035 昂ぶる魂(たかぶるタマシイ)
口内に侵入したままだった不快な蔓を噛みちぎる。全身を拘束する蔓は、我が魔力の放出を受けて枯れ葉の如く崩れ落ちた。
軽く羽ばたいて浮かび上がり、魔力を纏わせた鉤爪を振るうと、頭上の巨大な鏡は何の抵抗も感じさせずに砕け散った。
「ふ、ふふっ。くくくくくっ」
こみ上げる笑いが抑えられん。雨の如く降り注ぐ鏡の残滓の向こうに、驚愕の表情を浮かべたイズキャルルの姿が見えた。
「儂が! この儂が! アイソスとひとつにっ! くははははははははっ、なんと、なんという心地良さ! なんという甘美!」
オオオオオオオオーーーーーーーーーーッッッ!!!
ああ、止められんっ。この熱き想いを吐き出すかのように、蒼天に咆哮を轟かせる。それでも! 体内からとめどなく熱が生まれ、我が身を焦がすのだっ!
「これほどに素晴らしきものとはっ! 幼女と魔力回路を繋げることがっ! ああ——そうだっ! この素晴らしき術——『魔路接続』と名付けようではないかっ。儂とアイソスのコネクト! 善い。善いぞおおぉぉっっ!」
「素晴らしいっ! 素晴らしいです、グリムワルド様! これぞ究極! これぞ至高!」
「くははははっ! そうだ! そうだろう、ゼナロリスよ! 見よ、儂を! 見よ、アイソスを! 幼女と一体となったこの儂を見るのだぁぁぁーーーーーーっ!!」
「ウオオオオーーーーッ! グリムワルド様ぁぁーーーー! これで! これでグリムワルド様の『幼女大全』に、新たな一項が刻まれるうぅぅーーっ!」
グオオオオオオオーーーーーーーーッ!!
ウオオオオオオオーーーーーーーーン!!
儂とゼナロリスの歓喜の共演は、街を越え、我が山脈にまで響いただろう。聞け、皆の者。新たな儂の産声をしかと心に刻むのだっ!
「ぐ、グリムワルド君。その力は、まるでかつてのような——」
「あ? なんだイズキャルル。いたのか?」
イズキャルルが儂の目の前まで浮かび上がってきた。忘れておったわ。いや、忘れてなるものか。コイツはアイソスを傷つけたのだ。そして儂の消し去りたい過去。
だが。
くくっ、くははははははははっ!
「昂ぶる! 滾る! 迸るぅぅっ! だめだっ。だめだだめだだめだだめだぁぁっ!! 儂はっ、儂は今! 最高に漲っておるのだあぁぁぁぁっっっっ!!!」
「僕は、そんな君が欲しいっ!」
イズキャルルの手から蔦草が放出された。それは投網のように広がり、儂の全身を再び拘束しようと襲いかかってきた。
ガァァァッ!!
儂の一息で蔓草は焼失した。そのまま闇色の炎はイズキャルルを飲み込む。
「くっ————、くああああっ!」
瞬時にイズキャルルを守る鏡が現れる。だが、その鏡すらも破壊し、儂のブレスはイズキャルルを闇に染めた。
アイソスのときのように吸収できると思っていたのだろうが、甘いわ。我が魔力を纏わせたブレスだ。ただブレスを使用するだけのアイソスとは質が違う。そこに気づかんとはな。
「貴様など相手になるかっ。今の儂ならば、世界中の幼女ですら相手にできるわっ」
「く……さすがだね、グリムワルド君。でも、今の僕には効かないよ」
炎の通過した後には、変わらぬ姿のイズキャルルが佇んでいた。その衣服すら破壊された痕跡は無い。
「ああ、その姿は思念体だったな。物質でも、魔素を基に構成されたものでもない、か。だが、どうやら燃え尽きたものはあるようだな」
「……先程の下着のことかい? そんなもの、君が穿いていないのならば、なんの価値もないよ。それとも、今のものを戴けるのかい」
イズキャルルは儂の背にいるアイソスに目を向けた。視線が合う実感があった。
今の儂は奇妙な感覚の中にいる。本来の竜の身体で会話をし、傷ついた体の痛みも受け取っているが、同時にアイソスの五感も機能しているのだ。こんな喩えは失礼な話だが、使い魔と感覚を共有した時に似ている。
「下衆な奴だ。これ以上、何人たりともアイソスに触れさせん」
「何故? アルビオーネ君には与えているというのに。何故僕には——」
「あれは勝手に奪っているだけだっ! 許した覚えなどないわっ!」
「それなら、僕も勝手に奪わせてもらうよ」
ぞくり、とアイソスの背が震えた。蔓草が迫っていた。その出所は、上空に残る無数の鏡だ。魔蜂の現れた鏡から、今度は蔓が儂に向かって伸びていた。
背後からだけではない。周囲に浮かぶ無数の鏡からも、その先端をのぞかせている。
視界には緑と赤。幾つかの蔓は、そこに花を咲かせていた。幼女ほどの花弁を開き、その中心から、大気を黄色く染める花粉を放出しはじめる。
毒、あるいは眠り、あるいは麻痺の作用といったところか。
即座に竜の口を使い詠唱を紡ぐ。その術の完成に合わせてアイソスの腕で聖杖を掲げ、同時に幼女の柔らかな声を響かせる。
「 【断界】
『絶対幼女領域』」
儂を中心に球形の障壁が展開した。まるで空に溶け込むような、半透明な蒼の球体。迫りくる蔦の触手も微細な花粉も、全てが遮断される。
この【断界】という術は、本来、物質も魔力も退ける漆黒の球体を生成する。儂を守る絶対的な防壁であり、この程度の攻撃に使用するなど過剰な代物だ。
だが、使わざるをえなかった。思いついてしまったのだから。
術に即興で色彩を付与し放った。アイソスが使うにふさわしい、彼女の髪の色。まるで水中にいるかのように錯覚する。アイソスとその背後に輝く障壁はあまりに幻想的で美しい。くくっ、想像通りの素晴らしい出来栄え。
——くそっ。その奥に蠢く触手さえ眼に入らなければな。
「貴様程度が、この領域に踏み込めると思うな。幼女の結界は、何人たりとも侵入できん。そう——この儂以外はな」
ん?
いや、待てよ。
儂以外、か。儂以外の者がこの結界に立ち入ることなどできんだろう。ならば、この結界を広げ、幼女を導き入れれば。それは即ち——。
いや、そうではない。頭を振ってその考えを払った。そうではないのだ。結界などいらん。
そもそも、この世界を我がモノにしてしまえばいいのだ。さすれば世の幼女は全て儂のモノと言えるだろう。全ての、あらゆる幼女を我が内に!
じゅるり。
おっと、品がなかったな。アルビオーネではないのだ。幼女と共に在る存在として、常にこの身を正さねばな。
だがっ。そんな素のままの儂も見てもらいたいっ。受け入れてもらいたいっ。飾らない儂で、幼女と接していたいっ。
それも偽らざる本心なのだっ。
ふぅ。
世界、か。儂と幼女の世界。幼女と儂だけの世界。それこそが完成された我が世界だ。それを手に入れることができたら——。
ああ、心が湧く。尻尾が踊る。くくっ。素晴らしい。なんという理想郷。想像するだけで、魂が浄化されるようだっ。
「く……、何故! どうしてなんだい!? どうして君は僕を拒む!」
あ、イズキャルル。まだいたのか。




