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033 無力な幼女にできること

「貴様、アイソスを助ける気はない、ということかっ。奴への嫌悪感は理解できる。だが、それでも行くしかないだろうがっ!」


「行ってどうするつもりですか? 今のグリムちゃんに何ができるというのですか? 行ったところで、グリムちゃんも一緒に奴に連れ去られてしまうだけでは」


 ぐ……。わかっている。だが、このまま黙ってアイソスを奪われるのを見ていろ、とでもいうのか。


「お前が奴の気を引くだけでいいのだ。あとは儂がなんとかする。儂の呼びかけでアイソスを目覚めさせる。そうすれば逃げられるだろう」


「逃げる? これだけやられて、逃げるのですか?」

「仕方なかろうがっ! 今はアイソスを解放できればいいのだっ!」


 苛つく。なぜわからんのだ、コイツは。状況を全く理解できていないのか。ああそうか。コイツにとってはアイソスのことなどどうでもいい、ということか。


「もういい。貴様には頼らん。ゼナっ! 儂をアイソスのところまで連れて行け!」

「あ、オ、オレが……?」

「できるだろう? お前なら儂を乗せたまま、奴の蔦も上れるだろうが」


 コイツもか。なぜ儂に従わん。なぜアイソスを助けようとしない。鼻に皺を寄せて、そんな弱気な瞳を向けおって。


「グリムワルド様! 外を!」


 ずっと控えていた隊長がガラス窓を指し示した。


 駆け寄って覗き込むと、その先には上空のイズキャルルの姿が見えた。上空に伸ばした両腕の先に、巨大な鏡が浮いている。魔蜂達が出現した鏡とは比較にならないほどの面積を有したそれは、竜の体ですら通り抜けられるほどの広がりがあった。


「まずいっ、アイソスっ!」


 すぐに行かねば。そう決心し振り返ると、アルビオーネ達は無言で儂に視線を向けていた。その場に留まったまま動く気配すら見せない。


「もういい。貴様らなどいらん」


 睨みつけながら一言残し、外へ出るべく駆け出す。


 だが、数歩も進まぬうちに足を払われ、床に倒されてしまった。儂を転がしたアルビオーネの尻尾の先が、うつ伏せになった背中に押し当てられる。


「貴様……」


 起き上がろうとしたが叶わなかった。蛇の尾が、儂を床に縫い止めるかのように圧迫している。その体勢のまま、首を捻って睨みつけることしかできなかった。


「ちょっと落ち着いてくださいね、グリムちゃん」

「なんとも相応しくない姿だぞ、幼女殿」


 その冷静さが気にくわん。握りしめた拳が怒りに震える。


「貴様らっ。アイソスを助ける気がないのなら、せめて儂の邪魔をするなっ」


「はぁ、何を言っているのですか、グリムちゃん」


 ため息とともに、背中の圧力が弱まった。すかさず立ち上がろうとするが、それよりも早く、アルビオーネの尻尾が儂の手首に巻きついた。

 足が床を離れる。獲物を検分するかのように、アルビオーネによって儂の体は彼女の目線よりも高く吊り上げられていた。


「私だって、アイソスちゃんを助けたいに決まっているじゃないですか。ですが、それでグリムちゃんまで失うわけにはいかないのです」

「ならばさっさと儂を手伝えっ。早くアイソスを助けるのだっ」


 宙に浮いた両足をばたつかせる。届かぬことなどわかってはいても、落ち着いてなどいられんっ。


「私はヤンデルゼの奴とは違います。アイソスちゃんは大切ですが、私の一番は、今ここにいるグリムちゃんなのですよ。たとえ姿は幼女でも、グリムワルド様の本質はここにあるのです」

「オレは、どちらも大切だ。グリムワルド様の身体は、オレに歓びを与えてくれた。幼女殿の内にいるグリムワルド様は、オレを教え導いてくれた。どちらも大切だ」


「ならばっ! ならば貴様が——」


 口を挟んだゼナロリスを見下ろし、声を張り上げた。だが、言葉が続けられない。アルビオーネが尻尾を強く振ったため、儂の体は舌を噛みそうになるほどに揺さぶられてしまっていた。


「ですから。グリムちゃんが行ってどうするというのですか? 何かできることでもあるのですか? ねえ、グリムちゃん。もし、何の手段もなしに飛び出して行こうとしてるのなら、止めるに決まっているじゃないですか。それでも行くというのなら——」


 アルビオーネは言葉を止めた。代わりに口だけを開く。その端が裂け、広がる。人の顔でありながら、獲物をひと呑みにする蛇のように。


「私はグリムちゃんを守りますよ。何があっても、絶対に、手出しできないように。私の遥か奥底で匿います」


 こ、コイツ……本気か。この儂に、純然たる殺気を向けるとは。体が意思に反し震える。自然と唾を飲み込んでいた。


「ねえ、どうなんですか? あの様子なら、アイソスちゃんは連れて行かれたとしても無事でしょう。それはそれは丁寧に扱われるでしょう。ですから取り戻すチャンスはあると思います。それでも今、行くというのであれば。グリムちゃんには、何か手段があるのでしょうね?」


「し……手段、だと」


「アイソスちゃんの所へ連れて行くことはできると思いますよ。ですが、彼女を目覚めさせる、と言いましたよね? 彼女がどんな状態かもわからないのに? まさか、呼び掛ければ目が覚める、なんて幼女らしい単純な考えでいるのではないでしょうね?」


「ぐ……。目覚めるだろうが。アイソスは眠らされているだけだ。儂の声に起きぬはずが——」

「だめですねぇ」


 手首を拘束している尻尾が動いた。儂の体がアルビオーネの真上へと移動させられる。幼女の爪先のすぐ下に、アルビオーネの裂けた口が待ち構えていた。


「ま、待てっ! 儂は——」

「何か?」


 考えろ。今の儂にできることを。アルビオーネを納得させることのできる手段を。


 何があろうと、どうなろうと、儂はアイソスを助けたいのだ。今は力無き幼女だが、幼女への想いは二度と揺らぐことはない!


 アイソスの傷ついた身体が思い浮かぶ。自身のブレスを受け、破壊された鱗。その傷口を蔦に覆われた姿。眠らされていなければ、激痛に身を(よじ)っていたことだろう。


 今の儂は無力だ。そんなことは承知の上だ。

 アイソスの父(あの男)に抵抗することもできず、アルビオーネに助けられた。山中で魔獣に襲われたときも、ゼナロリスが現れなければやられていただろう。


 儂はアイソスを言葉で傷つけた。ロクな説明もせずに彼女を街へ向かわせたのは、儂の失態だ。


 アイソスと入れ替わったあの日以来、儂の生からすれば僅かにすぎない時間の中。その間の記憶が一気に溢れ出てくる。己の過ちも不甲斐なさも、再認識させられる。

 それでも儂はアイソスを助けたい。助けたいのだっ。だから。


 儂にできることは——。


「アリュ、聞け」


 押し寄せた記憶が、一つの可能性に結ばれた。いや、そんな不確実なものではない。間違いなく、今の儂にできることだ。儂にしかできぬことだ。


 それを口にしてやった。その手段を聞くにつれ、アルビオーネの表情が、冷徹なものから懐疑へと変わってゆく。


「……そんなことが、できるのですか?」

「この儂に、できないと思うか?」


 間髪入れず、返す。力を込めた言葉を受け、アルビオーネは儂を拘束していた尻尾を下ろした。床を踏みしめ、そのまま彼女を見上げる。


「これで問題ないだろう? これならばアイソスを助けるだけではなく、イズキャルルの奴を倒すことも可能だ」

「……かもしれませんが……。かもしれませんが、ああでもっ!」


 アルビオーネは頭を掻き毟っていた。一体何を葛藤しているのだか。理解したならば、あとは一刻も早く行動を起こすだけだろうが。


「でもっ! なんだか嫌なのですっ! グリムちゃんがっ、私のグリムちゃんがぁぁっ!」

「問題ないだろうがっ!」


「そうだとも、アルビオーネ。素晴らしいことではないか。これでグリムワルド様はまた一つ、究極へと到達するのだぞ」


 おお、ゼナロリス。お前もそう思うか。言ってやれ。儂はもう引かん。


「グリムワルド様。私にも何かお役に立てることはありませんか?」


 (すが)るような視線だ。破魔の大剣を撫で、隊長は膝をついた。


「お前は……、そうだな。地上で待機だ。そして生き残れ。生きてその大剣を継ぐのだ」

「継ぐ——、かしこまりました。必ずこの大剣を」


 まあ、正直お前自身はどうでもいいのだがな。


「では行くぞ! ——行くからな、アリュ!」


 愚図るアルビオーネの腕を掴んで、儂らは教会の裏手へ向かった。


 さあ、やってやるぞ、イズキャルル。


 貴様を消滅させてやる。

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