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034 反撃の手段

 教会の庭から伸びた大樹のような蔓は、街のどの建物よりも高くそびえ立っていた。竜の巨体を絡め取りながらも、揺らぐことなき強靭さを保っているのは、それがイズキャルルの一部でもあるからだろう。

 そんな蔓のさらに上空には、イズキャルルの生成した無数の鏡が浮かんでいた。そのなかでも一際大きな一枚が、眠ったままの竜の上部に迫っている。小さな鏡から魔蜂どもが現れたのとは逆に、その鏡が竜を、アイソスを連れ去るためのものであることは、容易に想像できた。すぐにでも手を打たねばなるまい。


——のだが。


「何をしておるのだ、イズキャルルの奴は?」


 教会の裏手から庭に出た儂らは、外壁に張りつくように身を潜めながら空を見上げていた。そこから目にしたのは、未だ動こうとしないイズキャルルの姿だ。しかも奴は竜の尻尾の付け根あたりに自らの体を重ね、頬擦りしている。


「……我慢できなくなったのでは?」


 何をだ、アルビオーネ? まあ、わからぬが好都合だ。奴が気を取られている隙に、行動を起こすことができる。


「しかもあの手つき。あれは幼獣が母親に乳をねだるときの動きですね。この場合、幼獣はイズキャルルで、乳というのは、つまり——」

「言うなっ! 想像してしまうだろうがっ!」


 思わず自分の尻に手を当てていた。共感してしまったではないかっ。おぞましいわっ。


「全く、愚かな奴だな、四天王というのは」


 侮蔑の視線を送っていたゼナロリスが顔を背けた。


「ふん。あんな部分がなんだというんだ。そのそばに、もっと魅力的な場所があるだろうが。ましてやグリムワルド様はお休みになられているんだぞ。ふ、しゃぶり放題じゃないか」


「あら、ゼナロリス。寝込みを襲うなど、はしたないですね。襲うなら寝込みではありません。寝起き直前です。目が覚めてしまう、でももっと攻められる。ああでも——、そういう緊張感が高まりを増すのですよ。そしてもし起きてしまったら。それはそれで良いものですっ。寝ぼけ顔が徐々に変わってゆく瞬間が! その表情が! 最高なので——」


「だっ、だまりぇ〜〜〜〜〜〜っっ! アリュ! 貴様、そうやって儂を! この身体を何日もぉぉっ! 貴様もだ、ゼナっ! 恥を知れぇぇっ!」


「ダメです、グリムちゃん! そんな大声、奴に気づかれてしまいますっ!」


 あ。


 イズキャルルが身体を起こした。首を振り、頭上の鏡に向けて手をかざす。それに応じて鏡は降下を始めた。


「グリムワルド様っ!」


 鋭い叫びと共に、切断された蔓が地面に落ちる。儂らが目を離した隙に迫っていた蔓を、隊長が切り払っていた。


「お急ぎ下さいっ。今のうちですっ!」

「おお。では、アリュ、行くぞっ!」


「……はあ、仕方ないですね。気づかれてしまったのなら、このまま強行するしかないです。全く、グリムちゃんが変に騒ぐから……」

「誰のせいだと思っておるのだぁっ!」


 儂の当然の抗議にも耳をかさず、アルビオーネはその姿を白蛇へと転じた。


「作戦も何もないですが、いいでしょう。いざとなったらこの私が、グリムちゃんのために一肌脱ぎましょう。あ、本当はグリムちゃんの方を脱がしたいのですけど。でもですねっ、グリムちゃんが自ら脱いだりするのとは訳が違う——」

「だまれぇぇっ! さっさと準備しろぉぉっっ!」

「はいはい。ではグリムちゃん、行きますよ。それからゼナロリス。私が駄目なときはグリムちゃんを頼みます」


 そう言うと、ゼナロリスの返答も聞かずに大きく口を開く。儂を、次いでゼナロリスを口内へと収める。


 閉ざされた口内は闇だ。先程イズキャルルから逃れたときは、訳もわからぬうちのことだったが、今は違う。擬似的にでも、喰われるという恐怖に身体が震えだす。ゼナロリスの身体をギュッと抱きしめていた。


「ほれれは、いひはふよほぉぉっ!」


 何やらモゴモゴとした宣言を耳にした直後、儂の身体が背後に引かれた気がした。

 直後に、吹き飛ばされる感覚——。




 儂がアイソスの背中にしがみついていることを実感するまでは、あっという間だった。何がどうなってたどり着いたのか、闇の口内からは(うかが)い知れなかった。


「アリュっ!」


 アイソスの背中に逆立つ鱗を握り締めながら、声のする方を振り返った。そこには儂を守るように立つゼナロリスと、両手いっぱいに布切れを持って震えるイズキャルルの姿。あ、頭の上にも被さっているな。


「ふ、ふふっ。やるじゃあないか、アルビオーネ君」


 アルビオーネ? そうだ、あいつは?


 イズキャルルのそばに白い尻尾が見えた。それは徐々に短くなり、鏡の中へ吸い込まれてゆく。それで察した。

 光の矢の如きアルビオーネの突進を、新たな鏡で防いだのだろう。そして、鏡に飲み込まれる前に、アルビオーネは儂とゼナロリスをアイソスに向かって吐き出した。ついでに——なのかはわからんが、新たな下着も吐き出したな。未使用品だろうな?


「ぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜」


 遠くからアルビオーネの叫び声が微かに届く。街の外壁近くの空中に彼女の姿が見えた。

 儂のブレスを防いだ時と同様に、そこにある鏡と彼女を飲み込んだ鏡とは、空間を隔てて繋がっているのだろう。その鏡から生えてくるかのように、徐々に彼女の全身が現われつつあった。


「——けれど、これは侮辱だよ、アルビオーネ君。これらにグリムワルド君のモノは無い。こんなもので僕の気を惹こうなど、ああ——なんて悲しいんだ。君は持っているんだろう? 何故……、ああ、何故それを僕に渡してくれないんだい?」


……ま、まあいい。今のうちに、儂は儂のすべきことをせねば。


 握っていた鱗を一旦放す。背中の中心に並ぶその鱗は、先端が鋭い棘状になっている。決意を込めて長く息を吐き、小さく柔らかな幼女の掌を見つめた。


「アイソス、すまぬ。お前の身体、傷つけるぞ」


 その手を鱗の先端に押し当てた。幼女の柔肌だ。すぐに皮膚が破れ、血が滴る。


 だが、足りない。魔力を巡らせ、より強い力で手を押し進める。痛みが、痺れと共に全身を駆け巡る。もう少し————歯を食い縛りながら、異物を体内に導く。


「ぐ、うぅっ」


 このまま腕を貫いてしまうのではないか。そう危惧しはじめたときに、その感覚に触れた。


 届いた!


 鱗の棘は儂の、いや、幼女の体内を巡る魔力回路に接した。誰もが有する、魔力を伝えるための器官。魔術行使に影響を与えるのが、この魔力回路というものだ。


 呪印の影響か、アイソスの魔素は魔力回路を通じて操作はできても、体外へ放出し魔術の構成要素として使用することはできなかった。

 ならば逆に、対象を体内へ導けばいい。儂の本来の体を受け入れればいい。アイソスの体を魔力で動かしたように、儂の体を操作できるはずだ。

 ましてや、勝手知ったる我が体だ。我が体内の魔力回路の巡りと働きは当然知り尽くしている。


「——んふあぁぁっ!」


 上ずった声をあげていた。背中が自然とのけ反り、熱い吐息が漏れる。


 繋がったのだ。儂とアイソスの魔力回路が。同時に、この体に、我が精神に流れ込んできた。膨大な力が。魔力が。


 あたたかな『幼女』が。




——ああ、これで。




 儂は、何者にも負けん。

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