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060 勇者猛撃

 白銀の槍を振るう『勇者』に対し、アイソスは防戦一方だった。その攻撃は人の身であることを鑑みれば速度は十分、力も乗せられている。それでも、竜の鱗を貫くほどのものではない。

 だが、アイソスには対処できない。できるはずもない。竜の姿をしていても、幼女なのだ。敵意に曝され、恐怖を払うように腕を振るうだけだ。


『勇者』はそれを余裕で避ける。わずかな体捌きで単純な軌道から身を逸らし、躱しざまに槍の柄で打ち払う。攻撃が通じていないというのに、悲壮感は見えない。


「はっ、やっぱりな。幼女しか襲えないような竜だ。ただ硬いだけの木偶だな」


 その嘲笑は『自分はまだ本気ではない』と主張しているようだった。貴様とてアイソスに、幼女に攻撃しているだけだというのに。


「やめろーーーーっ!」


 手にした聖杖を『勇者』ヒューロに向けて振り下ろす。が、奴はこちらを見ることもなく、反射的な動きで受け止めた。片手で握った聖杖をひねり上げられると、儂の握力は少しも抗えなかった。


「君は……? フランはっ!?」


 今気づいたとでもいうように呟き、ヒューロは『聖女』に目を向ける。


「貴様、アイソスにっ、儂のアイソスに何をしておるのだーーーーっ!」

「なぜ——いや、君は。そうか。でも今はっ」


 儂を抱えヒューロが飛び退いた。アイソスの爪が儂らのいた空間を切り裂く。


「アイソス!?」


 なぜだ? なぜ儂に? 儂がわからないのか?


 追撃はなかった。儂らの遥か頭上から振り下ろされた鉤爪は地面を穿ち、アイソスはつんのめるようにバランスを崩していた。


「てめえっ! 幼女ごと狙ったなっ!」

「いきゃぁぁぁぁっ」


 竜の額に『勇者』の一撃が決まる。アイソスが後ずさる。

 効いてはいない。この程度、ダメージはないはずなのだ。恐るるに足らぬ攻撃だ。現に身体には傷ひとつない。ただ、角にかけていた儂の花冠がバラけて落ちた。


「いやっ。やめて、やめて……わたし……」

「う、おぉぉぉぉぉぉーーーーっ!」


 繰り出す穂先が分裂したかのように見えた。無数の槍が無防備なアイソスの胸を、腹を、全身を襲っている。儂を解放し、身軽になったゆえの連撃か。それを受け小さく悲鳴を上げ続けるアイソス。

 ほんの短かな間、儂はただ蒼い瞳にその姿を写してしまっていた。


「だめ、やめて、おねがい……」

「痛みを知れっ。お前が傷つけてきた幼女たちの痛みをぉぉっ!」

「やだ……もうイヤ……。こわいの……やだやだやだやだーーーーっ」


 あ、この兆候はっ! ダメだ、アイソスっ。それはっ。


 遥か上空を臨み首が反らされる。悲鳴を押し出す口元に闇の炎が踊る。放たれるは竜の息吹。


「いやあぁぁぁーーーーーーっ」


 炎が膨張する。纏った闇が竜の顔に影を落とす。

 強い。これまでアイソスが見せた、どのブレスよりも。そう思わせる力が大気を震わせながら伝わってくる。


「————ぁぁぐっ!?」


 その顎が闇の炎を放出することなく閉じた。閉ざされた。槍の穂先から放たれた光が竜の下顎に衝撃を与え、無理矢理に塞いでいた。


「……ぁ……ぅうう……」


 呻き声と共に、アイソスの体が揺らいだ。萎れた茎のように首が折れ、その鼻先が地面に触れ、最後には竜の巨体が草原に沈む。


「アイソスっ!」


 馬鹿な。そんなはずがあるかっ! あの程度でっ!


 駆け寄る儂を塞ぐように、ヒューロがアイソスの傍らに立った。儂を片腕で拘束しながら、地面に伏す竜の頭部を見下ろし、その至近の地面に白銀の槍を突き立てる。


「ひっ。もう……やめて……」

「お前は俺のっ! この俺の幼女たちを狙ったなっ!」

「やだよぉ……わたし……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 長い首を丸め、アイソスは両腕で頭を覆っていた。涙を溢さんばかりに声を震わせている。それは紛れもなく、脆弱で、守るべき幼女の姿。

 なのに動けない。くそっ、この儂がアイソスを助けねばならんというのに。『勇者』の力から逃れられん。


「『堕落の竜』よ。お前はそうやって懇願する幼女たちを連れ去ってきたのだろう? 傷つけてきたのだろう?」

「いや……ぁ……たすけて……ごめんなさい、たすけて……」


「——これで最後だ。先程までの仕置きとは違うぞ」


 怒りを払うように息を吐き、ヒューロは突き立てた槍を引き抜いた。両手で握り振りかぶると、その穂先が輝く。


 今だっ! 儂を捕まえていた手が離れた!


 アイソスを庇う為その頭部に身を投げ出す。ヒューロの動きが止まる。


「どいてくれ、グリム。君を解き放ってあげるんだ。君も目覚める」


 真剣な口調。疑いなき確信の瞳。だが、一切真実ではない。それを儂が口にしたところで『勇者』は信じまい。


「愚か者が。貴様にはこの儂が思い知らせてやる」


 アイソスに体をあずけながら睨み返すと、ヒューロの瞳がわずかに揺らいだ。


「グリム、君は————」


 言葉半ばに『勇者』の体が吹き飛んだ。草原に浅い路を作りながら転がり、その手から得物が離れる。


 油断していたわけではないだろう。だが奴は反応できなかった。当然だ。ヒューロを襲ったのは竜の尾の一撃。


 コネクトした儂の一撃だったのだから。






『勇者』の前に身を晒していたとき、一方で儂はアイソスの手に触れていた。頭部を庇うその指の一本を儂の体で遮った。鋭い鉤爪は幼女の柔肌を容易に切り裂き、達したのだ。アイソスの『魔力回路』に。


 ああ。


 久しぶりの素晴らしき感覚。幼女と繋がるという至上の歓喜。それは我が究極の到達点。


——そうであるはずが。


 コネクトした儂に流れ込んできたのは、闇に染まった感情。耐え難き恐怖だ。喜びなど感じることもできなかった。

 儂のせいだ。こんな思いを抱かせてしまうなど、許しがたい。儂自身を、あの『勇者』を。


 魔力回路を通じて、アイソスの魔力を竜へと巡らせる。感じたのは、まるで長き眠りから覚めたばかりであるかのような全身の強張り。


「アイソス、安心しろ。儂だ。グリムちゃんだ。儂が戻ってきたからな。もう、何も恐れることはないぞ」

「グリム……ちゃん……?」

「そうだ。儂だ。わかるか?」

「う……ん。グリムちゃん……。え、ええっ?」


 金色の瞳を瞬かせながら、縦長の瞳孔が儂を捉えて窄まる。


「グリムちゃん、わたし、へんなの。わたし、からだがね、あのね」

「ああ、すまない。今はな、儂がお前の体を動かしているのだ」

「え?」


 竜は幼女を掌に乗せて起き上がっている。それは、コネクトによって儂本来の竜の体を操った結果だ。

 体が勝手に動くという感覚に驚くのも無理はないだろう。初めてコネクトを使って四天王イズキャルルと戦ったときは、アイソスは眠らされていたしな。


「儂とお前はな、今ひとつにつながっているのだ。理解はできないだろうが、アイソス。儂を感じてくれているか?」

「グリムちゃん——あ、うん。あのね。なんだか、うれしいの。グリムちゃんが一緒にいるんだね」

「その通りだ、アイソス。そして、この儂がお前を怖がらせている奴をやっつけてやるからな」


 そのまま草原に視線を落とした。『勇者』ヒューロが槍を構えている。鎧の脇腹辺りが破損しているな。息も荒い。だがその瞳には未だ力がある。まだ気力十分といったところか。望むところだ。


「我が一撃を耐えるとはな。さすがは『勇者』を名乗るだけのことはある」


 竜の口を使い、形だけの賞賛を贈ってやった。それに対し、『勇者』は唾を吐き捨て口元を拭う。


「お前——雰囲気が変わったな」


 突きつけられた鋒先に、竜の身体はびくりと反応した。これは——アイソスの感情か。アイソスの感覚に従い、竜の体は恐怖に竦んだということなのだろう。


「……そういうことかよ。お前は幼女を(さら)う『堕落の竜』だ。幼女を手にしたことでその力を発揮する、ってわけか」

「当たらずとも遠からず、とだけ言っておこう」


 少なくとも儂は、幼女を「(さら)う」ようなことはしないからな。互いに素晴らしき時を過ごすだけのことなのだから。


「堕竜が。けど……そうか。ならば俺も、真の力を使わせてもらおうか」

「真の力? そんなものがあるのならば、見せてみるがいい。この儂に通じる力であることを祈るのだな」

「ほざけっ」


 ヒューロは槍を地面に突き立てた。大きく息を吸い、吐く。二度三度繰り返し、最後に呼吸を整えると、儂に向けられた瞳に力が宿ったように感じた。


 来るか。


 だが、何ができる。今の儂を脅かすことすらできないだろう。あの光を放つ技だろうと、傷つくことなどなかったのだ。

 まあ、どんな技であれ力であれ、アイソスを怖がらせた報いを受けさせてやるがな。


 ヒューロは儂から視線を外した。それどころか儂の方を向いてもいない。半身になってあらぬ方向を見据えている。

 そうして『勇者』ヒューロは叫んだ。


「——エリゼちゃん!」

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