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021 幼女竜、ご満悦

「よーじょ、はいっ!」


 得意げに鼠が広げたのは、小さな白い下着だった。


——これをどうしろと。いや、穿く以外に使い途はないのだが、なぜわざわざ?


「グリムちゃん、汚してしまったでしょ? そのままにしておくのは、お身体に悪いですから」


 アルビオーネが真剣な眼差しを向けてくる。


「な、なぜっ! 儂は汚してなど——」


「グリムちゃん、油断しないでください。今は竜の体ではないのですよ。幼女の体は弱いのです。ちゃんと清潔にしていないとダメです」


 清潔に、と言われても。儂は、別に、その。


「ん! ん〜っ!」


 顔を背ける儂の正面に回って、白鼠が下着を押しつけてくる。


「よーじょ、はいてくれないの?」


 やめろ。そんな純粋な目で儂を見るな。


 そもそもその下着、どこから奪ってきたっ。


「グリムちゃん。ごめんなさいね」


 アルビオーネが顔を近づけてきた。その囁きが地の底から響く。


「私、知ってしまったのです。先ほど魔力を注いでいるときに。本当は下着も脱がせてから、とも思ったのですが。私の気遣いが仇になったようですね」


「ぬああああああ〜〜〜〜〜〜っ!」


 コイツは、コイツわぁぁっ!


「い、いいか、アリュ。仮に、仮にだ。そんなことがあったとして、それはアレだ、儂はまだこの体を上手くコントロールできていないだけで——」


「はあ、まだそんなことを言っているのですか」


 なんだその馬鹿にしたようなため息は。


「アイソスちゃんなんて、グリムワルド様の体をあんなに自在に使っているのですよ。入れ替わった直後だって、すぐにブレスを使ってみせたじゃないですか。それなのにグリムちゃんときたら」


「貴様ああっ! 竜のブレスと小便を同じに語るなぁぁっ!」


「え……? 小便……って? 私、そんな下品なこと言いましたっけ? ねえ、グリムちゃん?」


 あ? ……いや。言ってなかった、か……?


 ぐ、コイツ、なんて嫌な奴だ。


「あ、グリムちゃん、待って!」


 うるさいっ! ほっとけっっ! 儂はここで壁を見るのに忙しいのだっ!


「お前たちっ! ほらっ、お前たちのせいよっ! グリムちゃんがいじけちゃったじゃないのっ! やっぱりこんな地味な白地じゃダメなのよっ。グリムちゃんみたいな幼女には、こっちのピンクのフリフリのついたやつの方が似合うに決まっているのにっ!」


「ご、ごめんなさい、アルビオーネさまぁ……」

「そうです……そうですよね……よーじょそっちがいい……」

「ぬげばいいのに」


「ね、そうですよね、グリムちゃんっ。是非こちらを! こちらをどうぞっ!」


——もういい。もう相手にしてやるものか。このまま儂はアイソスの所に行く!


「待って! ちょっと待ってください、グリムちゃんっ!」


「…………まだ、何か?」


 汚物を見る目で、糞蛇を睨みつけてやった。


「違うんですっ。ごめんなさいっ。本当は、本命はこれなんですっ!」


 糞蛇の言葉に、ブチと黒の鼠が慌てて儂の前に立ちはだかった。それぞれが手にしたものを、背伸びして広げて見せる。


「あ……」


 目の前が急に開けた。厭世した気分が晴れてゆく。おそらく儂の表情は、甘味を前にした幼女のように輝いていただろう。


「どうですか? これも教会から調達したのです」


「お、おお……っ」


 感嘆が漏れた。それほどに惹きつけられた。


 それは、教会に所属する者が身に(まと)う、白を基調とした法衣だったのだ。そして、その上から羽織る、上級司祭のための清楚なローブ。襟元や袖、裾に施された刺繍が質素な着衣に威厳を与えている。胸元に付けられた黒竜の刺繍は、儂のためのものだと主張していた。


「さあ、お前たち。着付けを」


 鼠の手が、感動に身を固めている儂の腕をとった。そうして法衣を着せられ、ローブに袖を通させられた。白鼠が遅れて持ってきたブーツを儂自ら履くと、紐を丁寧に蝶結びされた。


「……ぴったりではないか」


「それはもう! グリムちゃんのための法衣ですから。教会にあったものを、この短時間で眷属たちが仕立て直したのですっ!」


「わたし、がんばった。よーじょのため」

「うん。まにあってよかったよぉ」

「ぶーつだけでもいいとおもうの」


「ほら、お前たちっ。鏡を!」


 おお。手鏡が儂の姿を三方から映す。良いぞ。この姿、まさに聖幼女ではないか。この法衣も白というのが良い。竜の刺繍が映える。肌触りも悪いものではない。おそらくは上質な絹を素材にしたものだろう。


 三つの手鏡を順に見回すように体を回転させる。

 うむ、どの角度も素晴らしい。そして、何やら体も自由を感じる。翼なきこの身体が浮き上がるようだ。荘厳な法衣と柔らかな幼女の頬。どちらも軽やかに揺れる。


 これは、ああ——思い出す。かつて共に過ごした聖幼女、ピート・ベアトリクス。本物の聖女となった彼女のことを。あとは彼女のようにアレがあれば、儂もまた聖幼女となれるだろう——。


「グリムちゃん?」

「——あ? なんだ。儂がせっかく浸っておるというのに」

「いえ、あのですね。もう一つあるのですよ」


 差し出がましいとは思ったのですが、と前置きをして尻尾を押しつけてきた。なにやら布に包まれたコレは。


「おおっ!」


 杖だっ。聖女の象徴たる乳白色の杖は、竜の意匠が施され、先端には黒曜石が(しつら)えられてあった。儂の背丈ほどもあり、装飾のせいかやや重たく感じる。


「グリムちゃんにはちょっと大きいですけれど。服のように造り直すには、流石に時間がありませんでしたので。教会に所蔵されたままのものを持ってきたのです」


「そうか。だが、良いぞ。気持ちが上がるわ。こんな物を用意しておるとは、なかなかやるではないか」


「よーじょ、かっこいいっ! きれいっ!」


 白鼠が儂の体に飛びついてきた。うむ、そうだろう、そうだろう。これぞ聖幼女。


 そう悦に入っていると、白鼠が儂の手を握ってきた。何やら布切れを押しつけてくる。


「これは……、先程の下着? だが、儂は汚れてなど——」


「よーじょ、きれいになった。服も靴もきれい。あとはこれで全部きれいなの。よーじょ、もっときれいになるの」


 キラキラ輝く瞳で見上げてくる。いや、だが……。


「新しいの、きもちいいよ。全部新しくなるの。ね?」


「そ……そうか。……ああ、そうだな。新しくするだけだ。揃えないとな」


 そう。決して汚したからではないのだ。


 そして、穿き替えてみると思いの外スッキリする。肌触り、というやつは蔑ろにできないものだな。歩いてみても不快感は無い。これは体験してみないとわからぬことだ。今後に役立つだろう。


「さあさあ、準備は整いましたね、グリムちゃん!」


 儂が鼠たちを連れて歩き回っていると、アルビオーネが声を張り上げた。


「ああ、問題はないな」


「では、行きましょう! アイソスちゃんが待つ教会までご案内しますっ!」


「おうっ!」


 杖を掲げて応えた。そしてアルビオーネと共に歩み出す。











——ああ、きっと見間違いだ。


 儂の脱いだ純白の下着を白鼠がすかさず拾ったのは。それをアルビオーネが受け取り、口の中へ納めたのは。




 高揚した儂の心が見せた、幻覚なのだろう——。

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