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030 僕たちは同志

 足下から悲鳴が響きわたる。

 周囲には復興のために働く多くの人間がいたはずだ。そうでなくとも、数日前の混乱が治まった街では、今は普通の生活が営まれている。

 そこへ巨大な魔蟲が一斉に襲いかかったのだ。街中はすぐに狂乱に包まれるだろう。


「イズキャルル、貴様あぁ————っぐっ!?」


 思わず叫んだ儂の口内に、突きつけられていた蔓が侵入し言葉を堰き止めた。


「ああ、すぐに終わるよ。ははっ。彼らは、狩りが得意なんだ。それを見届けたら、行こうじゃないか。それとも、僕をその口に受け入れてくれたんだ。すぐにでも行こうか? ——いいや、行こう! 僕を、ああっ、僕を咥えてっ、ああああっグリムワルドくぅぅぅんんっ!」


 ふざけるなっ。儂の街を、儂の為に働く人間どもを狩るだと。不快極まる蔓に、力の限り歯を立ててやった。


 そんな小さな抵抗を気にしたのか、蔓が抜き取られた。

 咳き込む儂の顔に手が添えられた。そこに貼りつく蔦を引き剥がし、イズキャルルのほっそりとした指が頬を包み込む。


 儂を見つめるイズキャルルの視線が鋭さを増した。アイソスの体、ではなく、その奥の儂を射抜くような瞳だ。それはすぐに緩んだ。求めるものを確認し、安心したかのように。


「ああ、素晴らしい。やはり、君が欲しい。君と共に居たいんだ、グリムワルド君。なぜって? ああ、野暮なことを聞かないでくれたまえ」


 イズキャルルの顔が触れるほどに接近してきた。汚れなき金髪が、儂の髪と混じる。儂の内に不快な記憶が蘇る。


「愛しているよ、グリムワルド君。これからは、僕という大樹の下で、僕たちは愛し合い、ひとつになろうじゃないか。でも、ああ——。こんなところで申し訳ないが、少しだけ、ほんの少しだけいただくよ」


 仮初めの唇が迫る。幼女の体の下部へ。全身が怖気立つ。くそっ、コイツの狙いは。




 グギイイイイイイイイイィィーーーーーーッッ!!




 イズキャルルが儂に接触する寸前、岩同士をすり合わせたようなおぞましい低音が響いた。その音だけで蔓草を破壊できる、そう思える衝撃が伝わる。

 耳を塞ぐこともできず、ただ眩暈(めまい)に襲われた。ゆがんだ視界のなかで、イズキャルルが儂から距離をとる姿が見えた。


「それ以上の乱暴はっ! この私が許しませんっっ!!」


「あ……アリュ……?」


 白蛇の姿でアルビオーネが蔦を這い上がり、儂とイズキャルルの間に割って入っていた。


「ふうっ、ふうううっ。聞き捨てなりませんねぇ、イズキャルル様。いかに四天王とはいえ、私の許可なくグリムちゃんを奪うことなど許しませんっ。もっとも、許可など下りることはありえませんがっ」


「なんだい、君は。その純白の身体、なかなか美しいねえ」

「私のことなどどうでもいいのですっ!」


 落ち着き払ったイズキャルルの言葉を、語気荒くアルビオーネが払った。蔓に蛇身を絡ませて、イズキャルルの視線から儂を隠す。そうして彼女はゆっくりと息を整えた。


「——いえ、そうですね。まずは名乗りましょうか。私の名はアルビオーネ。偉大なる滅界竜グリムワルド様の第一の部下にして、このグリムちゃんの究極完璧なお世話係、アルビオーネです」


「なるほど、グリムワルド君の。ああ、それは残念だね。君までを連れて行くわけにはいかないのだよ」


「グリムちゃんを(さら)う気ですか。確かにグリムちゃんは可愛らしいです。愛おしいです。この体に納めてしまいたいくらい甘く、時に酸っぱく、やわやわな幼女です。私とて、世界中のあらゆる存在に、グリムちゃんのことを愛でてもらいたいと思っています。ですがっ! それは私の目の届く範囲でのことですっ!」


「愛おしい——、ああ、それは同感だよアルビオーネ君。そして、君には悪いが、愛おしいからこそ僕のものにしたい。僕だけのものにしたいのだよ。わかるだろう?」


「当然ですっ!! ですがっ! 愛おしいですって?」


 アルビオーネがもたげた頭を揺らす。威嚇するかのように、自身へ注意を向けさせるかのように。

 一方で、儂の体に尻尾の先端を這わせる。そこに貼りつく蔦を静かに剥がし始めていた。


「軽々しく口にして欲しくないですね、イズキャルル様。あなたにグリムちゃんの何がわかるというのですか? まさか一目惚れ、とでも言う気ですか? ええ、もちろん。グリムちゃんはそれだけの魅力を発していますが、ね」


 そうか、アルビオーネ。時間稼ぎというわけだな。イズキャルルに負けぬほどの執拗な言葉は、そういうことか。


「ああ、そうか。そういうことなんだね」


 ぽん、と手を打つ音が聞こえた。


「君は、自分が一番グリムワルド君を理解している、と思っているんだ。けれど、ああ——。残念ながらそれは違うよ。君は知っているのかい? かつてのグリムワルド君の勇ましき姿を。優しさと猛々しさを併せ持つ、美しき竜の姿を」


「へえ、そうですか。ですが、イズキャルル様。あなたこそご存知ですか。今のグリムワルド様を。グリムちゃんの姿を。私はねぇ、グリムワルド様の繊細で敏感なところから、グリムちゃんの柔らか内腿の、その奥の感触まで、この舌先で知っているのですよ」


 あ!? 何を言い出すんだ、コイツはっ。


「ほう……」


 イズキャルルの声が一段低くなった。アルビオーネの体に隠れている為その表情は見えぬが、怒りに震えているかのようだ。


「さすがは第一の部下、といったところのようだね。しかし側に仕えているのならば、それくらい当然だろう?」


「ええ、そうね。それはもう、好きなだけ許されていますから」


 いや待てっ。誰が許したっ。


「でも、それは甘い認識だよ。僕はね、直接会っていないけれど、わかるんだ。グリムワルド君がどんな暮らしをしているか、が。どれだけ眠りにつき、何を食べ、体調はどうなのか。ああ、もちろん。グリムワルド君の体調は万全だ。いつでも僕と一つになれるよ」


「へえ、そんなことが。それはあなたの、四天王としての力なのかしら」


「愛の力、さ。グリムワルド君へのね」


「愛の力なら、私も負けませんっ。それはもう、毎日毎日。グリムちゃんの下の世話だって喜んでさせていただいてますからね」


 あ? 貴様は何をっ——ん? なぜ黙る、イズキャルル。今、何か呟かなかったか?


「……ああそうだ。体調は万全、と言ったけれどね。少々甘いものを摂りすぎのようなんだ。今は問題なくとも、ああ、将来が心配で心配で」


「それは同意できますね。確かに今はご健在ですけれど。先程も、なんだか情熱的に舌を絡ませていましたし。朝の体温も心なしか高いのです」


「へえ、ところでどうやって体温を?」

「もちろん、血流の多い太腿を、この舌で。日課ですから、私には変化がわかるのです」


「そこまで把握しているとは、やるじゃあないか、アルビオーネ君」

「あなたこそ。さすがですね、イズキャルル様。怠惰なグリムワルド様を、そうやって気遣っていただけるとは」


「ああ当然だよ、同志アルビオーネ君」

「そうね、イズキャルル様」

「ふ、ふははははははははっ」

「くふっ、くふふふふふふっ」


「何を言っておるのだ貴様らーーーーーーっ!!」


 もう我慢できんっ。いくら時間稼ぎとはいえ、下らんことをべらべらと喋りおって。しかもアルビオーネ、なぜ意気投合している? それは演技だろうなっ?


「ああ、グリムワルド君。いや、アルビオーネ君に(のっと)れば、グリムちゃん、と呼んだほうがいいのかな? 君がそうなってしまってから僅かしか経っていないというのに、随分と許しているようだね。アルビオーネ君のことが羨ましいよ」


 イズキャルルは儂を直視しようと身体を浮かせた。すかさずアルビオーネが割って入る。身体をくねらせて、儂の眼前で蛇身の盾となった。


「貴様、イズキャルルっ! 何が心配だ! 何がわかるだっ! 愛しているだとっ! 貴様など儂とほとんど面識ないだろうがっ! なぜ貴様はこうも儂につきまとうっ!」


「んん、ああ。そうだね。君は覚えていない、か。ならば、少し語ろうか——」

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