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042 口に出すなんてとても

「——という感じで、大変だったんですよっ!」


 ばふっ、と柔らかな掛布団が鈍い音を立てた。その勢いはベッドごと揺らし、半身を起こしていた儂の体までもふらつかせた。


「そんなわけあるか。この儂が乱れるなど。そんな記憶はないな。確かに、この儂の心を乱すほどにアイソスは魅力的だがな」


「記憶にない? 全く、失礼なことですねぇ。あぁんなにアイソスちゃんのことをベロベロ舐め回しておいて。さぞかし気持ちよかったでしょうに」


「当然だっ! あの心地よさは————あっ!」


「へえええぇぇ? そうですかあぁ? あ、ちょっとグリムちゃん! 布団に潜らないでくださいっ!」


 慌てて寝転がり毛布を被ったというのに、その毛布ごと抱え上げられた。木の皮を剥くようにその端をめくられた。

 頭だけを出した儂を歪んだ笑顔が迎える。


「く……」

「ちゃあぁぁんと覚えているじゃあないですか。ひどいですね、グリムちゃん。なかったことにするなんて」

「あ、あれは……、その、ヨカッタ……」


 アルビオーネから目をそらして、呟く。うっすらと覚えている。なぜあんなことを、などと後悔はしない。惹き寄せられたのだ。そして、儂の想いをアイソスに知ってもらいたかっただけ。


「だがお前、儂に酒を盛ったな。幼女の体にあんなものを与えるなど、なにを考えている。儂が吐き出さなかったら、どうなっていたことか」


「そ、それはっ。私の出来た眷属たちがっ」

「言い訳か? どうせお前が指示したのだろう? なにが回復だ。あんなものは幼女には毒にしかならん」


「でも、グリムちゃん、とっても良さそうでしたし。幸せそうでしたし。グリムちゃんの愛のささやきも聞くことができましたし。私は大満足ですっ」

「きちゃまあああっ!」


 コイツ、一切反省してないなっ。わざとらしく儂を抱きしめるなっ。頬擦りするなっ。お前にされても全く嬉しくないわっ。


「ああ、それにしても。グリムちゃんがあんなに乱れるとは思いもしなかったです。アイソスちゃんを舐めるだけでは飽き足らず、あんなことまで要求するなんて。皆で制止していなかったら、どうなっていたことやら」

「あ? 待て。儂が何をしただと?」


「とぼけないでくださいね、グリムちゃん。覚えているんでしょう? それとも、認めることも(はばか)られるようなことをしたと、自覚しているのですか?」

「いや——本当に覚えていないのだ。確かに、アイソスと舌で触れ合ったのは認めるが、それ以降のことはぼんやりとしていて思い出せない」


「はあ……残念です。幼女のことしか頭にないグリムワルド様が——情けないです」

「なん————、んぷっ」


 儂の体がベッドの上で弾んだ。アルビオーネが手を放したせいで、毛布に包まれた儂は身動き取れないままに落ちた。幼女のつく手毬のように数回跳ねて跳ねて、ようやく落ちつきを取り戻す。


「な、なにをするっ。それに、儂がアイソスに何をしたと言うのだ」

「言えませんよ、そんなこと。口に出せるわけないじゃないですか」


 え、アルビオーネが言えないようなことなのか? 儂は一体……。


「言えっ! 何をしたっ! まさか、アイソスを傷つけたりはしていないだろうなっ!」

「ええまあ。精神的にはショックだったかもしれませんが。彼女もよくわかっていないようでしたし、大丈夫ではないでしょうか。ただ——」


 勿体ぶって溜めるなっ。貴様の真剣な表情は、余計に不安になるわっ。思わず喉が鳴ってしまうではないかっ。


「た、ただ……なんだ?」

「アイソスちゃんが、大人の階段を斜め上に駆け上がるところでした」


 大人の? 斜め上? ますますわからん。コイツは何を言っているのだ?


「あれ、何をきょとんとしているのですか? まあ、わからないならいいですけど。それにしても、さすがの変態っぷりです。お互いが本来の姿だったら————ざわつきが止まりませんっ」

「いや、だから、わからんのだが?」


「それならそれでいいです。蒸し返すとアイソスちゃんに嫌われてしまいますよ」

「嫌われっ!? 儂は、そんなに非道いことを! そ、そうだ、アイソスは? アイソスはどうした!」


 毛布を跳ねのけてベッドに立ち上がり————、その柔らかさにバランスを崩して転んでしまった。ぽふっ、と頭の半分くらいが沈んだ。


「うっ、ふわあぁぁっ!」

「ほらほら、仕方ないですね。アイソスちゃんなら大丈夫ですよ。外で休んでいます」


 溺れたかのように両足をばたつかせていた儂を引き上げて、アルビオーネは窓の外に視線を向けた。


「忘れたのですか? アイソスちゃんだって傷を負っていたのです。グリムちゃんはあの後しっかりと傷を癒してもらいましたが、アイソスちゃんはそのままなのです。申し訳ありませんが」

「なぜだ。アイソスを癒せと、あれほど言っただろうが」

「そうなのですが、イズキャルルの放った魔虫のせいで、街じゅうに負傷者が溢れてしまいまして。癒しのポーションも教会の者も、余裕がなかったのです」


 ああ、そうだったな。儂の術で生み出した猛禽たちが駆逐しただろうが、それ以前からすでに被害は出ていたのだろう。


「もちろん、守護竜たるグリムワルド様を癒します、と申し出はありましたよ。ですが、こんな状況なので断りました。アイソスちゃんも我慢してくれましたので」


「そうか。偉いぞアイソス。ならば儂が行って、せめてアイソスに心の癒しを——ふわぁぁっ!」


 ギャウウッ!


 くっ、また足がっ。


 あ、いや。何の悲鳴だ? 布団とは違う何か柔らかいものが、ベッドから転げ落ちた儂を受け止めてくれたような。


「あ、ゼナ。いたのか」

「く……幼女殿。気をつけろ。何度目だ」


 ベッドの脇に、真紅の狼ゼナロリスが寝そべっていた。その脇腹の上に突っ伏してしまったようだ。幼女のように高い体温が心地いい。


「ふぁ?」


 んん? コイツ、こんなに柔らかな毛並みだったか? 体を預けたまま腕を回すと、妙に安心できた。この背に何度助けられたことか。毛皮の感触も良いものだな。幼女の肌には敵わんが。


「ほら、グリムちゃんも無理しないでください。傷は癒えても体力は消耗したままなのですよ。魔力だって、アイソスちゃんの目の前で、あの方法を使うわけにはいきませんでしたし」


「そ、そうだな。大丈夫だ。ゼナ、良いぞ」

「……褒美を、まだもらっていないがな」


 儂をそっと払いのけながら、ゼナロリスは起き上がった。床に転がった儂に覆いかぶさるように立ち、舌をのぞかせている。その威圧感は魔獣本来のもの。コイツが儂を襲うことなどないとわかってはいるが、幼女の体は震えてしまう。


「ぜ、ゼナ……今は待て。儂はアイソスのところに行かなくてはならんのだ。その後で——」

「待てるかっ! オレは目覚めを待った! 幼女殿! 幼女のグリムワルド様っ! オレは約束を果たした。その上、そんな魅力的な(モノ)を見せられて待てると思うかぁっ!」


 は……?

 あ、儂、下着だけしか身につけていないではないかっ? お腹には忌々しい呪印が見えて——、いや、それよりも今は。生温い獣の息に、儂の肌がざわついている。


「アリュ、コイツを——」

「ええ。褒美は必要ですよね」

「アリュぅぅぅぅっっ! 待て、ゼナっ。待つんだ! お前には、そう、あれだ、お前には聞きたいことがあってだなっ。あの紅い幼女は——」


 口走った言葉に、獣の動きが止まった。儂をまじまじと見つめ、ゆっくりと離れてゆく。


「……見たのか」

「ん、ああ。お前がヤンデルゼに向かって飛びかかり、アイソスの背に乗ったと思ったら、そこには紅髪の幼女が剣を構えていた。あれはお前だったのか?」

「そうか、見られてしまったか」


 なぜかひどく落胆した様子で、ゼナロリスは呟いた。

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