056 荒ぶって、砕けて、蕩けて
傷を負った地竜の上に、アイソスは自らの全身を投げ出していた。翼まで広げて地竜を包み込んでいる。
それはまるで——くっ、抱きかかえているようで。しかも地竜は先ほどアイソスに迫った時の姿勢からほとんど変わっていない。つまりは——ぐ、ぐっ、アイソスが、アイソスがっ、ああ、奴に、応えてしまっているように見え————
「——んぬがあぁぁぁぁっ!! アイソス、なにをしているっ! はなれろ! はなれりゅんだあぁぁっ!」
「かわいそうだよ! やめてよおっ!」
なにを言っているんだ、アイソス。そんな奴の心配など無用だっ。だから見つめ合うなっ。
「大丈夫? 痛くない?」
「ぐぅ……る」
あ、ああっ! 舐めるなっ! そんな優しげな声をかけるな! やめるんだアイソスっ!
糞岩も受け入れるなっ! 体を揺するなっ! 舌を出すなっ! どさくさに紛れて、なにをしようとしているっ!
「ああああぁぁぁぁーーーーっ! 許さん! 許さんぞぉぉっ!」
「ちょ、グリム様、危ないです。落ち着いて。杖を振り回さないでください」
「これがおちちゅいていりゃれりゅかぁぁっ! トレン! 貴様止めてこい、その命捨てても止めるのだあぁっ!」
「ですからっ!」
聖杖を取り上げるなっ。くそっ、この身体、トレン如きを振りほどけん。
「そうだ、ぴーちゃんだ! 来るんだ、ぴーちゃん!」
戸惑ったまま術を止めて様子を伺っていたぴーちゃんは、すぐに儂の元に舞い降りてきた。
「どうするのですか、グリムワルド」
「儂をアイソスのところまで連れて行くのだっ。早くっ!」
「わ、私もお願いしますっ」
ため息をつきながらも、ぴーちゃんはトレンの両肩を掴んだ。儂の方は襟首を咥えられ、ぶら下げられた。儂らの負荷など感じぬかのように緩く羽ばたき、下降する。そして、地竜のすぐそばに下された。
「アイソス、離れろっ! そいつを倒すのだっ!」
「グリムちゃん? どうして?」
「そいつはお前を傷つけたのだぞ。それに、それにいぃっ。お前に対して——」
「グリムちゃん」
アイソスの声が冷たい。細められた瞳から、なにやら憤りを感じる。
「グリムちゃんが、こんなことしたの? さっきぐりふぉんさんたちに言ってた?」
「もちろんだっ。お前を襲うなど許せるか。こんな不届きな奴には制裁が必要なのだ」
「でも、わたしなんともないんだよ。一緒に遊びたかったのに」
「遊びで済むかっ————あ、いや。……そいつは、お前を……。お前を、だな……」
言えるか、こんなこと。アイソスにはまだ早い。幼女にそんな知識は不要だ。必要ならば儂が与える。だから、わかってほしいのだ。それと、早くそこから離れてほしい。
「グリムちゃん。グリムちゃんが、ケガさせたんだね?」
「いや、だからそれはお前を」
「グリムちゃんは、悪い子なんだね」
なぜ喉を唸らせる? 儂は、ただお前を守ろうとしたのだぞ。こんな獣にすぎない竜から。儂らを見つめたままの地竜の体に、拳を叩きつけてやった。
「コイツは、お前を穢そうとしたのだ。当然だろう」
「ケガさせたのはグリムちゃんでしょ。なにもしていないんだよ。かわいそうだよ。それなのに、グリムちゃんは、悪いことしたんだよ」
違う。違うのだ。あのままでは、万一お前が。
「わたし、悪い子はキライ」
……え?
は!?
なに……を……? なにを言った、アイソス?
儂を嫌い? なにを言っている。儂は、なぜ、嫌い? なぜ?
「アイソス……?」
「キライだからね」
なぜ顔を背ける。こっちを向いてくれ。儂を見てくれ。
体が震える。理解できない。受け入れられない。手を握りしめる。なのに力が入らない。
ダメだ。苦しい。息苦しい。その一言で、儂が壊れそうだ。なぜ、なぜだ。
足元に視線を落とす。地面が濡れている。これほどに辛い思いを、なぜ。
恐ろしくて、立っていることもできなくなって、意識が遠のくほどに——
「ねえ、アイソス。グリムワルドは——」
ぴーちゃんの声が遠くから聞こえる。なにを言っているのかわからない。儂だってアイソスと話したい。話したいのだ。
地竜の視線を感じる。儂を睨みつけている。未だアイソスと触れ合っている奴が、なにを不満がっているというのだ。貴様が現れなければ、こんな思いなどすることはなかったというのに。
「——そうなの?」
声が近づいて聞こえた。
「もちろんよ。それくらい察しなさい」
「うん、でも、でもね」
なびく髪が頬に張りついた。グリフォンたちの暴風の術の余波はとっくにおさまっている。これは、そう、温かな吐息。
「こんなことよくないんだよ、グリムちゃん」
「アイソス……」
振り向けばアイソスがいた。いてくれた。怒ってなどいない。むしろ、儂を気にかけてくれている響きだ。
「わかった?」
その許しに、即座に頷いていた。何度も何度も。
「じゃあ、ごめんなさいして」
「う……」
「できないの?」
儂は一片も悪くない。それは間違いないことだ。ことなのだが……この瞳を向けられると。この瞳をそらされると思うと……。
「ご、ごめん……なさい……」
「うんっ! よく言えたね、グリムちゃん! いい子だよ」
「あ……」
アイソスが頭を撫でてくれた。貼りついていた髪が踊る。頭から全身に、アイソスの気持ちが流れ込む。ああ、これが。やはり彼女が儂の——。
「でもね、もうだめだからね。この子をケガさせちゃったんだからね」
「それなら——そうだっ! 大丈夫だ、アイソス。これを」
ポシェットの中にはポーションがある。念のため予備に、ともう一本持ってきていたものだ。それをアイソスに見せた。
「お薬?」
「その通りだ。トレンの傷を癒したポーションだ。儂の特製だからな。こんな傷くらいすぐだ!」
「ほんと!? すごいね。すごいよグリムちゃん!」
「ふっ、ふふっ。くはははははははっ。そうだっ。そうだろうアイソス。儂のポーションで癒してやるからなっ」
取り出したポーションを、不審な目を向ける地竜の口元に押しつけた。
「そら、飲め。アイソスの慈悲だ」
「お薬だよ。わかる? 飲んでね」
アイソスの言葉に、地竜の顎が動く。容器の砕ける音が響いた。まあ、体内に入れば同じことだろう。
効果はすぐに現れた。破壊された背中が見る間に再生してゆく。尖塔の如き背中の突起が、漲る力を象徴するように、より立派にそそり立っていた。
クォォォォォォーーーーーーッ!
地竜が歓喜の吠声を上げた。いななく馬のように前脚を浮かせ、アイソスにのしかかる。
だが、彼女はそれを片手で制した。もう一方で儂の体を優しく包む。そのまま儂の体は持ち上げられ、後脚立ちとなった地竜の目の前へ運ばれた。
「わたしのこと、好きなんだね。とっても嬉しいよ。でもね、わたしにはグリムちゃんがいるの。わたしはね、グリムちゃんと一緒にいないとだめなの。だから、ごめんね」
グゥ……。
「わたし、お姉ちゃんだから。グリムちゃんはね、わたしがいないとダメなの。わたし、グリムちゃんと一緒にいたいの。ごめんね」
グ……。
小さく唸りながら、地竜は前脚を下ろした。視線を落とし、頭を振る。
「あのね、でもね。あなたと一緒に遊びたいな。みんなと一緒にいたほうが楽しいの」
「アイソス……」
「いいよね、グリムちゃん」
よくない。だが、儂を想ってくれるなら。儂のアイソスでいてくれるなら。ああ、だが。もうだめだ。
アイソスの口先に体を押しつける。精一杯両腕を伸ばして、その顔を抱き寄せた。
アイソスは応えてくれた。そっと舌を出し、這わせてくる。
「ん……ふぁ……」
ああ、声が漏れる。抑えられん。
「ふふっ、くふぅぅ……」
昂ぶる。極上だ。アイソスは儂を理解してくれている。癒してくれる。そんな舌遣いだ。儂の頬を、喉元を、忌まわしきお腹を。こころを。
「ふぅっ、ふはっ、あふぁぁっ、ふはははははははーーーー」
あたたかい。とろけるようだ。とろけて、あふれて、もれでて——。
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【次 回 予 告】
依頼は果たしました。あとは報酬を受け取るだけ。
心ウキウキなグリムちゃんの前に現れたのは『聖女』の少女。
そして竜を憎む『勇者』です。
グリムちゃんは、かつてない困難に打ちのめされる!
次回、
勇者と聖女
全六話です。




