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032 知りたくなかった理由

「ふうっ、なんとか脱出できましたね」


 大きく息を吐きながら、アルビオーネは儂の杖を手渡してきた。拘束された時に落としてしまったものだ。


 教会には儂とアルビオーネ、ゼナロリス、破魔の大剣を持った隊長が避難していた。ここは正面入り口に面した礼拝堂だ。先に教会内部に逃げた者もいるかもしれんが、この場には姿がない。


「ああ。だが、まだだ。アイソスを取り戻さねば」


 一息ついている場合ではない。イズキャルルがこのまま儂のことを諦めるとは思えぬが、先にアイソスを連れ去る可能性もある。そうなってしまえば取り戻すのはより困難になるだろう。その前に、なんとしてでも助けねばならん。


 教会の壁越しに聞こえていた魔蜂の羽音が遠ざかってゆく。諦めて他の人間を襲いに向ったのだろう。だが、窓からは空中にたたずむイズキャルルの姿が見えた。奴もどうすべきか思案しているのか?


 ともあれ、今のうちに先手を打たねばなるまい。


「それはそうなのですが。でもグリムちゃん。我々では、正面切って戦ってアイソスちゃんを取り返すことは無理なのでは」


「何を言うっ! アイソスを見捨てられるかっ!」


「ですから——、というかですね。私、もう奴には近寄りたくないのです」


 アルビオーネはうんざりとした表情で顔を背けた。気持ちはわからんでもないが、そんなことを言っている場合ではない。


「戦う必要などない。アイソスを目覚めさせれば、脱出くらいはできるだろう。アイソスは儂のブレスを使えるのだ。先程は防がれたが、イズキャルルの隙を作れば問題ない」


「そうかもしれませんが……ですが奴は——」


「何を弱気になっているんだっ。確かに奴は四天王に相応しい力の持ち主だ。だが奴の気を引くことくらいできるだろう? 儂を連れてもう一度奴のところへ向かえ! 儂がアイソスを目覚めさせるっ」


「ですからっ! 嫌なのですっ!」


 一転、猛然と吐き捨てると、アルビオーネは儂の両肩を握りしめてきた。


「私、わかってしまったのですっ。奴の過去が! グリムワルド様が奴に何をしたか、気づいてしまったのですっ」


「なんのことだ。儂は何もしておらん。あるとすれば、気づかぬうちに奴が儂の魔力を吸収したことくらいだろう。だが、それがどうした」


「は!? 魔力ぅぅっ!?」


 黙っていれば端正な顔を思い切り歪めて、アルビオーネは儂に迫ってきた。小馬鹿にするように生暖かい息を吹きかけてくる。儂の髪が、額まで露出するほどに靡いた。


「ふっ、ふっ、ふざけないでくださいねぇ、グリムちゃん。本当にわからないのですかぁ?」

「だから何だ! わかったことがあるならば、さっさと話せ。儂らに余裕はないのだぞっ」


 胸を突き、アルビオーネを押し除ける。ああ、儂の力では無理であるし、そもそも無駄に柔らかいコイツの胸に埋もれただけだったがな。


「では、お尋ねしますけれどぉ。奴の成長に必要なものって、グリムちゃんはなんだと思っているんですか?」

「奴は樹の魔物だ。魔物である以上、魔力の源たる魔素は必須だ。より強くなるためには特に。植物という特性上、それを吸収するのは容易なのだろうな」


「そう! 奴は植物なのです。魔物、というのはともかく。で、植物の生長に必要なものは?」

「植物……ならば日の光と水があれば十分だろう。水場であれば、奴のそばには湖があったしな」

「よくできましたね、グリムちゃん。いいこいいこですっ!」


 グシャグシャと髪をかき混ぜるな、愚か者がっ。撫で方が激しいわっ。髪が抜けるではないかっ。


「ですが、不十分です。それだけではただ生長するのみです。より強く育つには、肥料が必要なのですよ。ねえ、グリムちゃん。グリムちゃんは奴の所に行ったことがあるんですよね?」

「ああ。奴のことは覚えていないがな。儂はただ、その場所で休息をとっていただけだ」


「休息——そう、休息していたのですね。その休息中に、グリムちゃんは奴に与えていたのです。奴の栄養となるものを」

「あ? だからイズキャルルは儂の魔素を——」


「はぁ、まだわからないのですか? グリムちゃんは休息していたのです。いつものようにダラダラごろごろしていたのですよね。その時に、ソレを出していたのです。そして、ああ、奴はソレを養分として吸収して————ああっ! みなまで言わせないでくださいっ!」


 は? 何を悶えているんだコイツは? それに、儂が何を出しただと? 儂はただ休憩のためにその地へ降り、森で狩りをし、食って、寝て——。




 あ。




 いや、まさか。


 そんなものを奴は——。




 いやしかし。


 それしか思い当たらん。


 それならばイズキャルルの性質も、アルビオーネの反応も納得できて——。


「アリュ……」


 血の気が引く思いに体がふらついた。アルビオーネに掴まれていなかったら、倒れていたかもしれん。


「私、嫌ですからね」


 真顔でアルビオーネが頷く。


 どうしようもなく全身が震えた。自身の体を抱きしめる。儂の出したモノが、そんなふうに使われるなど。

 今の感情が、自分にも理解できない。この震えが恐怖からなのか、おぞましさからなのか、未知の存在に対する不安なのか。


 ああ。どれもだ。それに嫌悪と不審。奴の言動全てが(うと)ましい。この感情、奴をこの世から消滅させない限り無くならないのではないか?


「奴は、本当に儂の——。いや、だから、それで、儂の下着まで……」

「わかったようですね、グリムちゃん。ですが、その点だけは安心してください」


 疑問に固まる儂に向けて、アルビオーネはその表情を和らげた。


「あの下着はフェイクですから」

「フェイ……ク……?」

「そう、グリムちゃんの穿いていたものではない、ということですよ。あれはただの未使用品。今度グリムちゃんに穿いてもらおうと思って、私のお腹の中で温めていただけのものなのです。その証拠にほら」


 アルビオーネの喉が動いた。そして口元から、舌とともに純白の布切れがその一端を覗かせる。あれはもしや、儂が最初に穿いていた…………?


「貴重なグリムちゃんの使用済みを、私が手放すわけないじゃないですか。たとえ私が殺されようと、これだけは——」


「はきだしぇーーーーーーっっ!」


 瞬間、拳を突き出していた。アルビオーネの体がくの字に折れる。


「お、おぶっ。グリムちゃん……いつの間にこんな力を。ですがっ」


 アルビオーネが天井に顔を向けると、下着が姿を消した。そのまま嚥下したのだろう。


「き、きしゃまあぁーーーーっ! だせっ! ださぬなら、引き裂いてくれるわーーーーっ!!」


「ああ、ダメっ、ダメですっ! そんなに大切なら、グリムちゃんも一緒に中にっ!」

「入るかああああぁぁーーーーっ!」

「んげええぇぇっっ!」


 聖杖のフルスイングをまともに受け、潰れたカエルのような声を絞り出しながらアルビオーネは床に転がった。


「あ、あふっ、グリムちゃん……どうして……その力……」

「知るかっ!」


 のたうつアルビオーネを見下ろし、威嚇するように聖杖の先で床を突いた。


 だが……、確かに。儂は今、何をした? 今の儂にこんな力はなかったはず。杖を握る手に力を込めてみるが、変わったところはない。

 ん? これはもしや。くくっ、そうか。儂に聖女としての力が目覚めた、とかか。


「な、なにをにやついているんですか、グリムちゃん。私、全然効いていませんからね」

「あ? 誰がにやついているだと?」


「凄んでも変わりませんよ。なぜなら、私には力が溢れていますからっ。私の中には、力の源たる、グリムちゃんのモノがありますからねっ!」

「ほう、ならばイズキャルルの元へ向かってもらおうか。力があり余っているのだろう?」


「そっ、それは嫌ですっ。私は、グリムちゃんの下の世話は望むところですが、グリムワルド様のは無理ですっ!」

「何だとっ! 儂のもできるだろうがっ!」


——ではないっ。勢いで口に出てしまっただけだっ。だから待て、アルビオーネ。露骨に儂から離れるなっ。


「ま……まあ、ですね、グリムちゃん。グリムちゃんがどうしても、というのならば。私も覚悟を決めて」


「忘れろっ! それは忘れるんだっ! それよりも今はアイソスだ! 無駄な話をしている場合ではない。アイソスを助けに行くのだっ!」


「いえ、それは嫌です」

「何だとっ!!」

 

 一転冷静な拒絶に、儂の中に怒りの炎が渦巻いた。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです!

とっても喜びますっ!!


【次 回 予 告】

アイソスを救うために焦るグリムちゃん。

そんなグリムちゃんを危険にさらしたくないアルビオーネさん。

『今のグリムちゃんに何ができるのか』

そう迫るアルビオーネさんにグリムちゃんが示した手段とは。


そして荒ぶるグリムちゃん!!



次回、


反撃


全四話です。

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