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019 竜の涙

 儂が、だと。


 この儂が悪いと言うのか。


 入らぬはずの力が怒りとともに拳に宿る。両の掌を握り締めながら、儂は男を睨みつけていた。


「守護竜だと! 魔物風情がふざけるなっ! 全てを奪ったあの竜を、私は許せない! だから私は奴と手を組んだだけだっ」


「待て」


 もはや抑えきれん。魔力尽きようともコイツを潰す。膝を震わせながらも立ち上がっていた。


「儂が何をした。何を奪った。儂のせいでアイソスは傷つけられたとでも言うのか」


「アイソス……? お前は……アイソスではない、のか……? お前は——」


 男が言い終えることはなかった。男の頭を掴んだままのアルビオーネが、再び地面に打ちつけたからだ。


「控えなさい、下等下劣下賤な微生物にも満たない肉塊が。このお方は本来あなた如きが言葉を交わすことすら叶わぬ存在。このお方こそが最強の竜、滅界竜グリムワルド様よ。そして今は最強に可愛い幼女、幼女竜グリムちゃん。姿はアイソスちゃんでも中身は——」


「黙れ! どうでもいいっ! 答えろ! アイソスが苦しんでいるのは、儂のせいだとでも言うのかっ!」


「く……グリムワルド……そうだ、奴が、この国を守る、などと……」


 喘ぐ男が瀕死の体をよじると、アルビオーネはその手を離す。男は顔を歪ませて儂を見上げていた。


「奴が、守護竜などと称えられ、国は変わってしまった……。奴を敬い、竜を祀る教会が建てられ、組織が整備され………………私は失った」


「あなたもアイソスちゃんも、その教会の者でしょう?」


「違う! 私は……表向きには黒竜教の司祭。だが……だが、本来私は——の司祭。あんな魔物など……敬えるかっ。そんなに……軽々しく、変えられるかっ。…………しかし、皆は違う。違ったのだ……。だから、私は……あの竜が憎い。奴さえ現れなければ……私の教会は……」


「それでヤンデルゼと手を組んだのか」


「そう……だ。ヤンデルゼは、私の気持ちを、理解してくれた……。あの憎き竜を……倒す手段を……与えてくれた。呪印の力をアイソスに満たせ、と。その力が竜を倒す、と奴は言った。だから私は……」


「ふざけるなっ!」


 炎を吐く勢いで叫んでいた。もはや魔力でも力でもない。怒りが儂のこの身体を動かしていた。


「儂は与えた! 皆がそれを理解した! 貴様は、貴様の信じるモノは何をした! 儂は、あるいは貴様から奪ったのかもしれん。儂に恨みを向けるのであれば受けて立ってやる。だが貴様はっ! なぜアイソスを巻き込むっ。なぜ幼女が苦しむ必要があるっ!!」


 苦しい。


 ああ、胸が締めつけられる。身体中の震えが止まらない。足元に転がる男の姿が霞む。


「まだ……早かった、だけなのだ……。もっと、アレに、呪印の力を、満たしてから……くそっ」


「黙れっ! 貴様は——っく、アイソスを、ひぐっ、モノのように——」


 熱い。


 喉がひりつく。うまく呼吸ができない。我が力であるはずの竜焔に焼かれているかのようだ。


 こんなに熱いのに——なぜだ。

 

 なぜ儂の頬は、冷たく濡れている?


 濡れ続けているのだ?


「グリムちゃん……」


「アイソスは……ヤンデルゼが、連れてきた……奴を倒すためのもの……。そう……そうだっ。それだけのモノだっ。私の子でもなければ、信徒でもないっ。ただ奴を倒すために——」


「うがああああああーーーーーーーーーーっっ!!!」


 もう、無理だ。


 もう、抑えらえれない。


 抑える必要もない。




 生かしておけるか。






 滅ぼす。






 ——そう思った。頭では決意した。なのになぜ怒りが消えてゆく? 憤怒が塗り変わる?


 これは、まさかアイソスの——?


「きちゃまはっ! なぜっ! なぜこんなことができるっ!」


 唇が震える。言葉が上手く紡げない。この男の顔が歪んで見える。波打って見える。丁度いい。見る価値もない存在だ。


「アイソスは、あいしょすはなぁっ、きちゃまをすきだと、きもちいいと、こんなにちゅらいのに、わしにまでえがおで、わしは、アイソスにつらくあたってあいしょすはあんなに——」


 口が塞がれた。顔に柔らかいものが押しつけられる。そっと頭に添えられた手が、少しだけ儂を冷静にさせてくれた。


「もう、いいですよグリムちゃん」

「……う……ぐすっ……アリュ……」

「グリムちゃんの気持ち、よくわかりましたから。ですから、少し休んでいてくださいね」


 顔を拭われた。抱き上げられ壁際に運ばれる。壁と地面に支えられながら、ただ視線を送って。


「あとは私に任せてください。ね。少しだけおやすみなさいですよ、グリムちゃん」


 再び頭に添えられた手と、見たこともないような柔和な微笑み。


 ゆっくりと瞼を閉じた。











 温かさが染み込んでくる。


 ああ、心地良い。


 柔らかなものに全身を包まれ、マッサージされているような感覚だ。こわばりが消え、力が抜けていく。

 代わりに新たな力が注がれる。まるで生まれ変わりつつあるかのようだ。あるいは——想像でしかないが——サナギから蝶に変わる虫が受ける感覚だろうか。


 いつまでもこうしていたい。


 そう思ったのだが、周囲から感じる圧が少しずつ強まっていた。早く目覚めよと急かされているかのように、圧迫される。


 ゆっくりと目を開いてみた。が、何も見えない。真の闇でも、我が瞳は見通すことができるはず——ああ、そうか。この体では、それも叶わないのだな。


 仕方ない。

 暗闇の中で少しだけ体を動かしてみる。どうやら寝転んだ姿勢でいるようだ。

 力は戻っていたが、手足を動かすスペースはない。柔らかいものが、ぴったりと全身に密着していた。そして、その表面からは温かな液体が滲み出て、儂の体を濡らしている。


 ん?


 あれ? これは、まるで。


 いや、待て待て待て! ここはっ。この場所はっ。まさか——。


 不意に周囲のものが強く蠢いた。押しつぶすような動きではない。頭の方から足に向かって波打つこの動きは、儂の体を足の方向へ運ぶ。


 お、おっ、待て、待つんだっ。


 そんな思いも虚しく、肉壁は動き続ける。やがて、突然の開放感と共に眩い光に包まれた。


「んびゃっ!?」


 小さな衝撃を受け、硬い地面を感じた。どうやら、そこにうつ伏せになっていたようだ。


「い、今のは……?」


「あ、お目覚めですか、グリムちゃん」


 アルビオーネが、白蛇の姿でよだれを垂らしていた。

お読みいただきありがとうございます。

次回で一区切りになります。

ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです!

とっても喜びますっ!!


【次 回 予 告】

頑張ったグリムちゃんへプレゼント。

それが嬉しいものかどうかはともかく。

面倒な部下たちに心を削られながらも、ようやくたどり着きます。


そうしてグリムちゃんは想いを告げるのです。



次回、


再会と謝罪


全五話です。

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