐怖が和らいでいた。幼女たちを目にしたことで、少しずつ穏やかになっていったのだろう。そんな感情が魔力回路を通じて伝わってくる。

 そうだとも。儂にはアイソスがいるのだ。儂と最も深く繋がることのできるアイソスが。だから、一時の誤解など儂は耐えられる。


「はやく〜〜。あんな魔物やっつけて〜〜」

「やっちゃえ、ゆーしゃさま〜〜!」

「任せろ。みんなに見せてあげるからなっ!」


 くっ……。


 ヒューロが銀槍の柄を握った。その拳が輝いている。光は広がり武器全てを覆い尽くす。ヒューロが構えたときには、奴の周囲にまで雷のように輝きが迸っていた。

 向けられた(きっさき)に、アイソスの動揺が伝わる。


「安心していいよ、グリム。この光は君を傷つけない。幼女の力は、邪悪な魔物だけを打ち滅ぼすからね」

「幼女の力、だと」

「そうさ、『堕落の竜』よ。これは、幼女を貶めるお前への報いだ。俺の『勇者』としての力だ。さあ——」


 びくり、と竜の身体が引いた。儂の魔力による操作よりも、アイソスの感情に反応して体が動く。


「くらええぇぇーーーーーーっっ!!」


 ヒューロが銀槍を放った。いや、槍はそのまま。放たれたのは纏った光のみだ。光が槍の形を成し竜の首筋を掠めて空へ消えた。


「ひっ!」

「まだまだーーーーっ!」


 追撃の光が生まれる。ヒューロが槍を振るうたびに、新たな刃がアイソスへ向かう。


「ちっ」


 歯痒い。回避を試みるも間に合わん。恐怖に身体を縮め、だた防御しようとするアイソスの意思が、儂の魔力による操作に勝ってしまう。


 確かに威力が増してはいるが、この攻撃は竜の体に深手を負わせるほどではない。鱗を切り裂き、辛うじてその内側の肉に達してはいるが、そこまでだ。

 幾つかは儂を、幼女の身体を掠めた。ヒューロの言う通り、このアイソスの体には影響を及ぼさないようだ。それだけは安心できた。


「アイソス、落ちつくんだ。こんな程度、何ともなかろう。だから、落ちついて力を抜いてくれ」


 わかっている。語りかけながらも、それが難しいことだと。攻撃されること自体がアイソスの心に恐怖を刻みつけているのだ。このまま受け続けるわけにはいかん。


「聞いてくれ、アイソス。儂が守る。安心しろ。こんなものは、何の害もないのだ」

「グリム……ちゃん……どうして、わたし」

「我が術で、お前を守るからな」


「こいつが、耐えられるかっ!」


『勇者』が動きを止め気勢を上げた。攻撃が止み、代わりに槍からは光が奔流し、拡散する。霧のように漂う光の粒子が儂らを取り囲んだ。

 その光のドームに濃淡が生まれた。光が凝縮した部分から、無数の光槍が生み出される。全てが(きっさき)を儂らに向けて。


 全方位からの一斉攻撃か。ならば。


「——『絶対幼女領い——」

「いやぁぁっっ!」


 くっ、アイソスぅぅっ! 


 アイソスの悲鳴が術の詠唱を阻害してしまう。コネクトしているとはいえ、魔術は本来の竜の体でしか扱えない。当然詠唱もだ。


「くらえっ、『堕落の竜』よっ!」

「くおおおおおおおおーーーーーーっ!」


 避けられんっ。弾き返すこともままならん。

 儂の意思を受け取ることなく、竜からは悲鳴が漏れ身体が丸められる。地に伏した竜の全身には光の槍が刺さり、すぐに実体を失って消えた。

 跡からは血の滲みが黒色の鱗を染める。そこに確かに存在した、と主張するようかのように。


 くそっ、まともに戦えん。コネクトしているというのに、体を操ることも、術の詠唱すらできんとは。

 代わりに、コネクトしたこの手からアイソスの恐怖に染まった感情が流れ込んでくる。儂の心すらも染めてしまいそうな、絶望した幼女の悲しみだ。

 そして、仮に自由に動けたとしてもだ。あの『勇者』に攻撃を加えることに躊躇してしまう。あの幼女たちの目さえなければ……。


 やむをえん。


「アイソス、帰ろう。これ以上ここにいる必要はない。とりあえずはぴーちゃんのところに戻ろう」

「グリムちゃん……でも……」

「動けるか? 飛べるか? 痛むだろうが、傷は浅い。どうか頑張ってくれ」

「ごめんね、グリムちゃん……。グリムちゃん、楽しみにしていたのに、ごめんね……」


 アイソス……。やはり儂のためにとどまろうとしていたのか。今も、儂を包むように手を添えている。こんなに全身を震わせながらも、儂を守ろうとしてくれているのだな……。


「儂のことはいい。儂はお前がいてくれればいいのだ、アイソス」

「うん……」

「だから、もう帰って休もう。ただな、もう少しだけ待ってくれ」


 すぐにでもここから離れたい。が、その前に『勇者』ヒューロにこれだけは言っておかねばならん。


 儂が幼女を悲しませることなど、するはずがない。ましてや堕とすだと? 『堕落の竜』などと呼び、この儂の幼女への想いを貶めるなど許しがたい。

 そもそも儂は『幼女断ち』をしていたのだ。少なくともヒューロの連れている幼女たちが生まれる遥か昔から、儂は幼女と触れ合っていなかったのだから。


 コネクトを維持したままアイソスの手を開かせる。


「おい、『勇者』ヒューロ————」


 え?


 奴の姿を目にして言葉を失ってしまった。信じられん。ああ、コイツは。


 コイツは——。


「な、な、な——なにをしておるのだあぁぁぁぁーーーーっ!」

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