018 蛇の詮索
アルビオーネはすぐに戻ってきた。人間を食物としか見ていない蛇の形相で。男を引きずりながら。
「ぐ…………な、なぜ、魔物が…………がはっ」
「黙れ幼女強姦魔が。それも私のグリムちゃんを穢し、涙で濡らすなど——。あなた、楽に死ねると思わないことね。何年? 何十年? その苦痛の果ての死すら生温い。グリムちゃんの純潔を奪ったあなたを、さあ、どうしましょうかねぇ」
「ちょっと待て、アリュ。儂は純潔など奪われていないぞ」
まあ、確かにあの状況ではそう思われても仕方ないかもしれん。唇を奪われた、という意味ならば間違いではないが、そもそもそれはアイソスとコイツの間では普段からしていたことだろう。
「————え? そうなのですか、グリムちゃん?」
「ああ、儂は大丈夫だ。それよりも、その男には尋ねたいことがあるのだ。だから——」
「そうですかっ。それはよかったですっ」
手にした男を壁面にめり込むほどの力で投げ捨て、その勢いのまま迫ってきた。
「でも、本当に? 本当ですかぁ? ねえ、グリムちゃん。ちょおぉぉっと確かめてもイイですかぁ? イイですよねぇ。大切なことですからぁ」
おい、その顔はやめろ。口が裂けているぞっ。鼠たちが怯えているではないかっ。
「た、確かめる、とは……?」
「それはもちろんっ! 穢されていないかどうかですよぉ。私の、この敏感な舌で、グリムちゃんの……じゅるっ……敏感なトコロを、ですねぇ。はぁっ、だって、大切、ですから、ねぇ」
「断固断るわっ!」
コイツやばい。いや、わかっていたがやばい。何度も言うがやばい。鼠たちの気持ちが良くわかるわ。
「そうですかぁ。なるほど奥ゆかしい幼女、というわけですね。でもですねグリムちゃん。そこは——」
不意にアルビオーネは言葉を切った。彼女の蛇身が後方に伸びる。その先端は、動こうとしていた男の喉元に突きつけられていた。
「ぐ…………」
「何しているのかしら、幼女を襲う劣等生物。私の楽しみを邪魔しないでもらえる? あなたの処分は後よ」
振り返りもせずに発された言葉に、男は息を飲んだ。観念したように無言で顔を伏せ、それ以上動くことはなくなった。
それはいいがアルビオーネよ。お前、今『私の楽しみ』って言わなかったか……?
「いい? あなたがグリムちゃんを穢していなかろうと、こうして裸にひん剥いて、そのお顔を涙でくしゃくしゃにさせたことに変わりはない。その大罪に救いはないわ」
「おい、儂は泣いてなどいないぞ。何を言っておるのだ、アリュ」
「お前たちっ!」
アルビオーネの号令に鼠たちの背筋が伸びる。儂を温めていた彼らは、顔を寄せ合って儂の目元に舌を這わせてきた。
「はいっ! なみだです、アルビオーネさまっ!」
「わたしも、ごめんなさい……なみだ……と思います。あ、アルビオーネ、さまぁ」
「ちょっと、おいしいのです」
お、お前ら……。
「だ、そうですよおぉぉ、グリムちゃあぁぁん」
やめろ。その勝ち誇った顔をするな。怒りで余計に疲れるわ。
「でも、大丈夫。当たり前のことですからね。あんな髭面の汚い親父に無理矢理迫られたんです。怖かったですよね。安心したんですよね。むしろ泣くくらいが普通の幼女なんです。それどころか、こんなトラウマ級のことをされたんです。下手をしたら、おもら——はっ! もしかしてっ!」
「あ? き、貴様っ! それ以上言うなっ。一言も口にするなよっ!」
「えっ? ということは?」
「ぜったいないわーーーーーーっっ! それいじょうせんさくしたら、きしゃまは、きしゃまはあぁぁっ! ついほーだっ、ついほーするからなぁぁぁっっ!!」
「追放!? 追放は嫌ですっ! 私は、いつまでもグリムちゃんのお側にいたいのですっ。グリムちゃんのやわやわほっぺをグニグニしたり、ぷくぷくお腹をペロペロしたりしていたいのですっ! だからっ! ——わかりました。乙女な幼女の秘密は、秘密のままにしましょう。そうしましょう。私たち二人だけの秘密! いいですよね、グリムちゃん!」
「しょれでいいわっ!」
それでいい、それでいいのだが……。なぜコイツは上から目線なのだ。あ、いや、実際の目線は儂の下に向いているな。鼠たちよ、こっちに来て隠せ。
「そんなことよりも、今、優先すべきはその男だ。ソイツはこの身体にある呪印を活性化させた。アイソスについて知っていることも多かろうからな」
「呪印を……。そうですか。コレがそんなことを」
アルビオーネは蛇身を男の足に巻きつけ、高々と持ち上げると、勢いをつけて儂の目の前の地面に叩きつけた。新たな血が飛び散り、鼠たちと儂の体を濡らす。
「あっ……。あなた、また私のグリムちゃんを汚したわね。全く不快な存在。——お前たち、グリムちゃんを綺麗にしてあげなさい」
鼠たちに指示を飛ばしながら、アルビオーネは男の頭を掴む。
「ぐ……が……っ……」
男の方はすでに虫の息だ。地面に伏したまま、細い息を吐いている。アルビオーネは無造作に男の半身を起き上がらせた。
「さあ、話しなさい。あなたがアイソスちゃんにこんな呪印を施したのね」
「……ちが……う……。私、は……ただ、管理を、頼まれただけ……」
管理、だと。呪印を、いや、アイソスを管理すると言ったのか、コイツは。許しがたい。この男がアイソスの父親だろうが、許せる物言いではない。
胸の内に暗い感情が生まれ、膨れ上がる感覚が湧き起こる。
「管理——。そう。では、この呪印自体はあなたが施したものではない、ということね」
「そう……だ。私は、それを、発動させる術を教わった……だけ……」
「ま、そうでしょうね。こんな複雑で強力な呪印を、あなた如きが扱えるはずもないわ。——それじゃあ誰かしらね。例えば——魔王軍四天王『呪獄』のヤンデルゼ」
その名を聞き、男の表情があからさまに強張る。アルビオーネはため息をついて目線を送ってきた。
「普通はそんな名乗りをあげないと思いますけれど。まあ、奴でしたらありえますよねぇ」
それは同意。高笑いしながら自らを誇示する姿が、ありありと浮かぶ。
「そして予想通りですね。なぜ奴がアイソスちゃんにこんなことをしたのか、わかりませんけど? ねえ?」
再びアルビオーネは刺し貫くような視線を男に向けて促した。
「それ、は……、それは、全て……」
「全て?」
「奴が悪いのだ! そう、この国の、守護者気取りの、あの竜がっっ!!」




