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048 日帰り旅行

 儂の宣言に、アルビオーネとゼナロリスは顔を見合わせ、一斉に凝視してきた。


「魔王城!? 魔王城って、あの?」

「そうだが」


 驚くことではあるまい。まがりなりにもヤンデルゼは四天王。魔術に精通し、その力を認められた。そんなヤンデルゼの術を解くことのできる者など、そうそうはいないだろう。

 だが、奴ならばできるはずだ。


「魔王城……ということは、ヤンデルゼ自身に術を解かせるということですか」

「奴は死んだのではないのか?」

「いいえ、ゼナロリス。残念ですが、アレは不死の存在です。まともな手段では完全に滅ぼすことはできないでしょう」


 アルビオーネは眉をひそめながらため息をついた。そうだな、気持ちはわかるぞ。奴を思い出すと気分が悪くなる。とりあえず、残ったスープで喉を湿らせようか。それに、まだ卵焼きだって手をつけていないのだ。


「まあ、あれから十日……いや、二十日くらいか? それ以上は経っているのだ。そこそこ復活しているだろう。だが、違うぞ。確かに奴の本拠は魔王城の内部にあるが、目的はヤンデルゼではない。魔王の奴だ」


 お、この卵焼き、甘みがついているではないか。アルビオーネの奴、水果を処分したことは許しがたいが、儂の好みを把握しているな。

 それに比べてこちらの赤い丸いのは……酸っぱいではないかっ。汁気が多いだけだっ。これで熟しているとでもいうのかっ。一口サイズに騙されたわっ。

 くそっ、仕方ない。残りはゼナロリスの皿に移してしまおう。残すとアルビオーネがうるさいからな。


「魔王……って、グリムちゃんが? 会うのですか?」

「魔王、か。オレは目にしたこともないが、会ってみたいものだな。魔族の頂点なんだろう?」


「ん、ああ、そうだな。魔王という名は、魔族を統括する者、というだけではない。強大な魔術を操ることができてこその呼称だ。奴は魔術の中でも呪いの類に精通しているし、適任だろう。奴ならばヤンデルゼの術だろうと問題なく解除できるはずだ」


「そうか——、ん、グリム殿、それ食わないのか?」

「ああ。この実、お前に毛色に似ていると思わないか? お前にふさわしい食い物だぞ。遠慮するな」


「だめですっっっ!! 何をしているのですか、グリムちゃんっ!」


 ちっ、アルビオーネめ。ゼナロリスが口にする前に止めおって。


「ちゃんと自分の分は食べなさいっ! そんな好き嫌いしていたら、丈夫な体に育ちませんよっ!」

「うるさい奴だ。美味くないのだから仕方あるまい」

「なんですって! いえ……そうですか。わかりました。グリムちゃんは、好きなものしか食べないような『悪い子』なのですね」


 目の前でアルビオーネは両手を打ち合わせてみせた。その言葉、その仕草に儂の体が反応してしまう。


「ちなみにゼナロリス。貴方も連帯責任ですからね」

「あ? なぜオレがっ!? ——グリム殿っ!」


 く……わかっておるわっ。食えばいいんだろうがっ。残り三個だ。一気に頬張ってしまえば——。


「ふん、げふっ、これで、文句、あるまい」


 くそっ、酸っぱい。歯が浮くようだ。背中が震えてしまう。


「初めからそうすればいいのです。全く、ワガママな幼女になってしまいましたね」

「だ、だめだぞ、グリム殿。ちゃんと食べないとな」


 まあいい。次はこっそりと隠そう。ふっ……食べたフリでもすればよかろう。


「……ま、いいですけど。それで、魔王様に会いに行くってことですか。ですが、そんなに簡単に会えるものなのですか?」


 空になった皿を重ねながら、アルビオーネは話題を戻した。デザートがないのは寂しいが、仕方ない。このミルクで我慢してやろう。


「この儂が会いに行くのだぞ。会えるに決まっておろうが。眠りの長い奴だが、ヤンデルゼの話では、数年ぶりに目覚めているようだしな。問題あるまい」


「そうなのですか。というか、グリムちゃんの口ぶりだと、魔王様に対してなんだか随分と親しげ、というか上から、というか。魔王様って頂点の方ですよね?」

「グリム殿の力が、それほど強大、ということではないのか、アルビオーネよ」


「ま、儂と奴との付き合いは長いのでな。魔王軍としては儂は奴の下だが、それ以外での立場は違うぞ。この王国を任されたのも、形式上は奴からの命令だが、実際は儂自らが望んだことだからな」


 儂の平穏な暮らしのためにな。どこかしら戦火から遠い国が欲しかったのだ。数十年の苦労ののちに望むものを手に入れたのだが……ヤンデルゼの奴めが。


「それでオレたちはグリム殿と出会えた、というわけか」

「そうですねえ。私たちはグリムちゃんの直属。いわば現地採用ですからね。魔王様のこともよく知りませんし。どんな方なんですか、グリムちゃん」


「そうだな……」


 どんな奴、か。この地に来て以来会ってはいないが、そうそう変わることはあるまい。付き合いは長いが、考えてみれば、気が合うとは言い難いな。


「ま、害はない。儂は苦手だがな。アイソスに会わせても問題ない」

「それならいいですが。それでは、アイソスちゃんが戻ってきたら伝えますか」






「——というわけでだ、アイソス。出かけるぞ」


 昼頃になって洞窟まで戻ってきたアイソスに、そう告げた。


 アイソスは普段この山脈の周囲を飛び回ったり、山中を探索したりしている。傷の回復に合わせて少しずつ身体を動かし、行動範囲を広げていた。

 相変わらず、なぜかあの瘴気の沼がお気に入りのようだ。よくその水を飲んだり、瘴気に適応した魔物を獲ったりしている。それでも、洞窟に戻ってくる前にはきちんと全身を川で清めるようになっていた。


 もちろん、儂もアイソスと一緒にいることが多い。小屋のベッドも心地よいが、洞窟でアイソスと寄り添って眠るのも極上なのだ。

 残念なことに、連続でアイソスと眠ると幼女の体は痛んでしまうので、一日おきに寝床を変えている。ベッドでぬいぐるみを抱くか、洞窟でアイソスを抱くかの違いだな。


「出かけるって、どこに? グリムちゃんと一緒?」

「もちろん儂と一緒だ」


 アイソスの顔に触れながら笑顔を向けた。動き回ってきた直後だからか、普段よりも温まった体の熱が掌に伝わってくる。


「実はな、お前と儂にかけられた魔術を解くために、ある場所へ向かおうと思うのだ。お前も随分と元気になったようだからな」

「本当!? わたし、元気だよ。とっても気持ちいいの。グリムちゃんも?」


 抑え切れないかのように、アイソスは翼を動かした。沸き起こる風に儂のローブが捲れ上がる。


「ああ。儂もお前のおかげで元気だぞ。ただな、その場所は少し遠いのだ。お前が全力で飛んだとしても、数日はかかるだろう。だから、少しリハビリ——練習が必要だと思うのだ」

「れんしゅう、って何をすればいいの、グリムちゃん?」


 首を傾げるアイソスに指示を出す。彼女は儂を掌に乗せてそのまま飛び上がった。樹々を遥か足下に置いたところで、空中にとどまってもらった。


「向こうだ、アイソス」


 竜の指の隙間から頭を出して、北東の方角に手を伸ばす。


「ここからでは見えぬが、この先に別の山脈がある。儂が時折、休みに行く場所だ。ここからなら、お前でも往復で一日かからないくらいだろう。長い間飛び続ける練習になる。だから明日、二人でそこへ行こう」


「うん! 行く! 二人でお出かけね」

「良いところだぞ、アイソス。お前も気に入るだろう」

「ほんと? 楽しみだね、グリムちゃん」

「ああ、儂もだ」

 

 アイソスの掌に、頬をよせる。ついでにひと舐め。楽しみだ。二人の旅行。


 そう、二人きりでっ!!

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