015 狼の償い
ああ、これは夢だ。
それも、実際にあった過去の記憶を元にした夢。
儂は遥か上空から街を見下ろしていた。そこに住民の姿はない。あるのは慌ただしく駆け回り、緊張感に包まれた兵士たちの部隊のみ。
「——急げっ! もうすぐそばまで迫っているぞ!」
その号令は、この距離からでも聞くことができた。
奴らの意識を向ける先は儂ではない。街に迫る魔獣の群れだ。その数は百を超える。この街の兵力では撃退は難しいだろう。全滅、とまではいかぬが、魔獣たちが飽きるまで蹂躙されるはず。
襲撃者たちは単一の種ではない。混成の魔獣の一団だ。だが、魔王軍のものではない。時折発生するとされる、野良魔獣の暴走だ。
まあ、発生させているのだが。
「くるぞ! 構えろっ!」
指揮官の号令がとぶ。
それを合図に、儂は一気に降下した。奴らの矢が放たれる前に、街の外壁と魔獣の群れの間に立つ。
「な、なんだ、あいつは——」
「竜? ばかな……なぜ……」
「巨大な黒竜……? そんな……」
背後から兵士たちの困惑と恐怖が伝わる。それは前方の魔獣たちからも同様に感じる。儂という絶対的な強者を前に、群れはその足を止めていた。
グルヴヴヴヴヴヴヴヴ…………。
威嚇の唸りに魔獣たちは後ずさった。
ルゥゥゥゥガアアアアアアアァァーーーーーーッ!!
奴らの目前に向けて放った黒炎のブレスが決定打となった。魔獣たちは一転、敗走する。
そうだ。それでいい。お前らを傷つけるわけにはいかないからな。それでも形式的に魔獣たちを追い立てる。当たらぬようにブレスを地面に放つ。
そうして完全に魔獣を追い払い、街の外壁へ戻った。呆気に取られていた兵士たちの顔が、再び恐怖と緊張に包まれるのがわかる。
奴らの顔を一瞥し、無関心を装った顔を背け、その場を後にした。最初はこれでいい。次回はもう少し接触しよう。徐々に、儂の恩恵をわからせようではないか。
そうして、いつしか。
「おおっ、来てくれたっ。守護竜様が、また来てくれたぞっ!」
「グリムワルド様っ。ありがとうございます。ありがとうございますっ」
「ああ、偉大な守護竜さま。いつまでもこの王国をお守りください」
「我ら、グリムワルド様に全てを捧げます。どうか我々をお守りください」
「グリムワルド様!」「守護竜様!」
「グリムワルド様」
「グリムワルド様——」
…………
……
「…………ムワル——」
「——グリムワルド様——」
……ん? 誰だ? 誰が儂を呼んでいる……?
「……ごりゅうさま————」
誰だ? いや、儂は何をしている? ここは……?
ぼんやりとしていた意識が、徐々に鮮明になる。周囲の音がはっきりと聞こえはじめる。
「守護竜様——」「グリムワルド様——」
なん……だ……。儂は、どこに……
ゆっくりと目を開いた。どうやら寝かされていたようだ。土煙舞う空と、無機質な建物が目に映る。
「——く——げろ——」「——ごりゅうさまが——」
人の声が聞こえる。ああ、ここは街の中か。儂は街にたどり着いていたのだな。
「逃げろーっ! みな、早くっ!」
切羽詰まった叫び声が響く。ゆっくりと体を起こしかけ、その言葉に固まってしまった。
「みな、早く避難するんだっ! 守護竜様がご乱心だーーーー!」
「な、なんだってぇぇーーーーーーっ!」
いや、叫びたいのは儂の方だ。予想できたことではあるのだが。もしかしたら、という希望は、やはりなかったということか……。
「おお、目が覚めたか、幼女殿」
「ゼナ……。ここは麓の街、なのか?」
「そうだ。要望通り、街の教会前だ」
座り込んだまま首を巡らせると、背後に教会のシンボルが見えた。屋根に据え付けられた竜の像。儂を象ったものだ。
いや、待て。おかしい。ここは確かに教会だが、アイソスがいない。アイツは自分の家である教会に向かったのではないのか? だが守護竜が暴れているという話が聞こえていた。別の場所にいるのか?
「ゼナ、この街でアイソ——いや、竜を見ていないか? どこで暴れている?」
「グリムワルド様か! そう。オレは行かねばならん。幼女殿、お前は教会に用があるのだろう。あとで迎えにいく。お前は、グリムワルド様のものなのだからな」
「いや、そうではなく——」
「幼女殿。お前の言う通りだった。グリムワルド様が本当にこの街へ来ていようとは。『幼女の勘は恐ろしい。純真なる心は常に真実を貫く。とりわけ我が心を』。これもまたグリムワルド様の『幼女大全』の一節。正にその通りというわけだ」
ああもう……。
なぜ、そこまで誇らしげに胸をそびやかせることができるのだ……。
頼むからいい加減、儂の趣味を晒さないでもらいたい。コイツ、この調子で方々に語っているのではあるまいな。……まあ、儂も幼きゼナロリスに諸々語ったかもしれんが。何がコイツをここまで執着させているのだ?
「しかし——お前は不思議な奴だ、幼女殿。近年グリムワルド様は幼女を召抱えていなかった。であるのに、何故お前を呼んだのか。それにお前の足からは懐かしさを感じる。ゆえに手を出してしまったわけだが——」
ん? コイツ、何か感じているのか? だがその言い方は改めろ。倒錯しか感じないぞ。
「——あ、ああっ、まずいっ!」
突如ゼナロリスは吠えあがり、頭を振った。
「オレは手を出してしまったっ! グリムワルド様の幼女にっ! グリムワルド様よりも先に、オレが汚してしまった! ああ、なんと愚かなっ! このオレが、グリムワルド様の幼女をっ、グリムワルド様の愛する幼女をおぉぉウオオォォーーーーッ!」
「妙な叫びをあげるなあぁぁっ! 誰かに聞かれたらどうするっ! それに儂は汚されてなどいないわっ」
いや、違う。汚されてなどいないし、汚すつもりもないが、やはりいい気分はしない。儂だけのものであるはずであるのに、手を出されて平静でいられるか? そんなわけがない。
「どうする!? どうすればっ。そ、そうだ、幼女殿。オレがお前を汚したことはグリムワルド様には内密にっ。もし黙っていてくれるのであれば、オレはお前の望むままに、その足を清めてやるぞっ」
「しょれはきしゃまののぞみではないかあぁぁっ!!」
何を混乱しているのだコイツはっ。そもそもその秘密、すでにお前の主に知られているわっ。
「お前はそれでいいのか? 儂が黙っていたとして、お前は主を騙し、それで満足だというのか?」
「——はっ。確かに。その通りだ。さすが幼女殿。それに比べオレはなんと浅はか。だが、だがどうすれば——」
いやもう、お前は何もするな。許す。アイソスは儂への捧げ物などではないのだから。手を出されたことは確かに許しがたいが。
「う、ウオオオオーーーーッ!」
な、なんだっ!?
急にゼナロリスは大地に向けて獣の咆哮をぶつけた。全てを吐き出すような叫びののちに、熱い視線を向けてくる。
「オレの犯した罪は消えん。ならば幼女を! 他の幼女を捧げるのだっ! そうしてグリムワルド様に許しを乞う。それしかないっ。そも、世界の幼女はグリムワルド様のもの! オレはそれを集めるだけだ! 幼女を! もっと幼女をっ! グリムワルド様を幼女で埋め尽くすのだぁぁっ!」
「きしゃまなにをいっておりゅのだあぁぁぁぁーーーーーっ!」
「止めてくれるな幼女殿、オレはやるぞ——」
「やるなあぁぁっ! いくんだろ! ぐりむわりゅどのとこいくんだろうがっ! いけっ! しゃっしゃといってあやまってこいーーーーっ!!」




