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051 邪魔者

「う、ふあぁぁっ!」


 あ、アイソスっ、急に動かないでくれっ。


 花冠を捧げようとしていたというのに、アイソスが振り向いたことで目標を失ってしまったではないか。足が震えるほどに目一杯かかとを浮かしていたため、バランスを崩した儂の体は草原の中に埋もれてしまった。


「あ、グリムちゃん、大丈夫?」

「ふあ。だがな、アイソス。こんな————あ、あ、ああああああああーーーーーーっっ!」


 は、花冠がぁぁっ! 崩れたではないかぁぁっ!


 拾い上げた儂の手の上から、ほどけた花がこぼれ落ちた。あんなに慎重に扱っていたというのにっ。


「あ、お花、こわれちゃった……」


「貴様あぁぁっ! なんてことをしてくれたのだあぁぁっ!」

「……え、あ、わ、私……?」

「そうだ、貴様だっ! 貴様のせいでっ!」


 この女がっ。呆けた顔をしおって。くそっ、震えが止まらん。儂の、せっかくの、アイソスの——


「く、う、うぅぅ……」


 無残な姿の花冠がにじんで見える。足元に散らばる花が遠い。これではアイソスに捧げられないではないかっ。

 いや、そうだ。この際、あの試作品でもいい。とりあえずはそれだっ。


「あ、グリムちゃん。どこ行くの、ねえ?」

「ま、待って。私が——」


 そこらに埋もれているはずだ。せめて壊れていないやつを。ああ、あった。これだ。いや、これはイマイチだな。うむ……そう、こっちだ。これならばさほど見劣りしていないはず。


「アイソスっ! 大丈夫だ。見てくれ。ほれ、ここにも————あ?」


 お前たち、何をしている?


「——ほら、こうして編んであげれば、すぐです」

「ほんとだ。あっという間だね。それに、すごいきれいだよ」

「ありがとうございますっ、『導きの竜』様。私、田舎にいた頃はこうやって遊んだりしていましたから、得意なんですよ」


 回復した女とアイソスが妙に親しげだ。しかも女の手には花冠。儂のものよりも小さいが、その造形は見事——いや、まあ。悪くない、か。

 ちょっと完璧な円形で、ほつれもなく、程よいバランスで紫と白の花を配しているだけで。


 それに比べて儂の手にあるものは。く……試作品とはいえ……く、ぅぅ……。


「見て見て、グリムちゃん。すごいんだよ! お花がね、魔法みたいにあっという間に変わっちゃったんだよ」

「昔、随分とたくさん作りましたから。私もこれくらいは。……あっ」


 なんだその哀れみの表情は。何を見ている。儂のは、試作品だからなっ。儂のだって、貴様のせいで壊れなければ、だな。

 呪いをかけるように睨みつけてやったというのに、女は近づいてきた。彼女自身が作った小さめの花冠を儂の頭に載せて、無遠慮に撫でてくる。


「大丈夫大丈夫。でも、こうするともっと良くなりますよ」


 女はひざまずいて儂の試作品に手を添えた。


「こうやって柔らかくしてから編み込むのがコツなんですよ。無理に曲げては折れてしまいます。それと、慣れないうちは花は後から飾りつけましょう。初めから花ごと編み込むのは難しいですからね。さあ、これで」


 儂の手に茎を短く切った花が渡された。これを差し込んで飾ればいいのだろう?


「ふん、こうか。こんな感じでいいのだな」

「そう。そうです。素敵な色合いです」

「ほんとだ。とってもきれいだよ、グリムちゃん」


「そうか。ふっ、そうだろう、アイソス。では、これはお前に」


 顎を草地につけて伏せたアイソスに、今度こそ花冠を載せてやった。すぐにポシェットから手鏡を取り出して、アイソスに向ける。


「ほら、見てみろアイソス」

「わあっ、かわいいね。グリムちゃん、ありがとう!」

「儂とお揃いだぞ、ふふっ、素晴らしいものだな」

「うんっ!」


 手鏡をかざしながら、アイソスの隣に立った。儂らの姿がひとつの鏡に映っている。いい姿だ。ああ、記録用の宝玉を持ってくればよかった。


「お姉ちゃんもありがとう」

「ん、まあ役に立ったな。少しだけ参考にするとしよう」


「いえ、こちらこそありがとうございますっ」


 女は立ち上がって身なりを整え、勢いよく頭を下げた。


「私を助けていただいてありがとうございます。それに、お会いすることができて光栄です。『導きの竜』と『聖女』様」


 ん? 導きの……? 聞いたことのない呼び名だな。


「なんだその名は。それにお前は何者だ? なぜこんなところにいる?」

「あ、そうでした。私、トレン。トレン・ウィルトリーといいます。この山には薬草の採取に来ていまして。不覚にも魔獣に襲われ、怪我を負ってしまったところに『導きの竜』様に助けていただいたのです」


 トレン、と名乗った女は再び軽く頭を下げた。


「トレン、っていうのね、お姉ちゃん。わたしはね、アイソス。この子はグリムちゃんだよ」

「アイソスに感謝しろよ。貴重な回復のポーションまで使ったのだからな」


 あれはただのポーションではない。儂の秘蔵の上級ポーションだ。人の体であれば、手足を完全に破壊されようと癒すことができるほどの代物。

 たまたま我が洞窟に転がっていたゆえ、コネクトした際の儂を癒すために持ってきた物だったのだ。


「もちろんです、アイソス様っ! 『導きの竜』様! 私ももう少しっ、もう少し幼ければ導いてもらえたというのにっ。無念ですっ!」


 ん? なぜこの女はこれほど高揚しているのだ? ポーションが変に効きすぎたのではあるまいな。今にもアイソスに襲いかかってしまいそうではないか。


「トレン、といったな。お前の言う『導きの竜』とはなんのことだ? アイソスはそのような存在ではない」


 アイソスと女の間に割って入り、不審の目を向けてやった。


「え、違うのですか? このような場所に竜と少女がいるものですから、てっきり」

「『導きの竜』とは、そういう存在ということか」

「はい。私の国の言い伝えにあるのです。少女を導く竜がいると。その竜は目をつけた少女を連れ去り、知識や魔術を与える。そして少女は『聖女』となって帰還し、我々を助ける偉大な人物になる。そんな話です」


……ああ。いやこれは。


 どこまで真実が伝わっているかはわからぬが、それは儂がモデルなのでは?

 こんな話があるから、この女はアイソスにも物怖じせず接していたのか。竜単独ではなく、儂と一緒にいたから、ということか。


「言い伝え、と言いましたが、これは物語なんかではありません。本当にあったことなのです。ただ、あまりおおっぴらには話されていません。いかに偉大な竜とはいえ、竜という存在は魔王に従っていることが多いですから。竜、というだけで嫌悪する人も多いのです」


 ふん、そう言われるのは少々気に障るものだな。

 人間からの評判など儂の王国以外ではどうでもいいし、儂の楽しみは儂だけがわかっていればいい、むしろ人間などに知られたくもない。そう思っていたのだが、殊更隠されているとなると。


 なんだか、な。

 やはり広めた方がいいのか? 難しいバランスだ。


「アイソス様は違うのですね。でも、こんな子を連れているのです。もしかして竜とは皆そういった——」

「そうではない。残念ながらな」


「わたしはグリムちゃんのお姉ちゃんなの。グリムちゃんはね、わたしを治してくれるんだよ。ね、グリムちゃん」

「もちろんだ、アイソス。そういうわけでだ、トレンとやら。儂らは忙しいのだ。回復したのなら帰るのだな」


 掌を振って追いやる。せっかくお揃いの花冠も身につけたのだ。このままアイソスとの時間を分かち合いたい。邪魔者は消えろ。


「グリムちゃん。わたしもっとお話ししたいな」

「え、いや、アイソス。儂らは」

「わたし、あんまりお話ししたことないの。グリムちゃんたちが来るまでは、パパとしかお話ししなかったから。いろんなひととお話ししたり、一緒にいて、遊んだりしたいの。ダメ?」

「……いや。だが……」


 く……。そんなふうに首を傾げて迫らないでくれ。その仕草は胸に効くのだ。


「あの、アイソス様。私は——」


 そうだ。察しろ。辞退しろ。邪魔者めが。自分で言っただろうが。『もう少し幼かったら』と。

 かろうじて言葉にはせずに、睨みつける。言い淀んだトレンは肩を震わせていた。


「大丈夫よ、グリムちゃんはいい子だから」

「いや、私は————アイソス様っ!」


 突然、トレンが声を張り上げた。抑えていたものを引きちぎるように叫び、猛然と儂らに頭を下げた。


「私を助けてください! どうか、その力を貸してくださいっ!」






お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです!

とっても喜びますっ!!


【次 回 予 告】

色々考えて少女トレンの願いを聞き入れることにしたグリムちゃん。

彼女と共に向かった場所で出会うものたちに、グリムちゃんの心は乱される。

喜びと悲しみ。期待と憎しみ。

でも最後には——。



次回、


愛するものたち


全五話です。

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