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059 聖女の想いと抗う幼女竜

「馬車の中にいた子供たちを見たでしょう。彼女たちは皆、私たちが助けたの」


 儂の前で腰を落として、フランウィーヌは目線を合わせてきた。


「彼女たちは魔物に(さら)われて、心を壊してしまったの。それを私の力で癒してきたの。ねえ、グリムちゃん。あなたが無事でよかった。癒すことができるといっても、そんなふうになってしまった子たちを見るのはとても辛いから」


「幼女——たくさん……」


「そうよ。そんな魔物なの、あいつは。だからあなたを救えてよかった。私とヒューロはね、『聖女』と『勇者』だから。いずれは魔王軍と戦わなければならないの。それまでの間に彼女たちを救ってきたの。救えなかった子もいたけれど——」


『聖女』は首を振り、儂の頬に手を添えてきた。手は頬をなぞり、肩を撫で、滑らかな動きで法衣の上からお腹に触れる。


「だから、私があなたを助けます。あなたは他の子とは違うみたいなの。あなたからは、そう、悪しき何かを感じるの。それを今から浄化します」


「ぅん……っ」


 小さくお腹が押し込まれた。四天王ヤンデルゼによって刻まれた呪印。その活性化。不快な記憶が蘇り、反射的に一歩引いてしまう。


「安心して。なにも怖いことはないのよ。私が授かったこの力で、あなたを解き放ちます」

「なんだと? 貴様にそれができるとでもいうのか? この呪印を」


 上着のボタンに指をかける。それを外そうとし——直前に思い直して、シャツをたくし上げた。


「……っ!?」


 フランウィーヌの体が固まった。視線が呪印に集中している。

 恐る恐る広げられた掌が、お腹に暖かさをもたらした。直接触れられたのは、以前にアルビオーネによって触診されて以来だ。あのとき危惧したような不快な侵食は今も感じないが、だからといってこれが何の機能も果たしていない、ということはないはずだ。


「これは……こんな……酷い……」

「貴様に、できるというのか?」


 思わず挑発的な口調になってしまう。忌々しいが、あのヤンデルゼの施した呪印だ。『聖女』とはいえ、易々とどうにかできる代物ではないだろう。


「……いえ、私は、それでも」


 小さくかぶりを振って、彼女は祈りを漏らす。掌から伝わるのは魔力だ。それが儂の体に浸透し呪印に作用を始める。

 瞬間、呪印が反応した。活性化したときのような呪詛めいた魔力の浸透ではない。外敵から身を守るために体を丸める装甲蟲の如き変異だ。

 それを感じると同時に、『聖女』は儂の体から飛び退いた。


「そんな!? どうして? この術は——」

「ふん。やはり無駄だったようだな」


 儂の言葉に、唇をわななかせた。しばし呆然としていた彼女は、それでもキュッと口を結び、再び手を伸ばしてくる。


「やめろっ!」


 ダメだな。やはりコイツにそこまでの力はない。そんな奴が仮に呪印を解くことができたとしても、それだけだ。今、させるわけにはいかん。


「……どうして。グリムちゃん、あなたは危険な状態なのよ。今はまだ何もないかもしれないけれど、そのままではきっと私の——妹のように手遅れに!」


「黙れ、後期幼女が。貴様如きが手を出すなっ」


「嫌ですっ。あなたを癒させてください。救わせてください。そのために、私はこの力を得たのですから。そのために、私たちは魔物と戦っているのですから!」


「貴様の事情などどうでもいいわっ。それに『救う』だと。この儂が、貴様などに救われることなどない。その必要もない。儂はな、アイソスとともに過ごせればそれでいいのだっ!」


 それに幼女も。幼女は幾らいても困らん。


「……すでにあの竜に心囚われているのですね。でも、それなら大丈夫です。あなたを縛る悪しき竜は滅びます」


「ああ!?」


 アイソスっ!? アイソスは——。


 咆哮が轟いた。アイソスのものではない。先程の『勇者』ヒューロとかいう奴の叫びだ。いつの間にか手にしていた長槍をアイソスに向け、気勢を上げている。

 アイソスが怯えていた。立ち上がり、見えない力を防ぐように両手を広げている。自らを防御する蛇の如く、小さく尾が巻く。引き絞った首は、ただ離れたいという意思の表れだ。


 長槍の穂先が鱗を穿った。鋭利な先端は、しかしそれ以上進めず、滑る。当然だ。あの程度の攻撃、竜鱗が通すはずもない。弾かれた槍を戻し、勇者は攻撃を繰り出す。

 何度試みようが無駄だ。そんなことはわかり切っている。動きも遅い。躱すことも鉤爪で打ち払うことも容易なはず。だが、アイソスは恐怖に身を固めたままだ。


「アイソスっ!!」


 行かねばっ。儂の声も聞こえていない。アイソスに反撃などできようものか。こんな戦いなど幼女にできるはずもない。半ば無分別にブレスを放つのが精々だ。


「グリム様、ダメですっ!」

「放せっ!」


 駆け出した儂を、すぐにトレンが抱え込んできた。


「あれは、違うのですっ! 勇者様に任せるのですっ!」

「黙れっ」


 あれ、だと。アイソスを、あれ呼ばわりしたなっ。屑がっ。この儂を、押さえつけられるなどと——ぐっ、振り解けん。


「私はフランウィーヌ様に教えられたのです。あれは、幼女を堕とす竜だと。幼女を甘く手懐け、徐々に狂わせ、最後には破滅させる魔物だと。それを聞いてグリム様の奇行も納得できたのです」

「誰が奇行だぁぁっっ!!」

「ですから、グリム様はちゃんとフランウィーヌ様の浄化を受けてください」

「やめろぉぉっ!」


 両腕を振り回そうと懸命にもがくも、体が持ち上げられてしまう。儂からアイソスの姿を隠すようにして、再び聖女へと戻される。

 ダメだっ。行かねばならん。アイソスが攻撃を受けているのだ。それでも逃げ出さないのは、この儂を待っているからのはず。だから。


「んぬがあぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

「い、いぃっっ!?」


 拘束するトレンの腕に、牙を突きたてた。丸い幼女の歯だ。それでも、これが今の儂の精一杯だ。食いちぎってやるわっ。


「ぬぐぅぅぅぅぅぅっっ」

「やっ、やめてくださいっ、グリム様ぁぁっ」


 拘束が緩んだなっ。今だっ。短い足でトレンの腹を押しやる。ようやくトレンを振り払うことができた。


「あっ、グリム様!」

「動くな!」


 睨みつけ、背負っていた聖杖を突きつけてやった。


「これが最後だ。貴様もアイソスのことを悪しき存在だと思っているのか? 貴様を助けたアイソスを?」

「それは、私のことを陥れようとしてのこと。そうフランウィーヌ様に言われたのだ。だから私は」

「自惚れるなぁぁっ! 貴様などいるかっ。貴様にそんな価値などないわっ。儂は反対だったのだっ。アイソスが望まなければなぁっ」


 トレンが現れて全てが狂った。儂とアイソスの甘美なひとときを邪魔しおって。血を滲ませた腕を押さえるコイツが疎ましい。


「それでもアイソスは貴様を助けた。手伝いもした。それを貴様は、その純真な幼女の好意を貴様はっ、偽りと言うのか! 貴様にはアイソスの想いが伝わらないのかっ!」

「それは——」

「動くなっ!」


 よろめくように儂の方へ踏み出したトレンを、再び聖杖で制する。トレンは動揺の色を見せ、視線を『聖女』へと向けた。が、それ以上動かない。


「アイソスが助けなければ、貴様はあの山中で野垂れ死んでいたのだ。それすらも認めずにアイソスを裏切るというのならば、貴様は儂の敵だ」

「トレンさん! 彼女を止めてください! 行かせてはダメです!」


『聖女』が駆け寄ってくる。背後で『勇者』の叫び声が聞こえる。いつまでも愚図愚図していられん。


「トレン。貴様が反省しているのならば、最後のチャンスだ。そいつを止めろ」

「あ……私は……」

「トレンさんっ!」


 もういい。急がねば。儂が、アイソスを助ける。


 コイツらは全て、敵だ。

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