036 世界を滅ぼす力
鬱陶しい奴だ。儂が素晴らしき構想を練っているというのに。それにこの蔦の触手もだ。いつまで無駄な攻撃を繰り返しているのだ?
「グリムワルド君! 僕は! ああ、僕はこんなに君を求めているというのに! どうして応えてくれないんだ!」
「黙れ、儂の黒歴史。貴様は諸々、生かしておけん」
「ああ——なんてことを。僕は、君が欲しいんだ。どうあっても君を手に入れたい。君さえいれば、僕はさらなる成長を遂げることができるんだ。だから僕は! なんとしても君を——」
「それが本音か。愛だ何だと言っておきながら、つまるところ貴様は儂の力が欲しいだけ、ということなのだな」
まあ、どんな理由であれ、儂がコイツの言葉に耳を貸すことなどないがな。だというのに、何故コイツは硬直しているのだ?
「ぼ、僕は、そんなことは……」
「ほう。違うというのならば問おうか。貴様はこの儂に何を与えてくれるというのだ? 貴様の言う愛とやらは、一方的なものか?」
「僕は……僕は、君に安らぎを与えることができる。君は、怠惰で堕落した生活が望みなのだろう? いつも寝てばかりで、動こうともしない君にふさわしい場を提供できる。だって君は、何もしなくいいんだ。僕の側で、食べて、寝て、好きなだけくつろいでいればいいのだからね」
くぅっ……。
コイツの提案——悪くはないのだが。何故だか心に鋭く刺さる。悪意がないところが余計に。
「ふん。わかっていないな、イズキャルル。いかにも儂が好みそうなことを、幼女のためのケーキの如く並び立てようと、貴様は何も理解していない。この儂の本質を」
「そんなことはないよ。君は働きたくないのだろう? だから魔王軍から追放した。何をする気もないのだろう? だから僕という環境を用意した。これ以上の望みなんて——」
「幼女だ」
神聖な祝詞のように、儂は竜の口からその言葉を響かせた。
「よう……じょ……?」
「貴様では、儂を満たすことはできんな。近年『幼女断ち』をしていたが、もはや無理だ。アイソスを知ってしまった。この心地よさに、再び目覚めてしまったからな。イズキャルルよ。我が新たな力『コネクト』——それを知るきっかけとなったことだけは、貴様を評価しよう」
「あ……ああ、幼……女……。それは……そんな……」
イズキャルルは身体を硬直させたまま、視線を虚空に彷徨わせていた。それほどに思考の外だったようだな。だから甘いというのだ、愚か者め。
「い、いや。それならば。用意しよう! 人の子を拐おう! 僕の力ならそんなものいくらでも——」
「そんなものだとっっ!! 貴様が幼女を語るな! 汚らわしいわっ!」
威嚇するように喉を震わせ、低く轟く唸りの内に術の詠唱を潜ませる。
これ以上、コイツに費やす時間はない。さっさと片付けねば。アイソスの魔力は少ないのだ。いつまでコネクトを保てるかもわからん。この貴重な時間。儂は一瞬でも長く味わっていたいのだっ。
竜と幼女の口で、同時に術を発した。幼女は高らかに、竜は密やかに。
「 【滅界】
『聖幼女の吐息』」
厳かに聖杖を差し出す。同時に、儂らを守る障壁を解いた。
——ふぁぁ、愛らしい。心が奪われる。
遮るものが消え失せたことで、蔓の触手が迫る。だが、それらを気にかけることなく振り返り、竜の瞳でアイソスを見つめる。魅せられる。
あどけなさに包まれながらも、厳しい視線を送るその表情。微風に靡き、日の光を反射し水面のように輝くさらさらな長髪。聖杖を握るは、完熟した果実の如き手。瞳はサファイヤ。頬は綿毛。
んふぁぁ……なにこれ。まぶしぃぃ。
そうだ、角度を変えて。
長い竜の首は便利なものよ。あらゆる方向から堪能できる。惜しむらくは下方からの視界を堪能できないこと。
だが、こればかりは致し方ない。アイソスの体は今、片手で儂と繋がっているのだ。掌を儂の背の鱗に接しているため、膝立ちにしかなれない。
っと、そういえば触手は?
ああ、確認するまでもなかったな。イズキャルルの放った触手も花粉もすでに消えている。
アイソスの聖杖から生み出された光は、霧のように漂い一本の触手に触れた。それだけで、不器用な幼女の食べかけケーキの如く崩れ去ったのだ。
崩壊は伝播する。光は蔓を侵食し、他の蔓へと広がる。花粉に侵された空間を清浄なものへと変える。
これらが出現する源となっている鏡までもが光に呑まれ砕け散った。空を埋め尽くすほどに存在していた鏡が、連鎖的に爆ぜる様は壮観だ。アイソスを鑑賞しながら傍目に確認しただけだが、まるで花火。幼女を称えるに相応しき輝きだ。
次いで、儂が捕らえられていた蔓が崩壊した。ゼナロリスが慌てて地上に向けて駆ける。上部から徐々に光に浸食さた蔓は、その半ばほどが朽ち、そこで光は消えた。
「な……、グリムワルド君……。その力は——」
「何を驚く? 貴様は儂のことをよく知っている、などと宣っていたが、儂の力ことは知らぬのか?」
「君の——? あ、ああっ。『滅界竜』……。そうなんだね。これが、世界を滅ぼす力……」
「世界、というのは大袈裟だがな。それでも、貴様の世界を壊すくらいの力はある」
そういう理屈だ。【滅界】という我が力は、対象の世界を壊す。
今回の場合、攻撃してきた蔓や花粉はイズキャルルが生み出したものだ。生み出した以上、そこには必ず繋がりがある。それは力の流れであったり、魔力の残滓であったり、あるいは儂のみが感じ取れる『路』とでもいうような関係性がある。
関係性——そのモノ独自の特徴、存在の起源、法則といってもいい。そこに崩壊の力を送るのだ。あとはその法則に従い、『路』を通り破壊は侵食する。あたかも、幼女の咥えたストローの中を通るジュースのように。
もっとも、今回の術は本来のものではない。先の【断界】と同様、即興で光を纏わせた。そのほうがアイソスには映えるからな。くくっ。期待通りの素晴らしさだったぞ、アイソス。
「軽率だったな、イズキャルル。今の儂であれば、どうとでもできると思ったか? 甘いわっ! 貴様は、儂と幼女の絆を舐めた。それが貴様の敗因だっ!」
「そんな……。あの、術だけが取り柄のヤンデルゼの魔術を、幾ら君とはいえ破るなんて……」
「ふん。魔術など、我がコネクトの前では塵芥。そしてイズキャルルよ。思念体であれば傷つけられない——よもやそう思ってはおるまいな?」
アイソスの身体を使って上空の鏡に視線を送る。【滅界】によって全ての鏡を破壊したなかで、あえて残した一枚だ。
イズキャルルの顔色が変わった。よろめくように後退し、儂から距離を取ろうと身構える。視線が鏡へと揺れた。
「グリムワルド君、待ってくれ。僕は、本当に君のことを愛しているんだ! 君と共にいたいんだ! 君を利用しようとしていたことは認めよう。それでも。ああ——君が欲しいんだ。だから、君の望みだって叶えよう。そうすれば君だって」
「黙れ! 貴様は消す、と言っただろうが。貴様が今更何をほざこうが、貴様という存在自体が許せん」
竜の体内に魔力を巡らせる。術の発動の為の行為だが、同時にそれはアイソスを感じさせてくれるものだ。抑え難き悦びが、魔力と共に身体中を暴れ回る。
残された鏡は、最初にイズキャルルが現れたときのものだ。その先には奴の本体たる千年樹があるはず。それを破壊すれば思念体など維持できまい。
「だ、だめだっ。やめてくれっ。僕は、ただ君をっ、君を愛して——」
「何が愛だっ! 枯れた木材がほざくなっ! 貴様、儂を誘ったな! 愚か者がっ! 貴様如きが儂を誘うなど————千年遅いわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
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【次 回 予 告】
四天王イズキャルルを退けたグリムちゃん。
でも戦いは終わりではなくて。
全てを出し尽くして、グリムちゃんは戦う!
次回、
決着
全四話です。




