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045 幼女竜はより深く

「アイソスっ、アイソスぅぅーーーーっ!」


 教会の庭で眠っていたアイソスを目にするや、おぼつかない足取りのままその頭に飛びついていた。


「ん、ふぁぁ……。グリムちゃん、どうしたの?」

「ああ、アイソスぅぅ」


 何かにすがりたい。確かなものに支えられたい。なんだか気持ちが不安定で、せめてこうして何かを抱きしめていないと、儂という存在が保てないのだ。


「グリムちゃん、大丈夫? お目々、真っ赤よ」

「そっ、それは大丈夫だ。なんなら尻も真っ赤だが、それはもういいのだ。それよりもアイソス、お前の体はどうだ?」


「わたし、まだ痛いの。でもね、いっぱい食べていっぱいおねんねしたらすぐに良くなるの。お姉ちゃんが教えてくれたの」


「そうか。早く治さねばな。それでな、アイソス。辛いだろうが、すぐに儂の山へ帰ろう。山へ行けば傷の治りも早い。お前の好きなあの瘴気の沼もある。いつまでもここにいるわけにはいかないのだ」


「うん」


 アイソスが体を起こした。治りきっていない掌に儂を乗せて、覗き込んでくる。


「じゃあ、行く? グリムちゃん」

「ああ、行こう。それでな、お前がちゃんと治って元気になったら、この術を解くために儂らは——」


 いや待て。言いながら思い出した。儂はアイソスに、正確なことを伝えていなかったではないか。このまま有耶無耶になどできん。


「アイソス、聞いてくれ。それに、謝らせてくれ。儂はな、お前にひとつ嘘をついた」

「え、なに? うそって?」


 傾けた頭に手を伸ばし、瞬く金色の瞳に自らの姿を見ながら、アイソスに説明を始める。


「お前がその姿になったのは、本当は病気のせいではないのだ。それは、お前と儂にかけられた魔術のせいだ」

「魔術? 病気じゃないの?」

「そうだ。その魔術はな、お前と儂の体を入れ替えるものだったのだ。ゆえに、お前は竜になったのではない。儂の体になったのだ。そして、儂のこの体こそが本来のお前なのだ。アイソス、最初にお前は儂を見て『自分に似ている』と言ったのを覚えているか?」


「グリムちゃん、わたしにそっくりだよ」

「その通りだ、アイソス。これはお前なのだからな」

「わたしが、グリムちゃん?」


 アイソスは首を傾げた。ふわ、かわいい。いや、それはともかく。

 やはり明確には理解できないようだ。仕方のないことかもしれんが、少なくとも、誤魔化すようなことはもうしたくない。


「わたしはわたしだよ。グリムちゃんはグリムちゃんだよね」

「ああ。だがな、アイソス。その竜の体はお前ではないだろう? お前はこの、柔らかな幼女の体がふさわしい。それこそがアイソスという存在なのだ。儂は、本当の儂の体、竜の体でお前と触れ合いたいのだ」


 硬い鱗を柔らかな幼女の掌で撫でる。素晴らしき幼女の体だ。これもいい。だが、儂本来の姿で包み込みたい。それが儂の本心。

 しばらくの間、アイソスは儂の手に身を任せているように思えた。緩く瞬きしながら儂を見つめてくる。儂が撫でやすいようにと、一層頭を近づけてきた。


 そうだ、この距離なら。頬擦りしてみよう。


「……グリムちゃんは、竜なの?」


 その言葉は、儂の頬が触れる前に発せられた。一瞬、鼓動が強く跳ねた。が、そんなことで儂は止めん。


「そうだ。よく気づけたな、アイソス。賢いぞ。儂はな、グリムワりゅド、この国の守護竜と呼ばれる竜だ」


「グリム——あっ!」


 何故離れる、アイソス? 儂はもっと触れていたいのだぞ。


「グリムちゃん。グリムちゃんは、悪い竜なの? 悪いことをしているの?」

「どうした、アイソス。何故そんなことを言う?」


「パパがね、言ってたの。悪い竜だ、って。だからね、わたしは『聖女』だ、って。悪い竜をやっつけるんだ、ってパパが言ってたの。グリムちゃんは、悪い竜なの?」


 アイツか。そうだな、そう聞かされていても不思議ではない、か。アイソスの父(あの男)は儂を憎み、ヤンデルゼと手を組み、アイソスにこんな呪印を組み込んでまで儂を倒そうとしていたのだからな。


「無論、それは違う。儂がこの国に手を出すことなどない。アイソス、お前はどう思っているのだ? お前も、儂を悪い竜だと思っているのか?」


「グリムちゃんは悪い子じゃないよ! 悪いことしてないもん。でもね、パパがね、言ってたの……」


「アイソス。お前がそう思ってくれるのならば、それでいい。お前は一人前になったのだろう? ならば、お前の考えがお前の全てだ。儂は嬉しいぞ」


 そう言って手招きした。一旦離れた竜は、少しだけ躊躇して、儂を突き飛ばすかの勢いで顔を寄せてきた。


「うん! わたしも嬉しい! グリムちゃんは悪い子じゃないもん。悪いことなんてしないもん」

「もちろんだ。安心しろ、アイソス」

「うんっ、うんっ。いい子だね、グリムちゃん!」

 

 アイソスが自ら顔を擦り合わせてくる。ああ、至福だ。その体は儂のもの。だが、そこに宿る心は幼女。温かな光だ。儂を癒す全てが、そこにはある。


「ああ、もっと。もっと。山に帰っても、休んで、それから続きをしよう。お前が元気になったら、儂もお前も元の姿に戻って、それでも一緒にいような」

「うん、グリムちゃん。わたし、お姉ちゃんだからね。グリムちゃんが竜になっても、お姉ちゃんだからね」


 ああ、素晴らしき言葉だ。福音だ。涙が溢れる。

 やはり儂には必要なのだ。


 幼女が。


「だからね、もし、グリムちゃんが悪いことをしてもね、めっ! ってするから。わたしが、だめっ! て言うからね」


「そうだな。頼むぞ、アイソス」


 あ、それでも、だ。尻は勘弁してもらいたい。あれは体ばかりか、心に響く。


「——では、名残惜しいがそろそろ行くか。皆を連れて帰ろう、アイソス」

「うんっ!」


 アイソスの憂いなき返事に、儂のこれまでの困難の全ては吹き飛んだ。そして、これからも。アイソスと一緒ならば、あらゆる困難を乗り越え、すべてを取り戻し、輝かしき未来を共に手にすることができるだろう。


 さあ。


 これより儂とアイソスは、より深く交わるぞっ!

ここまでお読みいただきありがとうございます。


ここで大きな区切りとなります。

ここから先は二人が元の姿に戻るための話です。

でも、その前にひと息入れたいと思います。


次回は本編からはなれ、外伝的な話を一話だけアップします。


ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです。

とっても喜びます。


【次 回 予 告】

とある昔話。

竜に生贄を捧げる村の話。



次回、


【異聞】


全一話です。

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