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040 撃退

 ふギィィィィィィーーーーーーーーッ!!


 新たな奇声が這い上がってくる。頭を動かすことすら簡単ではない今の儂には、その正体がすぐにはわからなかった。


「上出来です、同志イズキャルル!」


 アルビオーネ!? イズキャルル、だと!?


 戸惑う儂の体に白い蛇身が巻きついた。そして、緩んだヤンデルゼの手から引き剥がされる。


 ヤンデルゼの体を貫く木の枝は、教会の庭から伸びていた。枝というよりは、細い木の幹といったほうが正確なのだろう。その幹に体を巻きつかせ、尻尾で儂を抱きながら、白蛇のアルビオーネはヤンデルゼの体に噛みついた。そのまま、串焼きの肉のように枝先から引き抜き、放り投げる。


「ぐひギャァァァァァァァァーーーーーーッ!」


 ヤンデルゼはアイソスに向かって飛ばされ、奴自身が作り出した結界に触れた。『雷獄』の機能通りに、結界の雷撃がヤンデルゼの体を焼く。


「ひ、ひ、ひぎっ、ひぎっ、ひぎィィィィィィィィーーーーーー!」


 蜘蛛の巣に張り付けられたように、奴の体は結界に囚われていた。バチバチと閃光を明滅させながら、絶え間なく雷は発生し続け、やがて泡が割れるように空間が爆ぜた。最後の閃光と共に結界が消える。

 全身を焼かれたヤンデルゼの体が、力なく落下を始める。そんな中で、小さな術の詠唱が聞こえた。


 ウオオオオオオーーーーーーーーッ!!


 獣の叫びが響いた。その圧で後押しされたかのように放たれた『破魔の大剣』が、詠唱ごとヤンデルゼの喉を貫く。


「アイソスちゃん! とどめを!」


「う、う、う、ううううぅぅぅぅぅーーーーっ!」


 喉を震わせながら、アイソスは首を仰け反らせた。そこに膨大な力の集積を感じる。ヤンデルゼの雷撃など比較にならない威力を秘めた、黒色の焔が口元から漏れ踊る。


 ああ——美しい。闇色が輝いている。無垢な幼女が、柔らかな頬を懸命にふくらませている。そんな必死な幼女の姿が、怒れる竜の姿と重なる。すなわち、くふっ、儂とアイソス——。


「ちょっ、アレはまずいのでは? 街ごと消し飛んでしまいますっ!」 

「あ……。と、とめ……ありゅ……」

「無論ですっ!」


 アルビオーネがアイソスに向かって跳躍した。白い蛇身を竜の首に絡ませる。放出寸前の力の源、その首に舌を這わせる。


「落ち着いて、アイソスちゃん! それはやりすぎよっ!」


 ぐうるるるるる…………ぅぅ…………。


 忙しなく動かされる舌になだめられたかのように、轟く唸りが鎮まっていく。それに合わせて、見えていた炎が縮小してゆく。


「ほらっ、アイソスちゃん、気持ちいいでしょ。ここの鱗の隙間。ぴくってなっちゃうでしょう? 知っていますからね、私。その体のイイところ、みぃぃんな知っているんですからっ」


「…………ぅぅ、う……、う、え————ええっ!?」


「もっと、もぉぉっっと、気持ちよくしてあげますからねっ。だから落ち着いて。そう、気持ちいいでしょ。私もなの。私も気持ちいいのよ。だからもっと、もっと、ぺろぺろと、ああっ、もっとおぉぉぉっっ!」


 コイツはっ! 途中から貴様の私欲ではないかっ! 儂の体が動けるものなら、殴り倒してやりたいわっ。

 それだけではないっ。興奮したアルビオーネは、儂を巻きつけたままぶんぶんと尻尾を振っている。いつぞやのように、この儂の存在を忘れて放されるかもしれん。こんな上空で解放されたら——儂は一体、何度落とされる?


「え、あ、おねえ……ちゃん?」

「そう! そうよ! もっともっとむしゃぶりつきたいの! そして、いつか必ず! そのお体全てを私の中にぃぃ——」


「やっ、やだあっ! おねえちゃん、くすぐったいよ。やめてよぉ」

「だめ、ダメです! そのくすぐったさが、やがて気持ちよくなるのです! いいえっ! この私が、その頂に導いて——」


「——っめ! ろっ!」


 懸命に抗議の声を絞り出した。ここで出さねば大切な何かを失ってしまう。その強烈な意思が、呪印に犯された体を動かしてくれた。


 二人の動きがピタリと止まる。


「グリムちゃん! よかったよぉ、グリムちゃぁぁん!」


「……いま、は、奴……だ」

「え? あ、もちろんです、グリムちゃんっ。さあ下りましょうね、アイソスちゃん」

「うん!」


 儂とアルビオーネを乗せて、アイソスは地上に降下していった。見下ろすと、『破魔の大剣』をかざす隊長と、真紅の狼の姿があった。二人の足元には動かなくなったヤンデルゼ。その体はすでに半ば崩壊していた。


 隊長がとどめを刺したのか。だがゼナロリスは……? 先程までアイソスの背にいたのではなかったか? あの幼女の姿はゼナロリスが変化したのだと思っていたのだが、違うのか?


「ゼナロリス、ヤンデルゼはどうですか?」


「ふん、見ての通りだ。我がグリムワルド様に手を出した奴の末路だ」

「わ、私はグリムワルド様のお役に立てたでしょうか、アルビオーネ様」


「そう。それはよかったわ。グリムちゃんもアイソスちゃんも、なんとか助け出せましたし。これで終わりですね」


 ああ、その通りだな。ひとまずは、これで終わりだ。ヤンデルゼの体は、潮解したかのように全てが崩れさった。不死のコイツがこれで滅んだわけではないが、しばらくは手出しできまい。


 そう安堵すると、急に意識が薄れ始めた。眠気に襲われる。アルビオーネに解放されるなり、倒れ込んでしまった。


「グリムちゃん!」

「グリム殿っ!」

「グリムワルド様!」


 体の感覚が少しずつ戻ってきていた。呪印の力が鎮静化しているのだろう。そのせいで、コネクトによって傷ついた掌や打ちつけられた背中から痛みが伝わり始めている。自身の体が支えられなかった。

 だが、ここで意識を失うわけにはいかない。儂は今、もっと触れていたいのだ。感じていたいのだ。その傷ついた大きな手で、儂の体を支えてくれているアイソスを。


「お前たち! 持ってきたでしょうねっ!」


 アルビオーネの鋭い怒声が儂の足元に向けられた。


「は、はいっ、アルビオーネ様!」

「ありました。ありましたけど……でも……」


 鼠たちだ。アルビオーネの眷属たる三匹の鼠獣人たちが恐る恐る答えた。


「これしかなかったの」

 白い一匹が人の指くらいの小瓶をうつむきながら差し出す。


「アルビオーネ様、教会には人間がいっぱいいて……」

「く、薬、あの、なくって……」


「お前たちっ! こんなもので足りるわけないでしょう! グリムちゃんも、アイソスちゃんも癒さないといけないのよっ! それをこんな小さな——」


 怒鳴り散らすアルビオーネは、諦めたかのように言葉を切って儂の方へ近づいてきた。


「さあ、グリムちゃん。これを」

「いつの、間に……」

「もちろん、グリムちゃんがあんな手段を話した時に、ですよ。眷属たちに呼びかけていたのです。ちっ、こんなものしかありませでしたが」


 儂がコネクトによって傷つくことを知って、手を回していた、ということか。やるではないか。


 だが、これは違う。


 ゆっくりと首を振って拒絶した。

お読みいただきありがとうございます。

戦いも終わり、次回で一つのエピソード終了です。

ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです!

とっても喜びますっ!!


【次 回 予 告】

戦いはもうおしまい。

でも、グリムちゃんの苦労は続く。

心は穏やかにならない。

それでも、竜幼女アイソスとの幸せな未来は開けたのです。



次回、


幸せな未来の、まだ半ば


全五話です。

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