052 受ける意味
何を言い出すのだコイツは。力を貸せだと。儂の貴重な時間を奪っておきながら、なおも助けろと?
幼女でもないのに?
「助けられた上に、このような頼みなど図々しいとは承知しているっ。ですが、私には、どうしてもやらなければならないことがあるのです! どうか、アイソス様! お願いしますっ!」
「なに? どうしたのトレンちゃん?」
「あ、アイソスっ!?」
聞くつもりなのか? 幼女でもないのに?
勢いに驚きながらも、アイソスがトレンに顔を寄せる。儂に覆いかぶさるようにしながら、アイソスは少女を覗き込んでいた。
「わたし、大丈夫だよ。お話ししてみて。ちゃんとお顔を見てお話したいな」
「あ、アイソス様、感謝しますっ!」
姿勢を正すと、彼女はお願いの内容と経緯を話しはじめた。
まあ、つまりは、儂らに護衛をしろということか。
先に少し触れてはいたが、トレンは薬草を採りにこの山へ来たようだ。
自身が仕える主とやらの病気を治すために、彼女にはその薬の原料となる【御影草】という薬草が必要だった。彼女の主は、田舎出身でまだ若いトレンを雇い、重用してくれた恩人。我が身に代えても助けたい。
幼女をとっくに過ぎてしまった少女は、そう熱っぽく語った。熱などアイソスの暖かさだけで十分だというのに、鬱陶しい奴だ。
そこで、同じ主に仕える仲間と共にこの山に立ち入ったのだが、薬草を採取する前に魔獣に襲われてしまった。負傷しながらもなんとか逃げ延びたところを、アイソスに助けられた。
——などという、一片も心惹かれることのない話だった。
「それってどこにあるの?」
ああ……、アイソスはもう行く気なのだな……。
「【御影草】は魔獣グリフォンの住む峡谷に生えているのです。我々はそこまでたどり着いたのですが——」
「ぐりふぉん?」
「恐ろしい魔獣です。馬よりもずっと大きく、獣と猛禽の特徴をあわせ持った危険なやつです。我々では十数人が束になっても敵わないでしょう」
「?」
アイソスが視線を送ってきた。教会で暮らしていたアイソスには縁遠い魔獣だ。イメージも湧かないのだろう。
「グリフォンというのはな、アイソス。猫だ」
「ネコ? かわいいネコちゃん?」
「そうだな。ただ、頭は鳥でな、翼もあるから飛ぶこともできる。ふわふわな羽根も、ふかふかな毛皮もある、触り心地の良い奴だぞ」
「ふわふわで、ふかふか!? わたし、みてみたいなっ」
あ、しまった。興味を持たせてどうする。瞳が輝いてみえる。尻尾の動きが、幼女を見つけたときの儂と同じだ。そうか、それほど楽しみなのか……。
「い、いや。アイソス様。そんな可愛い奴では——いや、アイソス様にとってはそうなのかもしれませんが。それに、私たちを襲ったのはグリフォンではないのです」
「まあ、見境なく襲いかかって来るような奴らではないからな」
「そうです、グリム様——」
ん? なんだ? なぜコイツは不思議そうに儂を見ているのだ?
「失礼ですが、グリム様って何者なのです? アイソス様が『導きの竜』ではないのでしたら、あなたはなぜアイソス様と共にいるのかと思いまして。それにグリム様の話ぶりは、とても、なんというか、こなま——、いえっ。大人びているというか。アイソス様と暮らしているから、ということ、ですか?」
儂自身のことか。それこそ関係のない話だ。それと今、何を言いかけた?
「グリムちゃんは、グリムちゃんだよ。わたしと一緒にいるの」
「その通りだ。儂とアイソスは共に暮らしている」
誇示するように胸を張ってやった。そこだけ理解していればよい。ため息をつくのは失礼だと思わんのか?
「儂のことはいい。それよりも、お前を襲ったのがグリフォンでないのならば、他に何がいた?」
「竜です」
「竜? わたしみたいな?」
「いえ、違います。あれは地竜という奴でした、アイソス様。私たちはグリフォンの峡谷にたどり着いたのですが、そこに薬草はなかったのです。いえ、正確には【御影草】はあったものの、みな引きちぎられていたり踏みつけられていたりで、無事なものはありませんでした」
「とられちゃったの?」
「おそらくは。峡谷には洞窟がありました。大きな足跡が洞窟へと続いていたのです。そこで私たちは洞窟に入っていったのですが——」
「そこの主が地竜だったというわけか。無遠慮な侵入者を排除するのは当然だろうが」
全く人間という奴は。知性劣る魔獣の方が弁えている。儂とて無断で足を踏み入れる奴に手心など加えん。どうせ儂を討伐しようなどという輩なのだからな。容赦などするわけがなかろう。幼女以外は。
いや——幼女ならば。そうだな。それはそれで容赦できんかもしれんな。わざわざ儂を訪ねてくる幼女など、ふ、くくくっ。それはもう、それはもう全力で出迎えなければならぬからなぁ。
「なっ、なにが可笑しいのですか、グリム様っ!」
あ? 儂、笑っていたか? 幸せな図が思い浮かんだのだ、仕方あるまい。
「で、その地竜対策にアイソスを利用しようというのだな」
「利用だなんて! 私はアイソス様にお願いをしているのですっ!」
「かわらんだろうが」
「違います——いえ、そう……そうかもしれません。だがっ! 私にはどうしても【御影草】が必要なのだっ! わが主を救うためにも、私はなんとしてでも手に入れて帰る! そのためにも、アイソス様! どうか、力をお貸しくださいっ!」
言葉が荒々しいな。コイツの必死さだけは伝わる。伝わったところで不快なことには変わりないが。
「お前のところには病気を癒す術者もいないのか? その主人とやらは、それなりの地位なのだろう?」
「街の癒し手には手に負えなかったのだ。王都の教会に、より優れた癒し手の派遣を依頼しているのだが、いつ到着するかわからない。だから私は、私のできることをしなければならない。ただ待つなど耐えられるか!」
できること、と言いつつできてはいないがな。保険というわけか。どちらが本命になるのやら、だ。
「わが主は私の恩人。いや、かの伯爵家がそうなのだ。私は伯爵家を守らなければならない。その血筋を守らねければならないのだ。伯爵様に先立たれ、今はお嬢様と二人きり。あの方にもしものことがあれば、まだ幼いお嬢様は——。私は、生涯この方々にお仕えするのだからっ」
まずいな。こんな言い方をされてはアイソスは、
「大丈夫だよ、トレンちゃん。わたし、手伝うよ。一緒に行こうね」
当然のように答えて儂に微笑みかけてくる。
「その草を見つけるんでしょ。一緒に探したら楽しいと思うの。トレンちゃんはお花も作ってくれたんだし。グリムちゃんも、ね」
「それはそうだが——」
「一緒に来てくれないの?」
んふぅあぁぁぁ……。
だからその仕草はやめてくれ。儂にはクリティカルなのだ。納得できずとも吸い寄せられてしまう。
いつの間にか儂の手はアイソスの顔に触れていた。
「無論、行く。そこでも楽しもうではないか、アイソス」
「うんっ! ありがとうグリムちゃん」
ふふっ、頭を揺するな、アイソス。乗るぞ。その頭、乗ってしまうぞ——いや、乗ろう。
体を預けて片足を上げると、アイソスは儂の意図を汲んでくれた。儂の体の下に潜り込ませるように頭を動かし、儂を持ち上げる。頭の上に鎮座していた花飾りを小さな方の角にかけ直し、その付け根にしっかりと掴まった。
「お、恩にきるっ! アイソス様っ。は、ははっ。これでわが主は助かったも同然だ。ああ、もうしばらくお持ちくださいっ。すぐに戻りますっ!」
「よかったね、トレンちゃん」
トレンは失礼にもアイソスに触れた。先ほどからの言葉といいその態度といい、コイツ、これが素か?
「これで安心だ。さあ、アイソス様。行きましょう」
「うん。じゃあトレンちゃんは、こっちね」
アイソスが彼女の体を両手で包み込んだ。何か釈然としない。なぜこんな奴がアイソスと触れ合っているのだ。
ん? いや、待て。
コイツ先程——、まだ幼いお嬢様? その親が、コイツの恩人か。
……ほう。なるほど。
「待つんだ、アイソス。ちょっと待て」
「え、どうしたのグリムちゃん。グリムちゃんもこっちがいい?」
「いや、ここでいいぞ。その前に、確認しておくことがある」
アイソスの頭の上に腹這いになって、竜の掌を見下ろす。
「トレンよ、お前は先程何やら言っていたな。その、お前の主の子のことを」
「お嬢様のことか。グリム様と同じくらいの年頃の一人娘だ。金髪の美しい、優しい令嬢でな。今もずっと我が主に寄り添っている。伝染するような病ではないらしいが、それでも心配なのだ。彼女は次期当主となられる御方なのだからな」
「うむ。それは心配だな。ところでアイソス」
彼女の頭を撫でながら、あ、いや。頬擦りもした。ちょっとだけ舐めた。ふふっ。
「なあに?」
「そんな子とも遊んでみたくないか? 友になれるかもしれないぞ」
「ともだち! うんっ! わたし、お話ししたい。その子と会ってみたいな」
「そうだろうそうだろう。——そういうわけでだ。トレンよ。わかるだろう?」
儂の提案に、トレンは力強く頷いた。当然だな。コイツは金髪幼女の親のためなら、あらゆる要求を飲むだろう。こんなことは、些事のはずだ。
これで契約成立だな。受ける意味もできたというものだ。
「では行こう、アイソス。グリフォンの住む峡谷へ出発だ」
「うんっ!」
その先の、金髪幼女に向かって!




