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028 何の前兆?

 復旧といっても、すぐに元通りになるわけがない。儂が眠っていたのは三日間らしい。その短い時間で進んでいたのは、破壊され散乱した瓦礫や木片、あるいは抉れた街の大通りの整理だ。

 破壊はこの教会を中心に広がっていた。あとは離れた場所にも幾つか。だが、この周辺はすっかり片付けられている。壊れかけの建物も人の手によって解体中のようだ。


「わたしね、がんばってるよ。蛇のお姉ちゃんのいう通りに、お片づけしているの」


 儂を掌に乗せながら、アイソスは胸を張った。


「ああ、そのようだな。よくやったぞアイソス」

「うん。でも、まだ終わっていないの。わたし、もっとがんばるからね」

「そうだな。それでいいぞ」


 近づいてきたアイソスの顔を撫でた。ああ、また先程のような——そう惜しむ心が、撫でる儂の手を止めさせない。体を預けたくなる。せめて、と頭を傾けて、頬で竜の体温を受け止める。


「グリムちゃん」

「………………ん……んん……っ?」

「グリムちゃん、あのね」


 う。少し惚けていたようだ。アイソスはそんな儂を離すことなく、小さく言葉を紡ぐ。気遣うような優しい響きが伝わる。だから、儂からは離れんぞ。


「わたしね。このままでいいかな。このままでいいの」

「ん……このまま? 儂も……このままでいいぞ……」


 そう。もう少し、このままで。もう少し、熱く。


「そうだよね。グリムちゃん、大変そうなの。ずっとねていたの。だから、わたし病気のままでもいいよ。このままで大丈夫だからね」

「そうか……お前も、このままが——このままっ!?」


 一気に覚醒したぞっ? アイソスの言葉の意味を理解した。離れ難き竜の顔に手を添えて、金色の瞳を覗き込む。


「駄目だ、アイソス。そんなことは許さんぞ。お前のことは、儂が治すと言ったはずだ」

「うん。でもね、グリムちゃん、できないよね。わたしの方がお姉さんなの。だからできなくてもいいの。それにね」


 アイソスは翼を空打ちした。吹き荒れる風が土埃を巻き上げ、足下からは悲鳴が届く。


「お、おいっ、止めろっ」


「あ、うん。ごめんね。でもね、わたし大丈夫。わたし、竜になっちゃって悲しかったけど、今はいいの。なんだか気持ちいいの。前よりもね、元気になったみたいなの」


「竜の体だからな。だが、それは本来のお前ではない。不自然な状態だ。儂のことならば気にしなくていい。お前は戻るべきだ」


 これは危険な状態ではないのか? 強烈な不安が湧き上がる。アイソスは受け入れつつある。儂を気遣って、というのもあろうが、それだけではない気がする。そしてそれは、儂の方も同様なのではないか?


「そうなの? グリムちゃんは大丈夫なの?」

「もちろんだ。お前を治す方法は知っている。すぐにはできんが、落ち着いたら取りかかるつもりだ」


「うん。わかった。じゃあ、それまでグリムちゃんと一緒にいてもいい?」

「当然だ。お前は儂の、グリムちゃんのお姉ちゃんになるのだろう?」

「うんっ!」


 勢いよく答えると、アイソスの手が儂の頭を撫でてきた。頭から背中、お尻の辺りまで。流れる髪に沿って、指先がローブをなぞる。

 ふぅぅぅ……。なにこのゾクゾクぅ……。


「うれしいよ、グリムちゃん。わたしね、ずっとパパと二人だったの。だからグリムちゃんとか、蛇のお姉ちゃんとか、真っ赤なワンちゃんとかと一緒だと楽しいの。ねえ、グリムちゃん。お片づけ終わったら、グリムちゃんのお家に行く? それともここにいる? わたしどこでもいいよ。グリムちゃんと一緒なら、どこでもいいの」


「そうだな。一緒に、儂の山へ帰ろう」


 振り返ってアイソスの指にしがみついた。その動きが止まる。代わりに竜の鼻先が、そっと背中に押し当てられた。鋭い牙のその奥から、流れ出る吐息が儂を温める。


「一緒にいようね、グリムちゃん」


 ああ、また緩む。全身が、心が和らぐ。このままでは、また砕けて——いや。大丈夫だ。アイソスが支えてくれる——。


 そうして目を閉じ、アイソスの大きな手に寄りかかる。


 不意にその手が離れた。


「ひ、ひゃっ!?」


 悲鳴とも驚きともつかぬ竜幼女の声に覚醒させられる。アイソスは動揺に頭を振りながら足元を見下ろしていた。


「アイソス? どうした?」

「や、やだっ! 何か!? グリムちゃん!」


 あ? 何だ、あれは?


 アイソスの両足に、(つる)のようなものが巻きついていた。そこには何もなかったはずだ。そんな兆候すら感じなかったというのに。

 しかも足だけではない。長大な竜の尻尾にも絡まりつつあった。


「飛べ、アイソスっ! 離れるんだ!」

「やっ、いやあっ、きもちわるいよおっ」

「アイソスっ!」


 アイソスが身体をよじって抵抗する。だが、蔓の浸食は止まらない。掌の上でもどかしく見つめるうちに、触手の如き植物は竜の脚を這い上り、腹を、胸を、翼を絡めとる。腕を巻き上げたその先端は、逃げ場のない儂の眼前まで迫ってきた。


「ぐ、これは……」

「ひゃあああっっ!」


 複数の蔓が蛇の如く進んでいた。竜の体全てを緑色に染めるべく、のたうちながら頭部を目指している。


「アイソス……っぐうっ」


 その動きに目を奪われていた隙に、儂の身体にも絡み始めていた。アイソスを縛る太い蔓から分岐した(つた)が法衣に、剥き出しの手や頬に付着する。


 圧死せしめるような強さはない。だが、儂の力ではこの細い蔦草すら引き剥がせない。


「グリムちゃん、上をっ!」


 足下からアルビオーネの叫びが届いた。わずかに動かせる頭で仰ぎ見ると、そこにほぼ透明な長方形の物体が浮かんでいた。


「あれは……? 結界、いや、鏡か? 何が——うおおっ!?」


 突如、体が持ち上げられた。儂とアイソスを絡めとったまま、蔓草は成長していた。鏡との距離が一気に縮む。

 今や儂らの身体は、街一番の教会の尖塔よりも高い位置にあった。地面との間で数本の太い蔓が絡み合い、大樹の幹のように儂らを支えている。


 空中に浮かぶ鏡が陰った。いや、そう見えたのは、そこに人の姿を写したからだ。しかし、空中に人の姿はない。それは鏡だけに写り——湧き出すように鏡の中から現れた。


「ああ————ああ——。久しぶりだね、グリムワルド君」


 貴族然とした人物は両腕を広げ、歓喜の声をあげた。奴は、そうだ——、


 魔王軍四天王イズキャルル。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです!

とっても喜びますっ!!


【次 回 予 告】

現れた魔王軍四天王。

彼がグリムちゃんを狙う理由とは?

身に覚えのないグリムちゃんをアルビオーネさんが諭す。

おぞましさに身震いする。


でも、戦うしかない!



次回、


襲撃! 魔王軍四天王


全四話です。

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